引き続き、アンダルシアのへレス・デ・ラ・フロンテーラから、フェスティバルの様子をお伝えします。
今年で22回目の開催、個人的には18回目のフェスティバルとなります。以前はレッスン生としてクラスにも参加していましたが、この18年間にフェスティバルのシステムも少しずつ変わってきました。例えば、ファックスのみだったクラスエントリーの方法が、メールやインターネットで可能となったり、一コマだけ別の先生のクラスが受けられるというお試しシステムが無くなったり。今年の大きな変化といえば、自由席でいつも長い列を作って待たなくてはいけなかった二つの会場が指定席となり、入場がかなりスムーズになったことです。まだ、一つだけ自由席の会場があり、そこでは例年同様、様々な国のモラル観が交錯しながら、待ち行列が形成されています。1人が並んでいても開場する頃には8人くらいに増殖してたり、前方に並んでいる知り合いを見つけて話しかけてきてそのまま入場したり、中には知り合いでもないのに話しかけるふりをしてそのままズルリ。しかし、行列以上に驚いたのは、一番大きなビジャマルタ劇場で、21列目(一階席のほぼ一番後ろの方)の席のチケットを持っている人が、1列目の人に「自分の連れが隣で、私の席か21列目なんだけど、ここからだと舞台に近すぎて足がよく見えないから、21列目と変わらない?」と持ちかけていたこと。21列目の隣の人に1列目との交代をお願いした方が話は早いと思うのですが...こんな日本的にはありえないオファーもあったりと、人間の多様性を目の当たりにできる面白さもあります。
フェスティバル二日目は、ギタリスト、ダビ・カルモナ(David Carmona)のコンサートからスタート。
記者会見での姿に、20代の若手かと思いましたが、1985年グラナダのヒターノのファミリーの生まれ。6歳から本格的に弾き始め、11歳ですでにコンクールで頭角を現し、13歳の時には巨匠マノロ・サンルーカルから後継者として名指しされた実力派。1年前に発表した新アルバム「Un Sueno de Locura(ウン・スエニョ・デ・ロクーラ)」と同名のコンサートには、「彼のギターは超フラメンコだから是非へレスで弾いて欲しかった」と、ダビを熱烈に支持する地元へレスの有名カンタオール、ルイス・エル・サンボ(Luis El Zambo)もゲスト出演。「人生に起きる日々の色々な出来事を通して、そこに芽生える感情を曲にしてみた」というレパートリー。それぞれの曲には人生のストーリーが描かれていて、中には何年もかけて仕上がった曲もあるといいます。
コンサートが始まると、ダビ自身の言語=ギターで語りかけてくるようなタッチの演奏で、一曲目から自分の世界を持ったギタリストだと感じさせる滑り出しでした。曲を作るにあたっては、それぞれの曲種の特徴を失うことなく、表現していくことを心がけているというダビは、アンダルシア舞踊団の作品「メタフォラ」の"フラメンコ組曲"の作曲も担当しており、実は大ベテラン。パーカッションには、へレスの近くのサンルーカル出身のパキート・ゴンザレス、コーラスとパルマにはウエルバの双子のアーティスト、ロス・メジスが加わり、ソロでもグループでも自由に、お決まりの展開ではなく対話するように流れていくので、次は何を言ってくるかな?と楽しみに最後まで聞くことができた聞き応えのあるコンサートでした。
夜中0時からは、6人の地元へレスのトップギタリスト達が出演するという贅沢なコンサートがありました。
へレスのカンタオール、ビセンテ・ソト"ソルデーラ"(Vicente Soto "Sordera")のフラメンコ人生50周年を祝い、今回のフェスティバルのコンサートシリーズ「フロンテーラの女性達」の第一弾である「A LA MUJER, COPLAS DEL DESAGARAVIO」。"女性達への詫び状"とも訳せるこのタイトルのコンサートは、へレスの詩人ラファエル・ロレンテ(Rafael Lorente)が書いた詩を歌ったもの。文学的な詩をフラメンコにアダプトするにあたっては、カンタオールのダビ・ラゴス(David Lagos)も協力。ビセンテのインテリぶりを見込んで、この詩を歌うのにふさわしいのは彼しかいないとラファエルは確信していたと言います。(写真:ビセンテ&アルフレド・ラゴス)
出演者が地元へレスの人気者達ばかりとあり、開場前から長蛇の列。まずはビセンテ・ソトが机の前に座り、指で机を叩く音=ヌディージョだけでソロで歌いました。そして、続いてマヌエル・パリージャ(Manuel Parirlla)、アルフレド・ラゴス(Alfredo Lagos)、ノノ・ヘロ(Nono Jero)、マヌエル・バレンシア(Manuel Valencia)、ディエゴ・デル・モラオ(Diego del Morao)、フアン・ディエゴ(Juan Diego)らが次々と登場。まるで、ワインのティスティングならぬギターの聴き比べのようです。同じギタリストでも曲種によって弾き方も違い、カンテ(歌)との絡み方も絶妙に変えており、その演奏技術と表現方法の多彩さは見事。それぞれも個性も感じながら聴くことができました。(写真:ビセンテ&フアン・ディエゴ)
