普段はスペインや海外でのフェスティバルを取材して、スペイン人アーティストのご紹介をしていますが、たまには日本もウォーカー!ということで、昨年オープンした東京・新宿のタブラオ(フラメンコのショーを観られる飲食店)「ガルロチ」に行ってきました。

DSCN2225.JPG日本に限らず、海外でスペイン人アーティストを紹介する常套文句は、「スペイン人気ナンバーワン!」「スペインで大活躍中」「若手トップアーティスト」とかありますが、それ本当なの?と思うことはありませんか?確かめようがないことですし、書いている本人の知っている範囲では「ナンバーワン」かも知れないので、否定はできないのですが、時には有名なコンクールの最終予選に残っていただけなのに、そのコンクールで「受賞経験あり」とか、同じ日に大物アーティストの前座で舞台に立っていただけなのに「共演」と書いてあったり、名前の表記が間違っていたり。「有名」とか「人気」は感覚の問題としても、事実ではないことはうたうのはどうかなと思うことが多々あります。

この十数年、実際にスペインに足を運び、現地のメディアもチェックするので、それらのうたい文句の真偽のほどが分かり残念な気持ちになるのですが、一般的には書かれたことを信じるものでしょうし、端から見ると、その真偽すら大きな問題ではないのかも知れません。しかし、みんながみんな「ナンバーワン」だったら、「これは見逃したらもったいないよ!」というものが埋もれてしまうのが、さらにもったいない!本当に良いものを間近で観ること、触れることは、フラメンコやダンス芸術を観る感性を磨いてくれます。

というわけで、そんな"見逃しもったいない"を減らすために、「え!この人が日本に来るんだ!」とちょっと嬉しくなるようなラインナップで営業をスタートされた、「ガルロチ」のショーを紹介します。

場所は、新宿伊勢丹会館6階。以前、同じ場所で営業していたタブラオ「エル・フラメンコ」の時代も、スペインからの来日アーティストのグループが出演していましたが、滞在期間は6ヶ月。実際、スペインでたくさん仕事やツアーのある"活躍中"のアーティストにとっては、6ヶ月スペインを空けるというのはなかなか勇気のいる決断でした。「ガルロチ」では、滞在期間を2週間?3ヶ月くらいで契約することにしたそうなので、それによって、アーティスト達も来日しやすくなっていると思います。

2月2日から4月23日までは、メルセデス・デ・コルドバのグループ。メルセデスは、日本への来日公演が多いトップ(これ、本当です!)・バイラオーラ(フラメンコ女性舞踊手)、エバ・ジェルバブエナの舞踊団創設時代からのメンバーで約15年在籍。"あの"エバの求めるレベルを踊りこなしてきたのですから実力派であることは間違いなし。これは、見逃したらもったいない人、"その1"です。そして、"その2"は、歌手としてグループメンバーに加わった、マリア・テレモト。その理由はこちらを読んでいただければ分かります。マリアの幼い日の動画も載せています。

DSCN2226.JPGタブラオに着くと、「先着100名様へのプレゼントです!」とフラメンコ衣装の布で作られた三角形のピキージョ(三角巾の大き目のもので、スカーフのように肩にかけたり、首から巻いたりします)を何種類の中から選ばせていだだきました。このキャンペーン、ピキージョがなくなり次第終了する可能性はあるそうですが、お早めなら間に合うかも知れませんね。注文した一品、トルティージャ(スペイン風オムレツ)はお洒落にもスキレットで登場。食事のメニューも以前の「エル・フラメンコ」とは随分変わりました。

19:30、第一部のショーがスタート。お店は18時からオープンしているので、早く来てゆっくり飲みたい、食べたいという人は早めに入った方が良さそうです。

昨年のビエナル(セビージャで2年に一度開催させる最大のフラメンコ・フェスティバル)でも、いくつかの公演で演奏しているのを聴いたギタリストのフアン・カンパージョのギターの音色で幕開け。フアンは、セビージャ出身で、兄弟にはバイラオールのラファエル・カンーパージョ、バイラオーラのアデラ・カンパージョという"カンパージョ三兄弟"の一人。タブラオから大劇場、作品ものまで、カンテ、バイレへの伴奏の経験がかなり豊富なベテランです。「100万円出されても売りたくない」くらい愛着のあるギターから紡ぎ出される音色がショーのクオリティーの高さを期待させます。

