この2週間、毎晩のように2~3公演ハシゴして疲れない?と訊かれますが、実は時間が足りないのが悩みというだけで、不思議と疲れは感じていません。むしろフラメンコを充電させてもらっているというありがたい感じです。このコーナーも50回目を迎えました。ご愛読、心よりお礼申し上げます!いろんな味を知って味覚が豊かになるように、自分の好き嫌いとは関係なく本質を見抜く眼を養うことは、こうして記事を書かせていただくためには必要不可欠。このビエナル期間中は、できるだけフラメンコを観たり、聴いたり、学んだり、アーティストからも今の動きを吸収して、今後の記事に反映させていきたいと思います。今後とも宜しくお願い致します。

IMG_3554.jpgグアダルキビル川にかかる一際モダンな二つの橋、通称「バルケタ(Puente de la Barqueta)」と「アラミージョ(Puente del Alamillo)」。92年のセビリア万博の会場となった地区 la isla de La Cartuja(ラ・イスラ・デ・ラ・カルトゥーハ)へのアクセスのために作られたものです。この二本の橋の中間にあるのがセントラル劇場(Teatro Central)。ビエナル期間中の公演会場の一つです。通常450人収容で舞台と客席との距離がぐっと近くなります。ただ後方になると高い位置から見下ろす感じになります。この臨場感溢れる会場での公演をいくつがご紹介します。(写真:バルケタ橋からアラミージョ橋を望む)

IMG_3084.JPG前回のビエナルで、最優秀作品賞を獲得したアレルヤ・エロティカ(Aleluya Erotica)の監督、フアナ・カサード(Juana Casado)の作品「Ultima parada」。"終着駅"と訳せるタイトルのこの作品。スペイン内戦で投獄され、獄中で肺結核のため31歳の若さで亡くなった詩人、ミゲル・エルナンデス(Miguel Hernandez)の詩をモチーフに、獄中で最後の夜を過ごす女性(メルチェ・エスメラルダ(Merche Esmeralda))の姿を描いています。前作「アレルヤ・エロティカ」同様、出演者は4人と少数構成。ギタリストのヘスス・ゲレーロ(Jesus Guerrero)と若い女優リディア(Lidia Mauduito)、そしてメルチェとカンタオールのエル・ボケロン(El Boqueron)の二組の男女。若かりし日の二人と今現在の二人を表しています。女性の夫は内戦により国外に亡命を余儀なくされ、その後、女性は反政府運動に加わります。作品の中で壁にビラを貼っていく若い時の女性、そしてそれを剥がして拾うメルチェ演じる現在の彼女の姿。彼女はこの活動によって政府に捉えられ投獄されたのです。こうして、離れ離れになった二人はお互いの消息を知るすべもなく、年老いていきます。人生をレールの上を走る列車と重ね合わせ、もしも違う駅で降りていたら、違う人生があったかもしれない。今の苦しみから逃れるために、そんな儚い空想さえ抱いてしまう女心。しかし時間を巻き戻すことはできないのです。列車は彼女を人生の終着駅まで運んでいくのです。この世に今も起き続ける様々な戦争によって、愛する者に別れを告げることも許されずにこの世を去らなくてはならない男。そして、愛する人を奪われ、悲しみや孤独と戦う女。平和の尊さを噛み締め、二度と過ちを繰り返さず、世界が反戦に向かうような祈りを感じました。"Adios, hermanos, camaradas, amigos/ despedidme del sol y de los trigos"(さようなら、兄弟よ、同志よ、友人たちよ。太陽や小麦畑ともお別れだ。)詩人ミゲル・エルナンデスは、死を目の前にして牢獄の病室の壁にこの言葉を書き残し、孤独にこの世を去りました。(写真:戦争によって引き裂かれ、二度と会うことなく一生を終えることになった二人を演じるメルチェ・エスメラルダとエル・ボケロン)

DSCN1342.JPGさて、主役のメルチェ・エスメラルダと言えば現代フラメンコ界のソフィア・ローレン!(と、勝手に名付けてしまいました)気高く、情熱的で美しいバイラオーラです。カルロス・サウラ(Carlos Saura)の映画「セビジャーナス(Sevillanas)」で、マノロ・サンルーカル(Manolo Sanlucar)のギター伴奏で鏡に向かって踊るセビジャーナスは、個人的に大好きなシーンです。(クリックして映像を是非ご覧下さい。)映画「フラメンコ(Flamenco)」でも"グアヒーラ(Guajiras)"を踊っていますね。今年67歳になられますが、記者会見にも颯爽とかっこよく登場。ここ数年、教授活動に重きをおいて、舞台から離れていたそうですが、今回のフアナのオファーには応じてくれたようです。アントニオ・ガデス(Antonio Gadez)舞踊団のメンバーでもあったフアナは、メルチェ・エスメラルダに習ったこともあり、古くからの知り合い。メルチェの素晴らしさを知るだけに、是非とも起用したいアーティストだったようです。メルチェも「今回は、もう生徒や友達としてではなく、彼女(フアナ)とは監督とアーティストとして付き合えた」と。フラメンコ創世記を華々しく飾ったセビージャのタブラオ「ロス・グアヒーロス(Los Guajiros)」で、若き日々を過ごしてメルチェ。そこには、マティルデ・コラル(Matilde Coral)、ラファエル・エル・ネグロ(Rafael el Negro)、そしてファルーコ(Farruco)という壮々たる先輩たちがいました。彼らと共に過ごせたことが、自分のアーティスト人生の中での最高の幸運だったと語ります。誰について学ぶか、どんな教育を受けるかがいかに大切かを重く見ているからこそ、自ら教授活動に力を入れておられるのだと思います。大スター、メルチェのバイレと共に舞台にあったのは、エル・ボケロンのカンテとヘスス・ゲレーロのギター。そして、一人の女優。ボケロンは来日回数も多く、日本でもフラメンコファンの間ではお馴染みのカンタオールです。闇をガッと引き裂くように、ミゲル・エルナンデスの詩を歌うオープニング。会見では冗談で皆を笑わせ、日本語の歌を歌って気さくに話しかけてくれたエル・ボケロン。メルチェもそうでしたが、シリアスな俳優としての存在感も素晴らしかったです。音楽は、ギタリスト、ヘスス・ゲレーロのオリジナル。メルチェが「マノロ・サンルーカルと通じる仕事の仕方ができる」と会見で褒めていました。1985年カディス生まれ。親子以上に年齢が離れていても、世代を超えてレスペクトできるところにも、メルチェの風化しないスター性の秘密があるのでしょう。ヘスス・ゲレーロは、ラファエル・エステべやロシオ・モリーナらの独創性の高い舞台作りにも大きく貢献している実力派。この作品でも、各場面にあった音楽を作り上げていました。監督のフアナ・カサードには、これからも少人数構成で、クオリティが高く内容の濃いフラメンコ作品を生み出していったほしいものです。(写真:左からヘスス、ボケロン、メルチェ)

