スペイン各地のフェスティバルをウォーカーしてきましたが、前から気になっていたフランス、モン・デ・マルサンのフラメンコ・フェスティバル。ようやく今年初参加を果たし、帰国いたしました。既に2日目までは現地からレポートしましたが、その後の公演、行ってみないと知ることができなかった意外な発見やこのフェスティバルならではの魅力などをお伝えいたします。

DiegoDorantes.jpg映画「フラメンコ・フラメンコ」をご覧になった方も多いと思いますが、その中のワンシーンが再現されました。ディエゴ・アマドールとドランテスのピアノ共演です。2人とも生粋のヒターノで、有名なアーティスト家系出身。フラメンコは生まれた時、いや生まれる前からDNAに刻まれていてもおかしくない環境で育った彼らだからこそ弾けるフラメンコピアノ。「フラメンコ風」に弾くのではなく、魂から湧き出るフラメンコを、ピアノを通して音楽にできる2人の天才。

Diego Amador Dorantes (167).jpgディエゴ・アマドール、通称エル・チューリ(Diego Amador "El Churri")は1973年、スペイン・セビリア生まれ。ヒターノ居住区"トレスミル・ビビエンダス(Tres Mil Viviendas)"で育ちました。この地区をテーマにしたドキュメンタリー映画「ポリゴノ・スール(Poligono Sur, El Arte de Tres Mil)」でも紹介されています。歌、ベース、パーカッション、ギターそしてピアノとフラメンコ界のMulti-Instrumentistとして唯一無比の存在です。最近の来日は、2005年にトマティートのグループメンバーとして。最初にステージに上がったの11歳の時、兄のライムンド(Raimudo Amador)とラファエル(Rafael Amador)が結成した伝説的フラメンコグループ 「PATA NEGRA(パタ・ネグラ)」のパーカショニストとしてでした。兄達がよくかけていたジャズ音楽を通じてピアノと出会ったそうですが、彼の育った環境にピアノなどあるはずもなく(上記の映画ポリゴノ・スールのトレイラーを見ていただけると想像できるかと)ましてやピアノ教室に通える状況でもありませんでした。ディエゴは一度も先生につかず、学校でも習うことなく独学でピアノを身につけたのです。ギターのコードから起こして奏でるピアノ。ジャズピアノとは全く違う響きを持つ秘密はそこにあるようです。アルバム「エル・プーロ・デル・アイレ(El Puro del Aire)」には、ファルキートがサパテアードでコラボ、次作の「ピアノ・ホンド(Piano Jondo)」には、定番となったソレアなどディエゴのピアノフラメンコのの魅力が満載されています。

DSCN0889.JPGドランテス(David Pena Dorantes)は、1969年セビージャ県レブリハ生まれ。最も伝統的なカンテを歌うことで知られたマリア・ラ・ペラタ(Maria La Perrata, 歌手)の孫です。名字のペーニャが表すように、父はギタリストのペドロ・ペーニャ(Pedro Pena)、兄のペドロ・マリア・ペーニャ(Pedro Maria Pena)は、叔父であるカンタオール、フアン・ペーニャ"エル・レブリハーノ"(Juna Pena "El Lebrijano")のギタリストも務めています。カンテ(フラメンコの歌)のメッカとして有名で、レブリハよりもセビージャ寄りにあるウトレラという村のカンタオール、ペラテ・デ・ウトレラ(Perrate de Utrera)は祖母の兄で、有名なフェルナンダとベルナルダのウトレラ姉妹(Fernanda y Bernarda de Utrera , 歌手)ら多くのアーティストが親戚筋にあたるカンテの名門ファミリーの一因です。ドランテスは、セビージャの音楽院でピアノを学び、自分の原点にあるフラメンコ音楽をベースに作曲・演奏活動を展開するようになりました。1998年のファーストアルバム、「オロブロイ(Orobroy)」は爆発的にヒット。15年経った今でも、スペインのテレビ局のCMやBGMによく使われています。二枚目の「スール(Sur)」でもタイトル曲をはじめ「ディ・ディ・アナ(Di,Di, Ana)」など多くの名曲が誕生しました。最新作「シン・ムーロス(Sin Muros!)」収録曲の「エランテ(Errante)」は、セビージャの聖週間(セマナ・サンタ)の行進曲(ビデオはドランテスが指揮をしての練習の様子)に採用されました。

さてこの2人。Diego Amador Dorantes (94).jpg
実は共演するのは、映画の撮影以来初めて。しかも映画では一曲だけでしたが今回は1時間以上のコンサート。さてどうなるのでしょう?という問いに「即興を即興するよ」とドランテス。その側で穏やかに笑うディエゴ。何とも頼もしいツーショットで、コンサートへの期待が高まります。
2台のピアノを挟んだ2人の対話。ブロンズの肌にびしっとスーツで決めているディエゴ。大柄で普段は柔和な顔が、演奏を始めるときりりと引き締まり、時にはいたずらっ子のような笑みを浮かべるドランテス。ディエゴの力強く荘厳なタッチ、ドランテスの透明感のある音。それはまるで黒と白のコントラストのよう。そして何と言っても「超即興」。とにかく相手の発する音をよく聴き、それに答え、お互いの持っているメロディーを尊重し、それに寄り添ったり、絡んだり...。そして根底にはフラメンコが流れているのです。
ソロの場面では、ディエゴはピアノを弾きながらのカンテ。特にディエゴの声はトマティートも絶賛する「特別な声」。さらにブレリアやソレアを弾くだけでも大変なことなのに、それにフラメンコのカンテというのは、通常の弾き語りよりもかなり難度が高いことです。フラメンコのカンテを歌おうとしたことのある人は、即「ガッテン!」ボタンを押しておられるでしょう。

ドランテスのソロでは、アルバムに入っている曲のメロディーが流れると、「待ってました!」とばかり、客席がオォー!と湧きました。皆さん、よくご存知です。一度聴いたら耳に残る曲を創り出す才能は、カンテのメッカで培われたフラメンコの感性とアカデミックに学んだ技術の結晶かも知れません。

DSCN0874.JPG1つの舞台に主役が2人。こんな贅沢なフラメンコ・コンサート行なわれた会場、カフェ・カンタンテはちょっと変わったシステムになっています。
舞台のある前室と巨大スクリーンが設置されている後室とに分かれているのです。後室からは舞台を見ることはできませんが、音はまさにライブです。
会場にはテーブルが配され、ワインを飲んだり食事をしたりしながらコンサートを楽しめます。さらに驚きの値段設定。前室は32ユーロ(学生、シニア、グループ割引は26ユーロ)ですが、後室は9ユーロ(割引価格は6ユーロ)。さらにこの2人のコンサートの後には、ファンの集いもあったので、実際にアーティストに会うこともできたのです。(舞台側から前室の客席に向かって撮った写真。後ろの壁の奥に後室があります。)

踊りのないフラメンココンサートでも会場は前室、後室とも満員。フラメンコ先進国のフランスでは、フラメンコが音楽としてのステータスを築いていることがはっきりと分かりました。

アクースティカ倶楽部

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