今回のグループのダンサーは、メルセデスの他にロレーナ・フランコとウゴ・サンチェス。ロレーナは、メルセデスと同郷のコルドバ出身で、これまた同じくエバ・ジェルバブエナの舞踊団にいた実力派。ウゴは、マドリード出身ですがセビージャ在住で、ガイドブックには必ずでている老舗タブラオ「ロス・ガジョス」で踊っているので、観光で訪れた方は知らないうちに観たことあるダンサーかも知れません。今回のメンバーの一人、歌手のペチュギータも同じタブラオで歌っていたそうです。

踊りが始まると、3人のサパテアード(靴音)が響きます。ここではまず、フラメンコは全てが音楽、サパテアードもパーカッションのようにリズムを刻んでいるということを再認識させてくれます。さらりとやっていますが、やってみると意外と難しいのがフラメンコです。

DSCN2229.JPG続いて、若干17歳のマリア・テレモトが歌います。フアン・カンパージョの奏でる現代的なファルセータにもうまく乗りながら、古典的でシンプルなレトラ(歌詞)、ジャズ風にいうと「スタンダード」、を次々と歌ってきます。マイクが要らないんじゃないかと思わせるようなど迫力の声!絶妙にコントロールされている声は、たとえ大音量でもうるさくありません。素人が真似をするとコントロールがきかなくて相手を殴ってしまうところを、プロはすんでのところで止める、といった感覚です。そして、その貫禄たるや、さすが年齢そのものがフラメンコのキャリアとも言えるマリアだけあって、まるでヘレス(アンダルシアのマリアの出身地でフラメンコのメッカの一つ)にいるかのような空気を作りました。

ショー開始後20分あたりから、ロレーナのソロの踊りが始まります。カンテは引き続きマリア。グラナイーナという少し暗めの曲がマリアの声でさらに厚みを増します。フラメンコの衣装で後ろにフリルのついた裾が長く伸びたものをバタ・デ・コラと言い、これを巧みな足さばきで踊るテクニックがあります。また、正方形の大きなショール(マントン)を半分の三角形に折り、それをマントのように捌きながら踊ったりもします。いずれも見てるほど簡単ではなく、全身を使う体力のいるものですが、フラメンコの踊りの中では華のある見所の一つです。今回、ロレーナはこのバタとマントンを使って踊っています。陶器のように白い肌で愛らしいコルドバ美人のロレーナはとってもエレガントで好感度の高いバイラオーラでした。

5分間の休憩の後、フアンのギター・ソロ。繊細なトレモロが力強いフラメンコらしいタッチ。約5分の演奏ですが、フラメンコギターのソロ演奏が楽しめます。

HUGO.JPG次に男性舞踊手、ウゴが登場。アレグリアスという明るい曲を踊りました。プロのフラメンコの踊り手は舞台に立つと実際よりも、大きく背が高く見えるもの。メルセデスやロレナも舞台を降りると驚くほど小柄なのですが、このウゴは舞台上で結構な長身に見えました。終演後に会わなかったので実際のところは分かりませんので、行かれる方はチェックしてみてください。
つい先日、以前関わったフラメンコのテレビ番組の再放映後の解説で、ゲストのバレエダンサーの方がフラメンコ舞踊のポイントとして「腰を落として重心を低く」とおっしゃって見本を実演しておられましたが、実はそれをやると舞台上で大きくは見えません。サパテアードを打つために足を自由に動かすことも難しくなります。男性の踊りはスボンを履いているので、より足の動きや体の状態が良く分かります。ダンサーによっていろんなタイプはいますが、彼らがそれぞれ自分独自の体型を活かして、どうやってあのサパテアードを叩き出しているのか、まず4月まではこのスラリと長身のウゴから観ていくと面白いでしょう。次回のグループに予定されている男性舞踊手は全く違うタイプです。(写真は最後のブレリアの場面より)