IMG_7807.JPG今年2月のヘレス・デ・ラ・フロンテーラ(Jerez de la Frontera)で初演を行った、ベレン・マジャ (Belen Maya)の作品「Los Invitados」の再演も、このセントラル劇場で行われました。初演時の記事はこちら。今回は、カルメン・リナーレス(Carmen Linares)の出演はありませんでしたが、前回よりもぐっと親密に彼女の心の動きが感じられました。どこがどう変わったからなのか...具体的には挙げられないのですが、たしかに違う感覚です。二度目というのもあるかもしれません。同じ作品、同じアーティストであっても、そのときどきで変わるのがフラメンコの不思議。そして、アーティストが場面場面に寄せた想いも、1度目よりも2度目、3度目の方がより汲み取れるようになってくるのでしょう。特にベレンは、必要性から場面を作り上げていく人。表現したいことを明確に持っていて、それを動きや踊り、歌の中にきちんと取り入れているのです。彼女の人生の中で起きた様々な出来事。幼い頃の母、カルメン・モラ(Carmen Mora/バイラオーラ)の死。そして近年、父、マリオ・マジャ(Mario Maya/バイラオール)も亡くなりました。舞台は彼女の家。それは、彼女の心の中、記憶の中とも言えるでしょう。そこを訪れるインビタードス=お客さんは過去の思い出。幸せに満ちたもののあれば、苦しい、辛い思い出もあります。お客さん役は4人の歌手、ヘマ・カバジェロ(Gema Caballero)、ホセ・アニージョ(Jose Anillo)、トマス・デ・ペラテ(Tomas de Perrate)、ホセ・バレンシア(Jose Valencia)。そしてバイラオールのマヌエル・リニャン(Manuel Linan)。各アーティスト、全て素晴らしい!さすが、ベレンのこだわりです。最初のシーンと各シーンの繋ぎで歌ったヘマ。今まで何度も舞台で聴いたことはあったのですが、今回は特に印象的でした。プロも進化しているんですね。今後が更に楽しみです。前回同様、トマスの歌で俳優とペアで踊るダンスでは、ベレンのコケティッシュな魅力全開。女性が着る衣装であるバタ・デ・コラのマヌエル・リニャンとのペアの踊りは、まるで仲のいい友達か、幸せだった頃のもうひとりの自分との思い出と戯れているよう。そして、マヌエルが舞台から去った時のベレンの寂しさ、不安、哀しみはきっと見ている人にもジーンと伝わったと思います。そして最後は、舞台前半の楽しい思い出パートのホセ・アニージョが歌うシーンとは対照的な、悲劇パートのホセ・バレンシア。深い深いシギリージャ(Siguiriya-曲種名)を聴かせてくれました。(写真:ホセ・バレンシアとベレン)

IMG_0156.JPGセントラル劇場ではコンサートも行われます。そのひとつ「Cu4tro(クアトロ=4)」。カンタオーラのカルメン・リナーレス(Carmen Linares)がジャズのティノ・ディ・ジラルド(Tino di Gerakdo-ドラム、パーカッション)、カルレス・ベナベン(Carles Benavent-ベース)、ホルヘ・パルド(Jorge Pardo-フルート、サックス)のトリオと共演。さらにフラメンコギターにサルバドール・グティエレス(Salvador Gutierrez)、バイレにぺぺ・トーレス(Pepe Torres)が加わり、大人上質なコンサートとなりました。「楽器は(通常フラメンコで使われないものに)変わっても、フラメンコを奏でるときはフラメンコなんだよ」とホルヘ。彼ら三人はパコ・デ・ルシア セクステットの元メンバー(1986-87)。ジャズミュージシャンであるとともにフラメンコのアーティストでもあります。このメンバーでのコンサートはローマ、マドリードに次いで三度目。「それぞれが独自の音楽観をもっているから、相容れないところもあるけれど、その色の違いがあるからこそ一緒にやって面白いんだ。」とホルヘ。カルメン・リナーレスは今年で63歳になられますが、ジャズトリオと歌うという新しいチャレンジを見事に成就させていました。

公演終了は夜中の1時。またバルケタ橋を渡って家路につきましょう。

公演写真 FOTOS de los espectaculos : Antonio Acedo, La Bienal Oficial
その他  Otras:Makiko Sakakura
Special thanks to Juana Casado

お詫び:パソコン環境の関係でスペイン語のアクセント表記が逆向きになっています。ご了承ください。

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