スペインの南、アンダルシア地方にあるセビージャ県のセビージャ市。「セビージャ!マラビージャ!(素晴らしい!)」と言われるほど、イスラム文化と中世バロック文化の名残を残した建造物や町並みが残されています。町の中心部を流れるグアダルキビル川は、よくフラメンコの歌詞でも歌われますが、実はこの川は支流で、本物のグアダルキビル川はそのより少し西よりに走っています。
街の中心地にはセビージャが誇る世界遺産3件がほぼ並んで残っています。セビージャ大聖堂(Catedral)、インディアス古文書館、そしてアルカサル(Real Alcazar)。その一つ、アルカサル内でコンサートが三夜連続で公演されました。アルカサルとは「城、宮殿」を意味し、セビージャだけでなくスペイン各地にありますが、ここセビージャのアルカサルは14世紀から16世紀にかけて作られたもので、グラナダのアランブラ宮殿(日本語ではアルハンブラ宮殿と言われることが多い)を彷彿させる造りとなっています。通常、セビージャ在住者以外は入場料を払って入るシステムで、いつも長蛇の列ができている正門前から入場すると最初に出くわす大きな広場がコンサート会場となります。
今までのビエナルでは、このアルカサルでの公演は比較的多かったのですが、今年は2週目の3日間のみ。初日はギタリスト、ダニ・デ・モロン(Dani de Moron)の公演「21」。公演日が21日だったので、それに因んでつけた公演タイトルかと思ったら、実は準備中のアルバムのタイトルとのこと。既に二枚のアルバムを出していますが、新しい音の世界を作り出したいという気持ちが常にあって、今回のアルバムでは、11人の歌手を招いて伴奏するという試みだそうです。フラメンコは同じ曲であっても、歌い手によってトーンも歌い方も、そして声の質もかなり個性的です。伴奏者には、それぞれに合った弾き方、間の取り方が求められます。それにどう取り組んでいけるかというのが、ダニにとってはわくわくする冒険のようです。
ダニ・デ・モロンは、その名の通りセビージャ県にあるモロン・デ・ラ・フロンテーラ(Moron de la Frontera)の出身。モロンと言えば、ギタリスト、ディエゴ・デル・ガストール(Diego de Gastor 1908-1973)。子供の頃にモロンに移り住み、そこでギターを始め、独特の力強いタッチで「モロンの音」を創り出したギタリストです。弾き方や音の感じで「あ、モロンだ!」と分かるほどで、モロンはフラメンコギターの世界でも特別な土地となりました。そのモロンで生まれたダニ・デ・モロンも、もちろんそのタッチを身につけてはいますが、ダニのギターはあくまで自己流。誰かの流れを汲んでとかではなく、ほぼ独学で自分のスタイルで歩んできました。早くから一流カンタオールへの伴奏を始め、さらには踊り伴奏でも名だたる舞踊団から声がかかり、アントニオ・カナーレス舞踊団でも演奏していました。共演アーティストを挙げるときりがないので割愛しますが、パコ・デ・ルシア(Paco de Lucia)からのツアーのセカンドギターのオファーもあったほど。2012年に初のアルバム「カンビオ・デ・センティード(Cambio de Sentido)」を出しましたが、その後もソリスタとしてだけでなく、歌手、アルカンヘル(Arcangel)らの伴奏、バイレ公演では、ロルカの戯曲をテーマにした「アレルヤ・エロティカ(Aleluya Erotica)」で登場人物の一部となりながら、公演中すべての音楽を一人で担当するという難しい役どころも難なくこなしました。
そのダニが初めてビエナルの公演に出演したのが、2000年。このアルカサルの舞台でした。16年後、主役となってソロコンサート開くことになったわけです。
今回のコンサートでは、ソロ演奏と新アルバム同様、様々な歌手を招いて伴奏していくという構成です。ゲスト歌手として、ロシオ・マルケス(Rocio Marquez)、ヘスス・メンデス(Jesus Mendez)、ドゥケンデ(Duquende)、そして、いつも伴奏をしているアルカンヘル(Arcangel)という豪華なラインナップ。さらには、バイラオール、イスラエル・ガルバン(Israel Galvan)の踊りへの初めての伴奏。イスラエルの奇才ぶりをご存知の方は、これがすごいチャレンジだとお分かりになるかと思います。記者会見には、そのイスラエルも来て「ダニのCDを聴いてから、一緒にやってみたいと思っていたんだ。彼のファルセータにはパーカッション的なものを感じるんだ」と、なんとイスラエルからのラブコールだったようです。(ベティスのユニフォームを持っている向かって左がダニ、右がイスラエル)
