スペインはフラメンコの本場だけあって、1ヶ月のフラメンコフェスティバルで、毎日3?4公演がプログラムされていても、まだまだ看板アーティストになれる人はたくさんいます。フェスティバル期間中にも同じセビージャでオフフェスティバル的に走っている公演シリーズもありますし、マドリード、バルセロナなどの主要都市での大物公演も重複しまくっていて、体がいくつあっても足りないほどです。

Ballet Flamenco de Andalucia 05.jpgフラメンコの舞踊団も複数あり、スター、そして将来のスターたちが日々研鑽しています。フラメンコの本場、アンダルシアを拠点としたアンダルシア舞踊団は1994年に創設。初代監督マリオ・マジャの作品から今回の公演「ティエラ・ロルカ(Tierra Lorcaロルカの地)」まで22年が経ちました。この作品で3年間の舞踊団監督を退任するラファエラ・カラスコは、アンダルシア舞踊団創設当時のメンバー。就任、そして今回の任期終了に当たっても、特別な想いがあったことでしょう。2014年に、監督第1作目の「En la memoria del cante: 1922」。 2作目が同年に発表し、日本にもツアーで来た舞踊団20周年を記念した作品「Imagenes. 20 anos de Ballet Flamenco de Andalucia」そして、最後の作品となったのが今年2016年7月から8月にかけてグラナダのアランブラ宮殿内にあるヘネラリフェ庭園の特設野外ステージで公演された「Tierra-Lorca. Cancionero popula?r」です。グラナダでの公演では、カンタオーラ、マイテ・マルティンが数日ゲスト出演をし、その他の日は今回のセビージャ公演と同じく、ヘマ・カバジェロがカンテを務めました。

Ballet Flamenco de Andalucia 04.jpgロルカは、ご存知の通り、グラナダ出身の詩人フェデリコ・ガルシア・ロルカ(Federico Garcia Lorca)。スペイン内戦により1936年に38歳で銃殺されました。生前、ヒターノに関する詩も多く書き、「イェルマ」「ベルナルダ・アルバの家」などの戯曲も発表。フラメンコの舞台でも使われています。ピアノも弾いていたロルカが古いスペイン民謡を採譜して楽譜にして演奏。友人のスペイン舞踊手、エンカルナシオン・ロペス"ラ・アルヘンティニータ"(Encarnacion Lopez, La Argentinita)の歌とカスタネットで録音して「Coleccion de Caonciones Populares Espanoles(スペインの民謡集)」としてレコードを発売しました。そこに収められている曲を使って、今回のアンダルシア舞踊団の公演が創られました。

Ballet-Flamenco-de-Andalucia-05.jpgビエナルでは、野外のステージと劇場という空間での公演という違いはありますが、舞台の大きさもほぼ同じ。照明なども野外の時点から自然条件に頼らない形で作ってあったので、ほぼ同じコンディションでできるとのこと。ただ、これで今回のメンバーでの公演は最後ということもあって、「これが劇場では初めての、そして最後の公演よ」というメンバーの言葉には心なしか寂しさも感じました。監督のラファエラは、恐ろしく器用で耳がよく、リズムを体現することでは女性の中でもピカイチのバイラオーラです。また複雑なマスゲーム的な動きの構成いも得意。メンバーも最初は難しかったようですが、この3年間で、ようやくラファエラ独特の間の取り方や振り付けも身について、回を追うごとにやり易くなってきたところだったよう絵dす。そして何より、毎日4、5時間の練習、たくさんのツアーで家族のように仲良くなったメンバーたち。これから、それぞれの道を探して歩んでいかなければなりません。
舞台バックには、たくさんのロルカの絵や写真が映し出され、それがブロックごとに前後に動くというセットから始まります。アルヘンティニータの姿もあります。ソロンゴ・ヒターノという曲をベースに次々と現れては消えるバイラオールたち。その動きは不規則なようで、見事に統制されたもの。
ピアノとヘマ・カバジェーロの歌が始まると、ラファエラのバイレで、改めてソロンゴ・ヒターノ。舞台バックのスクリーンには、右半分にアルヘンティニータの踊る姿、歌う姿が、左半分には今、舞台で踊っているラファエラの姿がプロジェクションされ、交互に動きます。時代を超えての共演です。
Ballet Flamenco de Andalucia 02.jpg音楽は、よく知られている民謡ばかりですが、衣装や舞台セットで光と闇を擁するロルカの世界を醸し出しています。ダビ・コリアとラファエラのペアでの「Cuatro Murelos(4人のロバ引き)」では、真っ赤なマントンを使って息のあったバイレの後、ソリスタとして活躍してきたダビのソロ、ファルーカ(ガリシア地方起源の曲)。他の二人のソリスタ、アナ・モラーレス、ウゴ・ロペスにもそれぞれ別の場面でソロがあり、見せ場を作りました。舞踊団メンバーも、バイラオーラだけでのタンゴ、バイラオールによる「アンダ・ハレオ」、群舞でも、一人ずつソロパートがあり、3年間の舞踊団での成長ぶりを披露することができました。1978?1994年生まれの8人のダンサーは一名を除き皆、アンダルシア生まれ。皆、幼いころがコンセルバトリオ(舞踊学校)やフラメメンコのアカデミーでがっつりと基礎ができ、アンダルシア舞踊団を創設時から知っているラファエラの眼鏡にかなった面々。以前のアンダルシア舞踊団のソリストを務めたエドゥアルド・レアルや、すでにソロ公演もしているアルベルト・セジェスもいました。