ショーの最後を飾るのはメルセデスのソロ。この日は、タラントという曲を踊りました。タラントは、スペインの鉱山地帯の労働者の生活の中で生まれた曲。フラメンコの曲種は多様にありますが、生活の中から生まれた庶民の音楽。人間の喜怒哀楽を歌ったものから、日々の生活、そして鉱山、港町、山岳地帯、農園などでの労働から生まれたものもあります。

16492602_1111079049018001_567243509_o.jpg舞台に静かに佇む板付からのスタート。早くもドラマティックな展開を匂わせます。この曲はレマテと呼ばれる「決め」が多いのも特徴ですが、その決めのタイミングでのギターとの絶妙な息の合い方がバッチリ。レマテのスタイルに、エバと夫のギタリスト、パコ・ハラーナとの掛け合いを彷彿させますが、決して真似ではなくメルセデスとフアンが作り出したオリジナル。そもそもフアンはパコにギターを習ったことはないそうです。
メルセデスは、高速のサパテアードになっても表現力がおろそかにならない安定感。"表面的なダンス"ではなく、内臓から突き動かされているような、動物的とも言えるような動きが印象的でした。
途中からマリアのカンテが加わるとさらに迫力が増し、周りを見るとお客さんたちは引き込まれるように見入っていました。曲の後半、テンポが変わりタンゴへと曲が変わると、カンテの二人が椅子から立ち上がって前に出てきて、メルセデスの両脇に立ちます。ダンサーが踊っていて髪飾りを飛ばすのはよく見ますが、ここでは歌手のマリアが熱唱のあまり髪飾りを落としていました。どれだけのエネルギーを放出していることか!メルセデスのバイレとの相性もバッチリでした。

一部の最後はメンバー紹介の後、ブレリア(曲種名。アップテンポでフィエスタ系)を一人ずつが短く踊っていきます。ダンサーだけでなく、歌手のペチュギータも一振りを披露。終了したのが20時40分。約一時間のショーでした。

16586485_1111079059018000_29507799_o.jpg一部が終わると「お時間のある方は、引き続きショーをお楽しみください」とのアナウンス。ショーチャージのシステムが変わり、一部、二部通しで見てもショーチャージは同一。つまり追加料金なしで二部も観られるのです。二部のスタートは、40分後の21時20分。お食事の続きを楽しんだり、おしゃべりをしたりしていると意外とあっという間。踊りのレベルはもちろん、スペイン美人特有のゴージャスで力強い美しさを兼ね備えたメルセデス。ふと、メルセデスの顔って誰かに似てような気が...女優さんの「由美かおる」!?もちろん東洋と西洋の違いでパーツの大きさは違いますが、そう思うと余計に親近感が湧いて来ました。10代、20代の読者の方には分からない話で失礼いたしました。

二部のショーは休憩なしで40分間。一部よりは短くなりますが、即興が本来の醍醐味のフラメンコらしく、内容は日によって変わるとのこと。この日は来日三日目で、スペインから送った衣装がまだ届いていなかったのですが、新しい衣装が来たら踊るレパートリーも変わってくるようです。「今日は二部に何を踊るのかな?」とリピートするのも楽しそうです。

この日の二部のスタートは、女性二人は花柄のドレスにエプロンを着けたトラディショナルなヒターノ(ジプシー)系の衣装で、ウゴを入れた3人で踊る短いファンダンゴ(曲種名。民謡的な曲)を。ここでもマリアの歌が光っていました。

DSCN2253.JPG次に、前の曲で一足先に舞台から捌けたロレーナが一部と同じくバタ・デ・コラで登場。アレグリアスという、アンダルシアの港町カディスで生まれた明るい曲調の曲を踊りました。全体的にやわらかですが、決めるところは決める模範的なバイレでした。(写真はこのアレグリアスを踊っている時ではありませんが、衣装は同じです。)