コンサートは、ダニのソロ。遠くからだんだんと近づいてくるような奥行き感のある演奏。4人のパルメーロ(Palmero 手拍子などでリズムを刻むアーティスト)が、テーブルを指で叩くヌディージョから、曲調に合わせてパルマ(手拍子)に変わり、やがてスピード感のあるブレリアの盛り上がりを見せます。続いて、ロシオ・マルケス、ヘスス・メンデスと登場し、それぞれが二曲ずつ歌い、それにダニが伴奏していきます。二人は全く違うタイプの歌手。震えるような繊細な声で声量はそれほどないロシオと、堂々と伸びのある声で、出身地のへレス独特のノリのあるヘスス。
そのカンテが終わると、客席後方から「ドン、ドン!」と木を叩くような音が響いてきました。驚いて立ち上がる観客もいました。最初は誰かがアルカサルの門を叩いているかのようでしたが、これは"あの"奇才イスラエルの仕業。客席後方から姿を現し、通路で時折踊りながら舞台へと近づいてきます。ところがなかなか舞台上には上がらず、舞台と一列目の座席の間の通路で踊り始めました。靴の中にマイクが仕込んであるようで、足音は絶妙なリズムを作り出しています。声を出したり、飛んだり、座っているお客さんの手のひらを使って音を出したり...と。もう客席は次に何をやらかすか目が離せないといった状況。
イスラエルが舞台に上がってカホン(箱状の楽器)に座ると、ダニのギターが始まります。それを「いいぞ?」聴いている様子。そして、双子のパルメーロ、ロス・メジス(Los Mellis)を前に誘い出し、二人の間に入って「あれ??右も左も同じ顔だ!」というおどけた表情で笑いを誘います。奇想天外な動きをしながらも、一音一音を無駄にしないで音楽の一部とし、ギターとの絶妙な絡みもバッチリ。初共演に当たって、最初にお互いのコンセプトをすり合わせ、リハーサルは、午後にわずか3回。それであの流れが覚えられるとは!ダニ曰く「難しかったけど、すごく楽しかった。他のバイラオールとはぜんぜん違う間の取り方」だったそうです。なんともエキサイティングなひと時を作ってくれた共演でした。
ダニのソロで、想い出の曲であるというグラナイーナ(Granaina 曲種名)に続いてまた歌手との共演。ドゥケンデ、アルカンヘルと順に登場。また二曲ずつを歌います。ドゥケンデは、最初の一声がカマロンそっくりという印象を与えました。二曲とも割と短めに終わり、次のアルカンヘルとはいつものコンビなだけにリラックスしてより自由に滑らかな演奏。一小節に一体何音散りばめているんだろうというすざましい速弾きの連続。最後は全員が登場し、タンゴ(Tango)の歌い回し。これだけのカンタールたちが一堂に会するとは、なんとも豪華なフィナーレとなりました。
アルカサル三日目のコンサート、ピアニストのドランテス(David Pena Dorantes)とトルコのミュージシャン、タクシム・トリオ(Taksim Trio)の公演「ヒターノス・デル・メディテラネオ(Gitanos del mediterraneo 地中海から来たヒターノたち)」。タクシム・トリオは初めてだったのですが、コンサートに先立ってお目にかかることができました。イスタンブールのグループで、トルコクラシックとトルコジャズが入り混じった音楽ということで、使う楽器も初めて見るものばかり。トルコのサズという弦楽器の一種で、ネックの細い小ぶりなバーラマ。カヌーンという台形型のお箏のようなハープのような平置きの楽器、そして今回は真っ白なクラリネット。近くで見ると美しい細工が施してあります。
彼らの出会いは、約2年前。タクシム・トリオの方は、共演のオファーがありました。タクシムの方ではすでにフラメンコの色々なアーティストの音楽は聴いていて、その中からドランテスとやりたいということになったようです。それを機にドランテスも彼らのいるイスタンブールに飛び、お互いの音楽をさらに知り合い、3ヶ月後にはコンサートで共演するまでになったそうです。「トルコ語とスペイン語でコミュニケーションは?」と伺うと「言葉での会話は直接はできない。だけど、彼らも僕と同様ヒターノの血を引いていて、フラメンコのコンパス感はすでにわかってたんだよ。あとは音楽を通じてのやり取りには全く問題はないよ。」なんと、ドランテスの名曲「オロブロイ(Orobroy)」もタクシム・トリオのアルバムに収録されたとのこと。