最後は「ラファエラ、お疲れ様!ありがとう!」という気持ちのこもったような会場からの鳴り止まぬ拍手。舞台上のアーティストの目にも涙が光る、感動のフィナーレとなりました。

Inmanencia-04-2.jpgその翌日、舞踊団メンバーだったアルベルト・セジェスが解散の余韻に浸る間もなく出演したのが「インマネンシア(Immanencia)」。ハビエル・バロン、ラファエル・カンバージョという先輩バイラオールとの共演です。ハビエルはこの公演を創るにあたって、バイラオール=男性舞踊手だけ、そしてシンプルにフラメンコのバイレをやりたかったそうです。バイレの世界では、その「シンプル」が最も難しく、難しいことをいかにナチュラルにできるかが、アルテ(芸術)なのです。
タイトルの意味は「内在するもの」。ピュアでナチュラルにフラメンコを踊ることで、踊り手それぞれが内に持っている何が見えてくるのかもしれません。今でも毎日、4、5時間は毎日踊っているというハビエル・バロン(1963年生まれ)。ナチュラルな品性と粋な洒落っ気を兼ね備えた踊りで、様々なタイプに分かれる男性バイレの中でも規範となるべきタイプの一人です。スペイン国立バレエにも在籍していたことがあり、2008年にはスペイン舞踊家賞(Premio Nacional de Danza)受賞。近年は指導者としても、後進の育成に当たっています。ハビエルは教えるにあたって、とにかく振りだけを次々とっていく今のインスタント育成とは反して、将来的にプロとしての実力を発揮できるために一番大切な「基礎」作りを大切にしたいと言っています。どんなに豪華な家を建てても、基盤が歪んでいては、どんどんと崩れていくのと同じです。
共演するラファエル・カンパージョとは1996年の「Por aqui te quiero ver」で共演し(イスラエル・ガルバンと3人で踊っていました。下記のビデオ参照)、それ以来、顔を会わせるたびに「また一緒にやりたいね」と言っていたのが、ようやく今回実現しました。

Inmanencia 02.jpgアルベルト・セジェスは、カディス県サン・フェルナンド生まれの若手期待の星。祖父に名カンタオールのアウレリオ・デ・カディスを持つことから、記者会見でもちょっといじられていましたが、はにかみながらも爽やかに受け答えしていました。そして、今回は師匠、ハビエル・バロンとの共演。アルベルトのソロ公演を演出したハビエルは、彼の個性はよく見抜いていたはずでしたが、今回、ソロで何を踊りたいかと訊くと踊ったこともない「ペテネーラを踊りたいんです」という意外な答えをしたそうです。
ラファエル・カンパージョは、ハビエルとの共演の経験はあったものの、フラメンコのスタイルとしては別の系統。マノロ・マリン、ホセ・ガルバンという、セビージャ、その中でもトリアナのバイレをベースに育ってきたアーティストです。
60年代、70年代、そして90年代生まれの3ジェネレーションのバイラオールの共演で、しかもそれぞれが見た目も踊りも違うタイプ。似た者同士の仲良くグループではないので、三種類の味が楽しめます。
3枚のガーゼだけいう舞台セットと聞いていましたが、それをうまく使ってのロンデーニャ(曲種名)でオープニング。続いて、アルベルトがペテネーラをソロで踊ります。普通、不吉な曲とされ、女性が踊ることの多いこの曲をあえて選んだだけあって、重々しい曲調を骨太にそして、正統的な男性バイレのスタイルで踊りきりました。
ソロは、ラファエルがシギリージャを、ハビエルがソレア・ポル・ブレリアを選択。
プログラムは全部で11曲。フラメンコの主要な曲種を網羅していていますが、ただその曲を踊るというものではありません。フラメンコの曲には、その曲独特の「アイレ」があります。アイレとはスペイン語で空気。日本でいう「空気読めない」の空気と同様、その曲にふさわしい空気という感じでしょうか。もちろん、各曲で定番な振りというのもありますが、実際にその曲の持つアイレを理解していなければ、それを表現することはできません。

Inmanencia-06.jpgハビエルとラファエルのタンゴは、まさにその「アイレ」たっぷり。セクシーさの求められるタンゴで、粋がる男同士のライバル意識を表現。二人の駆け引きが面白く、一見真面目そうなハビエルと、ちょっとワルっぽい魅力のラファエルが、最後は仲直りして終わるというちょっとしたストーリーのある構成でした。3人揃ってのカンティーニャスでは、同じ振り付けながら、動きや角度に各人の特徴が現れて、それぞれの個性を認識できる興味深いものでした。ミュージシャンは、今までとは違う新しいメンバーでやってみたかったというハビエルの意向で、ギターに、アンダルシア舞踊団で音楽担当していたマヌエル・デ・ラ・ルスとミベル・ペレス、カンテにはマヌエルと同郷で、ラ・ウニオンのコンクールでランパラ・ミネーラ賞を獲ってから大忙しのヘロモ・セグーラ、ラファル・カンパージョ公演でおなじみのハビエル・リベラ、パルマにはロベルト・ハエン、ホセ・ルイス・ペレスベラが入りました。

写真(FOTOS):無クレジットのものは cOscar Romero Bienal de Sevilla Oficial / Makiko Sakakura
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