写真-11.JPGのサムネイル画像スペイン語でmadurarという言葉があります。「熟す」という動詞。果実が熟したり、人間が成熟するときに使われます。スペインでは、幼少、それも3才や5才という歳でフラメンコを既に踊りだすことは珍しくありません。幼少期は覚えも早いのでテクニック的には「踊れる」状態になるのですが、そこから一流のアーティストになる人は、そこから先も常にmadurarし続けます。

二十歳で成人式とはよく言ったもので、何かがとりあえず形を成すには20年という月日が必要なのかなと最近思うようになりました。特に語学や芸術などは、それらをこなすテクニックだけでなく、経験や成長の過程で身につけたもの、つまり時間も必要なのではないかと。このコーナーならではの例えで言うと、フラメンコのバイレ(踊り)もサパテアード(足を打つこと)のテクニックだけなら、数年で一通り打てるようになるでしょう。集中して毎日何時間も練習すれば、もっと早く習得できます。しかし、ほんの2、3年ではフラメンコの原点となったアーティスト達の録音映像を頭に焼き付けたり、曲種毎の曲を理解し、カンテを知るには限界があります。また、表現力の面でも、人生経験の豊かさや人間としての成熟が大きく影響してくるでしょう。フラメンコの場合は、観る者に感動を与えるの力はテクニックだけでは足りないのです。

2週間に渡って開催されたヘレス・デ・ラ・フロンテーラのフェスティバル終了後、セビージャに移動し、まずロペ・デ・ベガ劇場でカルメリージャ・モントージャ(Carmelilla Montoya) 公演に行きました。セビージャの中でも多くのフラメンコアーティストを輩出しているトリアナ地区で名門モントージャ・ファミリーに生まれ、バイレだけでなく歌も素晴らしいアーティストとしての才能に恵まれましたが、私生活には多くの困難があったそうです。今回は、病気による活動休止からの本格復帰公演とあって、舞台で踊れることの歓びを噛み締めるように、彼女の一挙手一投足には深みがありました。この公演には、アマドール・ロハス(Amador Rojas)も出演。独特のメイクと衣装からムーランルージュ的な雰囲気漂うバイラオールです。ファルーコ(初代 Farruco)からバイレの手ほどきは受けたものの、その後はレッスンに通う経済的余裕がなく、巨匠達のビデオを見てほぼ独学で身につけたバイレ。シギリージャ(曲種名)を踊りましたが、まるで他にも舞台に登場人物がいるかのような、ストーリーを感じる構成で楽しませてくれました。

13032014-_MOT5799-2.jpgのサムネイル画像翌日は、タブラオ、カサ・デ・メモリアにて、ラファエル・カンパージョ(Rafael Campallo)とレオノール・レアル(Leonor Leal)。(右上の写真)続いて、カハソル財団主催の「木曜のフラメンコ( los Jueves Flamencos)」シーズンの公演「ダンサ220V (Danza 220V)」。映画「フラメンコ・フラメンコ」のグアヒーラスの場面に出ていた、ラファエル・エステべ(Rafael Esteve)&バレリアノ・パニョス(Valeriano Panos)に、昨年ダンス界で初めてスペイン国営放送の"批評家の眼"賞を受賞したアントニオ・ルス(Antonio Ruz)が加わった三人舞台プラスもう一人。舞台上で"機械"によって音楽を操るアルトマティコのダニエル・ムニョス(Daniel Munosなんと、スペインのフラメンコサイト、フラメンコワールドFlamenco-world.comの創設者です)。ゲスト歌手としてサンドラ・カラスコ(Sandra Carrasco)が加わり、21世紀ならではの舞台作品でした。(左上写真:左からラファエル、アントニオ、バレリアノ)