女性がテーマということで、カンタオーラ(女性歌手)も出演して花を添えました。当初予定されていたマカニータは体調不良により休演しましたが、メルチョーラ・オルテガ(Merchora Ortega)は義兄のアルフレド・ラゴスのギターでマラゲーニャ(曲種名)を、ビセンテの娘でソルデーラ・ファミリーの後継者として期待されているレラ・ソト・ソルデーラ(Lela Soto Sordera)が、同じく父親のギターを受け継ぐノノ・ヘロと共演。後半の曲、タンゴ・デ・マラガではコーラス、パルマ(手拍子)も加わり、アルフレドのキレのいいギターとビセンテのノリノリのカンテで盛り上がり、最後は、へレスらしく全員で、ブレリア・デ・へレス(へレスのブレリア)のフィナーレ。ディエゴ・デ・モラオが父譲りのへレスのスイング満載のギターで本領発揮しました。へレスのブレリアは、どんなに夜中でも人を高揚させる不思議な作用がある曲です。
二日目のビジャマルタ劇場での公演は、マヌエル・リニャン(Manuel Linan)の「Baile de autor」。出演者は3人だけ。マヌエルと二人のへレスのアーティスト、歌のダビ・カルピオ(David Carpio)、ギターのマヌエル・バレンシア(Manuel Valencia)です。ギターのマヌエル・バレンシアは若い頃からカンテのメッカであるここへレスのカンタオールたちの伴奏で腕を上げ、今やソリスタとして活躍していますが、舞踊作品に伴奏として出る機会はほとんどなかったそうです。ましてや今回のように、がっつり一対一で組むのは初めて。この数ヶ月、毎日学ぶことが多かったとのことです。他の二人も同様に、互いからたくさん学ぶことができたというように、一流の人が一流であるのは学びを止めないこと、完成形に収まってあぐらをかくことがないからなのだと、こういうコメントを聞くたびに感じます。
タイトルのAUTORは作者、つまり、マヌエル自身のこと。「じゃあ、Baile de Manuel Linanという解釈でいい?」と聞くと、「そうだよ!」と、極めてダイレクトでシンプルなタイトルの公演。舞台上は、衣装も小道具も全て白と黒のモノトーン。燕尾服を着て、マジシャンのようにマヌエルが振る棒の先からも白い粉が舞い、黒のバックに白のラインを描きます。マジックで催眠術にかかるようなシーンの後から、3人の世界が展開していきます。マヌエル・バレンシアのギターは"伴奏"というよりも、いつもの彼らしいソロ。そこに踊りが絶妙に絡んでいきます。どちらもサブ、ではなく、メインです。マヌエル・リニャンのバイレは、サパテアードはもちろん、体の使い方に躍動感があり、特にくるっと回った時の首や肩の使い方がなんとも小粋です。冒頭に書いたダビ・カルモナのギター同様、次は何をやるんだろうとワクワクさせてくれるバイレです。
舞台セットは、ほぼ出演者の3人が移動。ライトを並べたり、リニャンが踊る椅子を次々置いていったり。ダビ・カルピオのカンテもフラメンコそのもの。3人とも主役と言っていいほどの重みがありました。そして、またもや観客をお驚かせ、楽しませてくれたのが、バタ・デ・コラ(裾の長いドレス)を着てのバイレ。ドレスなので女性の衣装ですが、男性舞踊手が着ることもあり、マヌエルも数年前からバタでの踊りを舞台で披露しています。今回は真っ白なバタ。上は男性のジャケットなので両性具有というかコケティッシュな印象で、顔の表情も確信犯的な笑みすら見え、リニャンワールド全開となってきました。アバニコ(扇)を使ってのバイレが終わると、今度はマントン(刺繍の施された大きな布)を持って、捌きながらのバイレ。次に出てくると、「あれ?手ぶら」と思わせておきながら、舞台を端から端まで歩くと、袖からひょいとバストン(杖)が渡され、ハイスピードのカンテとギターに合わせてバストンを使って踊ります。
遠くからは見えにくかったようですが、カンテとギターの二人がマヌエルに水をかけた後は、水の中でのサパテアード。水と目覚まし時計の音で、夢の世界から現実に呼び戻されていくようです。モノトーンの世界で様々なシーンが展開された最後は、始まりと同じように3人が舞台中央に集まり、数字がランダムに読み上げられながら睡眠術から解かれるように終わりを迎えました。
たった3人の出演者で、これだけ内容が濃く、一時たりとも目の離せないテンポの良さ。そして3人の個性が存分に生きたクオリティの高い作品。その一部をビデオでも是非ご覧ください。
写真/FOTO : Copyright to JAVIER FERGO/ FESTIVAL DE JEREZ
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