2週間続いたここへレス・デ・ラ・フロンテーラでのフラメンコフェスティバル。昨夜、すべてのプログラムが終わり、今日は日曜日ということもあってか、昨日までは人が行き交っていた劇場周辺は、すっかり静まりかえっていました。期間中、134のイベントが開催され、約31100人の動員がありました。アーティストによるレッスンは43コース開催(踊り41、パルマ2)され、参加生徒は38ヶ国から延べ1060人。そのうち日本からの参加者は158人で15.93%を占め、2位のフランスの85人の倍近い数字でトップとなりました。
公演やイベントは地元以外の人たちの参加がほとんどで、外部からの来訪者のためのフェスティバルという感はありますが、このフェスティバルの期間は、宿泊飲食施設も賑わい、イベント開催施設は今あるものを活用しています。オリンピックのように、まだ使える思い出の施設を取り壊し、風景を変えてしまうこともないので、へレスの街にとっても実りある2週間だったと思います。
今年はフェスティバル1週目に、ギタリスト、パコ・デ・ルシア(Paco de Lucia)の死という悲しいニュースがあり、縁の深かった人々にとっては特につらい時期と重なりました。最終日の地元のバイラオール、ホアキン・グリロ(Joaquin Grilo)の公演では、パコへのオマージュが作品の最後に組み込まれました(写真左)。ホアキン・グリロは、パコ・デ・ルシア&セクステット(Paco de Lucia & sexteto)のメンバーとして活躍していただけに、その想いも格別だったことでしょう。今回のフェスティバルのビジャマルタ劇場最終公演となった「コシータス・ミアス(Cositas mias)」には、ゲストにピアニストのドランテス(David Pena Dorantes)と歌手のレメディオス・アマジャ(Remedios Amaya)を迎えました。いつもはドランテスの公演にゲスト舞踊手として参加しているグリロ。以前にもこのフェスティバルの公演でも共演しており、息はピッタリ。時折見せる、酔拳のようなコミカルな動きに会場が沸く場面も。しかし後半は、カンタオーラのマイクがパルマの音を思いきり拾ってしまい、ピアノとサパテアード(靴で床を打つ)の音がほとんど聞こえなかったのが非常に残念!視覚と聴覚、人によってどちらをメインに感じるかは違うのでしょうが、個人的には、目は、閉じた時や他を見ていて何かを見逃がす場面ありますが、自分でコントロール可能。一方、音は耳栓でもしないかぎり耳に入ってきます。というわけで、フラメンコ鑑賞に関しては、どちらかというと聴覚が敏感。カンテのコンサートの時は、全身が耳になったような気持ちで座っていることがあります。
そんな耳に美味しい公演を見せてくれたのは、今年のアンドレス・ペーニャ(Andres Pana)。作品は「オルダゴ・ア・ラ・グランデ(Ordago a la grande)」というタイトルです。このタイトルの言葉は、スペインの遊戯用カード、ナイプス(Nipes)を使ったカードゲーム、"ムス(Mus)"で使う用語で、一番強いカードを持っていると信じて賭けにでるときの言葉です。ただし、オルダゴを宣言したら、相手は賭けにのるか、のらないかの選択しかできません。通常のように掛け点を引き上げることはできず、その場で勝負が決まります。今までのキャリアをもって「どうだ!」の賭けの公演。冒頭、エバ・ジェルバブエナ(Eva Yerbabuena)の振付けでビタリタ。以前、エバの舞踊団に所属していただけあって、見事にニュアンスをくみ取っていました。そのビダリタを歌ったロンドロ(El Londro)、さらにミゲル・ラビ(Miguel Lavi)、ダビ・カルピオ(David Carpio)、ホセ・アニージョ(Jose Anillo)という男4人の歌い手をうまく配し、カンテをたっぷり聴かせてもらえて耳の保養。おかげでバイレも平和な気持ちで心から楽しむことができ、フラメンコを感じられる一夜となりました。アンドレス・ペーニャ、賭けには見事に"勝利"を収めたと思います。