JAVIERFERGO_YERBABUENA-AY_03WEB.jpg日本に帰国すると、エバ・ジェルバブエナ(Eva Yerbabuena)の来日公演で2作品。初日の「泥と涙(De la cava, barro y llanto)」は、今回の日本公演用にエバ自身が好きな曲種を集めて構成した作品。エバのソロ3曲に舞踊団メンバー4人の群舞で、エバのバイレとフラメンコの曲種をストレートに楽しめました。公演後の初のアフタートークという企画があり、お手伝いさせていただきました。今回の2作品についてや作品づくりの流れなどをエバの生声で語ってもらう質問の用意もありましたが、初日は時間や構成の関係で直前で変更。その代わり、普段は直接質問する機会のないお客様の声を聞きたいというエバの提案は嬉しかったですね。エバ作品については、また別の機会にお伝えしていきたいと思っていますのでお楽しみに。二日目は「雨(Lluvia)」という作品。2009年の初演を観ていたのですが、5年後の眼で観ると、当時の何倍も心に響いてきました。エバ自身も「たとえ同じ作品でも、再演して全く同じになるものではない」とヘレスでの記者会見で言われていましたが、観る側も同じかもしれません。フラメンコはバレエと違って、その作品の踊る「べき」形というのは規定されていません。そのときの状態が現れるものです。そして観る側もいろいろ。フラメンコを長年観ておられる方もいれば、初めて生でエバを観た方もいらっしゃったでしょう。感じ方は様々だったかもしれませんが、クオリティーの高いものを観ることはきっと感性を豊かにしてくれるはず。終演後の観客の皆さんの力強い拍手は、何かが伝わったという証だったように思います。(右上写真:ヘレスでのエバ・ジェルバブエナ)

JAVIERFERGO_ESPIRAL_07WEB.jpgさてさて、エバほどのトップアーティストであっても、熟し=madurarを続けています。5年前と同じではありません。あの大御所バイラオーラ、メルチェ・エスメラルダ(Merche Esmeralda)もレッスンで生徒に教えながら「私も毎日、あなた方から学んでいるのよ」とおっしゃっていました。2月中旬に始まったヘレスのフェスティバルから帰国まで30公演以上観てきましたが、今回印象に残ったことは、若手と思っていたアーティストやone of the舞踊団員sだった人が、「おっ!」と目を引く魅力的なアーティストになっていたことでした。ヘレスで活躍したマヌエル・リニャン(Manuel Linan)アルフォンソ・ロサ(Alfonzo Losa)ダビ・コリア(David Coria)、前述のアマドール・ロハス、エバ公演に出演していたエドゥアルド・ゲレーロ(Eduardo Guerrero)など1980年代生まれの彼らがグイッと伸びて来たのを感じました。ちなみに皆、一桁の年齢で踊り始め、10代で既に舞台を経験しているので、皆20年以上の芸歴です。石の上にも3年と言いますが、フラメンコはタブラ(板)の上に20年!? もちろん、時間さえ経てばいいというものではありません。その間の研鑽あってこそ、腐ったり、錆びたりしないのです。歌手やギタリストも同じ。10年前既に素晴らしい活躍をしていてもそこにとどまらず、10年経った今はもっと磨きのかかった人が名を成し、第一線で活躍し続けているのです。奇しくも「Danza 220 V」の記者会見の場で、パニョスが「僕らが大御所に直接師事することができた最後の世代」と言っていました。直接指導を受ければ、テクニックだけでなく、"フラメンコの流儀"にも触れることができます。厳しく叱ってくれる人もいれば、自分自身で学び取ることの大切さを無言で教えてくれる人もいたでしょう。厳格なDISCIPLINA(秩序ある教育)が時代とともに薄れて来ているのは、フラメンコの世界に限らず否めない現実です。現代において、フラメンコという楽譜や舞踊譜のない芸術において、良い熟しを続けるのは難しいことでしょうが、これからの世代のアーティストも、フラメンコ本来のスピリットを失うことなくmadurarし続けてほしいと願います。(左上写真はダビ・コリア。エドゥアルド・ゲレーロと共にロシオ・モリーナ公演に来日予定)
写真協力: Fundacion Cajasol / Jaime Martinez, Fesival de Jerez / Javier Fergo

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アクースティカ倶楽部は、仲間とともにフラメンコの「楽しさ」を追求する、フラメンコ好きのためのコミュニティです。