実際、トリオにお会いすると、思わずスペイン語で話しかけたくなるような親近感。日本人である私にも「ハイ!」と気さくに声をかけてきてくれ、言葉だけに頼らず、目の前にあるものを使って、コミュニケーションのきっかけを作っていくような人たち。ちなみに、「タクシム」とは即興を意味します。この即興力、コミュニケーション力なら、きっと素晴らしいコンサートになると確信しました。
コンサートの演奏曲は、ドランテス作曲のものとタクシムのオリジナル。プログラムでは、タクシムの曲からのスタートとなっていましたが、実際にはまずドランテスのピアノソロ。フラメンコの曲種、シギリージャをアレンジを加えながら、まるで歌っているかのようなタッチで弾き、ムードをぐっとフラメンコに持ってきたところで、ドランテスの挨拶。
ドランテスは、セビージャ県レブリハ(Lebrija)の出身。前回号のホセ・バレンシア(Jose Valencia)とは同郷で、ホセのコンサートの核となった、歌手の故レブリハーノ(El Lebrijano)はドランテスの叔父にあたります。レブリハは、近隣のウトレラ(Utrera)同様、カンテが盛んな土地で、ドランテスの祖母は名歌手マリア・ラ・ペラタ(Maria La Perrata)。元はウトレラ出身でそうそうたるアーティストを輩出したファミリーの一員。13歳でレブリハの男性、つまりドランテスの祖父と知り合い結婚し、レブリハに移り住みました。
その祖母の家には、フラメンコを縁にいろんな国の違うジャンルの音楽のアーティスト達も集い、フィエスタでは即興で一緒に歌ったり演奏したりしていたそうです。子供の頃、そのフィエスタの場にいたドランテス。その時の楽しい思い出のフィエスタを再現するかのように、今夜は楽しくやりたいという意向を述べました。タクシムのメンバーもヒターノの血を引いているということも紹介し、これで観客の間に「なぜビエナルでトルコのバンド?」という疑問は湧かなくなったのでは。
タクシムのメンバーが舞台に登場。極めてナチュラルで、緊張してる様子もなくオリジナル曲を演奏。その間も、ドランテスは舞台上に残り、時々絡見ながら、フラメンコ不在とならない雰囲気作りでトリオの曲を見守ります。終わると、客席からは力強い拍手。まるで、オッケーが出たかのような歓迎ぶりです。
次はトリオだけの曲。まずクラリネットが旋律をとり、続いてバーラマとカヌンが加わり、哀愁たっぷりのメロディー。お箏のようなカヌンは、弦を上から叩くとまるでカホン(フラメンコで使う箱状のパーカッション楽器)のような音。普通に弾けば旋律のメロディーも奏でるという、一台二役、いや、弦で音色も変わるので何役もできる楽器のようです。
ドランテスのピアノソロの時には、トリオメンバー、中でも一番陽気なバーラマのイスマイル(Ismail)が聞き惚れているという感じで、時々「オレー!」とハレオ(掛け声)も。このハレオ、スペイン人以外が言うと(スペイン人でもフラメンコを知らない人はどうかわかりませんが)、どうもサマにならないものですが、イスマイルのハレオには全く違和感はありませんでした。
「ヒターノス」とタイトルをつけた曲は、ドランテスが祖母のペラタが歌っていた「カラバナ(Caravana」という曲を元に作曲したもの。下記の映像が歌っている様子です。
印象的な主旋律をそれぞれの楽器で奏でながら、曲が展開していきました。
続いて、ドランテスのピアノソロ。セビージャの人にはおなじみのドランテスの世界にどっぷり。次はトリオの曲。ハーブのソロから始まると、その音階がフラメンコ的で、改めてヒターノの世界に共通する何かの存在を感じました。
最後の曲は、フラメンコの曲種「ベルディアレス(Verdiales)」を元にドランテスが作曲したもの。トリオとの共演の完成型のような壮大さ。きらめくようなピアノの音からリズムカルな後半へ。もう一度、聞きたい!と思っていたら、アンコール2曲目で聴けました。「普通はやらないんだけど、こんなにみなさんが欲してくれるのから」と嬉しいプレゼント。
ちなみにアンコール曲は「オロブロイ(Orobroy)」。録音したと聞いていたので、絶対やってくれると信じて、アンコールの拍手を止めず、帰ろうとする人を「もう一曲あるから」と引き止めて正解でした。
フラメンコを通じて、今まで知らなかった他国の音楽や楽器と出会う。自然にそういうチャンスをくれた気持ちの良いコンサートでした。まさにパティオでのフィエスタでの出会いのように。
写真(FOTOS):無クレジットのものは cOscar Romero Bienal de Sevilla Oficial / Makiko Sakakura
記載内容及び写真の無断転載はご遠慮願います。Copyright Makiko Sakakura All Rights Reserved.