フラメンコを感じたという公演では、今回のフェスティバルで初ぺジスコ(このコーナーではよく使い言葉。元の意味はつねること。つねられたときに、身体がきゅっと動く感覚。)を与えてくれたのが、アンヘル・ムニョス(Angel Munoz)の公演「アンヘル、デル ブランコ アル ネグロ(Angel, del blanco al negro)」。フラメンコの踊り手は、実際には小柄でも舞台に立つと大きく見えるものです。最近は、小柄で細身の男性舞踊手が多いので、空間の感覚がそちらに合っていました。しかし、実際長身のアンヘル・ムニョスが舞台に現れると、お、大きい!一人で大舞台を埋める存在感でした。その持ち味を活かして、バイレ・フラメンコの正統的に美しいスタイル、男性の踊り特有の大らかさ、力強さ、そしてぺジスコを起こさせてくれる粋なタイミング。そんなダンディーな踊り手が、ようやく登場しました。一見、オーソドックスでシンプルに見える踊りでフラメンコを感じさせることがいかに難しいかは、踊りを長年やっている方ならお分かりかと思います。ゆったりとしたマルカール(曲のテンポにあわせてリズムをなぞる動き)の中にある呼吸、足の出し方、手の動き。シンプルであればあるほど、洗練されていなければならないのです。この作品は、昨年の夏マドリードの中心部の劇場で数日間にわたって公演されていたもの。フラメンコの初心者から常習者までの目にふれる土地です。そこで上演する作品としてもよく出来た作品でもあると思います。飲み物に例えると...子供の飲めるミルクや甘いジュース、大人になって美味しいと感じるコーヒーやお酒といろいろありますが、誰が飲んでも美味しく感じて、なおかつ体が必要とする飲料は「水」。それも、カルキ臭のしない美味しい水。どんなお客様にもすっきりと楽しんでもらえる美味しい水のような作品に仕上がっていました。吹奏楽器をなんでもこなすと話題の若手ミュージシャン、ディエゴ・ビジェガス(Diego Villegas)も注目を浴びました。ちなみにアンヘル・ムニョスは、昨年12月に東京で行われたギタリスト、カニサレス(Canizares)のコンサートに奥さんで踊り手のチャロ・エスピーノ(Charo Espino)と出演していました。リチャード・ギア似のニュアンスハンサムをご覧になった方も多いのでは。
日本では、フラメンコは女性が踊るというイメージが強いようですが、本場スペインでは今回掲載の写真をご覧になると分かるように、男性舞踊手主役の公演が続きました。先日のベレン・マジャ(Belen Maya)公演のゲストで出演し、大喝采を獲得したマヌエル・リニャン(Manuel Linan)。今度は自分のカンパニーを率いての公演でした。「ノマダ(Nomada)」」には、男女三人ずつ計6人の踊り手が出演。記者会見で「特にストーリーとかは設定していない」と言っていたように、9つの場面が次々展開していきました。個人的にはもっとマヌエルのソロがじっくり見たかったり、タンゴも踊ってほしかったのですが、最後、またバタ・デ・コラとマントンでの登場で会場を沸かせて幕を下ろしました。
フェスティバルは終わりましたが、まだお伝えしていない作品が残っています。次回はコンサートものを中心に振り返っていきたいと思います。フラメンコは、踊ることはすぐには始めにくいかもしれませんが、聴くことは簡単。今すぐ、どこででも好きな時に楽しめます。24時間聴けるインターネットのフラメンコラジオ(Flamencoradio.com)もあります。まずは音楽から身近に触れていただくときの参考になればと思い、引き続き紹介していきます。
Foto Copyright: Javier Fergo para el Festival de Jerez
お詫び:現在のパソコン環境の関係で、スペイン語表記のアクセントが逆向きになったり、大文字にアクセント記号が付加できていません。ご了承ください。