二部はテンポよく進み、フアンのギターに続いて、ウゴがティエントスという曲を踊りました。この曲は、最初は抑えめのスローペースで進み、最後はちょっとセクシーなタンゴで終わるというパターンです。タンゴと言ってもフラメンコのタンゴはアルゼンチンのタンゴとは違って、ノリのいい4拍子。ウゴは力まず日本のタブラオでの踊り初めを楽しんでいるような感じは受けましたが、正直なところ、一度観ただけでは、うまく説明するためのつかみどころがない状態。そこで、帰宅後、ネット動画で今までの踊りをチェックしてみて一安心。これからさらに男性らしいバイレを披露してくれることが十分期待できる踊り手のようです。そもそも長いキャリアを積んで来たアーティストをたった1度、一箇所で観ただけで、公にその人を定義するのも失礼なもの。ましてや、実際に観てもいないアーティストや作品に対しての批評は自分の審美眼を曇らせるだけのように思います。

21時50分、最後の演目、メルセデスのソロです。舞台の一角に椅子が置かれ、そこに四角いスポットライトが当てられています。椅子に座っているメルセデスは黒の衣装。ふわりとした袖にだけ、細かい水玉模様が入っています。髪には黒かと思ったら、よく見たら濃いモーブ色の花飾り。そんなに背の高くないメルセデスなので、頭頂部に着けてもバランスが崩れません。踊る曲はソレア。歌詞も「me duele, me hiere...」と苦しみや悲しみを歌っていて、曲に合った装いです。フラメンコの場合は衣装選びも重要。最近はモダンでシンプルな衣装も増えましたが、本来のフラメンコ舞踊は、生活から生まれた曲であるということを尊重して、その曲の生まれた背景に関連したスタイル、色が選ばれます。オケージョンによって柄、色、生地の種類を変える和装と少し共通する部分があります。

スペインの詩人でヒターノや女性の抑圧された心情を描いたロルカの戯曲に出てくる女のような雰囲気を漂わせたメルセデス。一曲のソレアを一つのドラマのように踊っていきます。注目したのは、ほんの一小節の間にどれだけの動きが散りばめられているか。腕や指、頭、体、脚、サパテアード、、、etc。全てが美しくコーディネートされてギターの奏でる音楽にピタリとはまっていくのです。時にはギターの音に弾かれるような動きもあり、ギターのフアンとの息の合ったコンビネーションにも注目です。この信頼感が一曲をより完成度の高いものにしていることは間違いないでしょう。カンテがマリアに変わると歌詞の中に「お父さんに会えたら...」というのが聴こえました。7年前に亡くなった名フラメンコ歌手の父、フェルナンド・テレモトは、常に彼女と一緒にいるようです。

DSCN2265.JPGこの日の終了時間は22時6分。新宿という場所柄、帰宅にも支障のない時間。終演後はアーティスト達も楽屋から戻ってきたり、知り合いと話をしたり、スペインのタブラオのような雰囲気です。違うのは男性客が少ないということ。これももったいない!スペインのタブラオも観光客用にさっさとお客さんを入れ替えるところはそうでもありませんが、地元の人が集まるタブラオはフラメンコ好きやアーティストの交流の場です。ここガルロチは日本なので日本人が地元民。ショーの合間の入れ替えもなくなったので、もっと気軽に人の集まる場所になるといいですね。フラメンコに限らず、ちゃんとしたクオリティのあるエンターテイメントを楽しむことは、脳を一度日常のストレスから解放してくれるはず。本場スペインで本当に活躍しているアーティストが日本に居ながら間近で観られるタブラオとして今後もクオリティーを保っていかれるよう、応援の気持ちを込めて、鑑賞をレポさせていただきました。

また日本に帰って来たら、このグループがどう変わっているか、別の日の二部がどんな展開になっているか、また出演アーティストについてももっとご紹介していけたらと思っています。お楽しみに!

写真(FOTOS):クレジットのないものはガルロチから提供いただきました。なお、ショーの最中の写真撮影は、最後のフィナーレの時間だけ許可されております。
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