スペインでは年間を通して、各地でフラメンコフェスティバルやコンクールが多数開催されています。コンクールに関して言えば、歴史ある大規模なものから、愛好家たちの作る団体(=ペーニャ)が主催するもの、フェスティバルに付随して開催されるものなど、規模もそれぞれの基準もかなりばらつきがあります。スターへの登竜門的なラ・ウニオンやコルドバのコンクールもあります。注目されるチャンスになるコンクールでの受賞。
とはいえ、フラメンコの本場、スペインではコンクールで賞を取ったことのある人は、老若男女、山ほどいるわけです。また、アーティストみんながみんなコンクールに出場するわけではありません。結局、息の長いスターでいられるのは、天性の才能や人徳、そして、金太郎飴のようにどこを切ってもフラメンコな人生を経験してきた人たちなのかもしれません。
「SOY FLAMENCO(=英語でいうとI am Flamenco)」というタイトルのソロアルバムを2013年に発表したギタリストのトマティート(Tomatito)。12歳からギターを弾き始め、今年で60歳。大ベテランが8枚目のアルバムのタイトルでも「自分はフラメンコ」というほど、彼の人生は常にフラメンコと共にあります。アルメリア県に生まれ、15歳の時マラガのタブラオで弾いている時にカマロン・デ・ラ・イスラ(Camaron de la Isla)と出会い、やがて、パコ・デ・ルシア(Paco de Lucia)の後を受けてカマロンの歌伴奏に従事。1992年にカマロンが42歳で急逝した後は、ソロ活動が中心となりました。自身でグループを編成してのコンサートの他に、ジャズピアニストのミシェル・カミロ(Michel Camilo)とのデュオで、第一回ラテングラミーのベストジャズアルバム賞を受賞したアルバム「スペイン」そして、それに続く「スペイン・アゲイン」「スペイン・フォーエヴァー」のツアーを行ったり、他のカンタオールのレコーディングに参加したりと、スケジュールはびっしり。最新作はカンタオールのホセ・メルセー(Jose Merce)とのアルバム。そのお披露目となるコンサートが11月にバルセロナで開催されます。(下記映像はミッシェル・カミロとのデュオ)
一人息子のホセ・デル・トマテ(Jose del Tomate)も20歳を過ぎ、今では、セカンドキタリストとして父のツアーに同行するまでになりました。私事ですが、初仕事がトマティートの日本ツアーで、その後もずっとフラメンコ音楽を愛し、フラメンコの為に何かしたいと思い続けていられるのは、この時のトマティートとそのグループの面々のおかげです。
フラメンコ・オン・ファイヤー4日目のコンサートは、トマティート。第一部は、地元のナバラ交響楽団との共演。そして第二部はグループも加わってのフラメンコのコンサート。昨年のオープニングは、フアン・マヌエル・カニサレス(Juan Manuel Canizares,今月は日本ツアー中)とナバラ交響楽団との「アル・アンダルス」のコンサートでした。音楽院でも学び、楽譜の読み書きのできるカニサレスは、オーケストラとの共演も多く、クラシックの編曲や演奏はお手のもの。見事に調和のとれた素晴らしい音色が印象に残っています。(過去記事はこちら)
今回のトマティートのオーケストラとの共演の曲目は、ホアキン・ロドリゴ作曲の「アランフェス協奏曲」。ミシェル・カミロとのアルバム「スペイン(2000)」の冒頭で、チック・コリアの曲「スペイン」のイントロとして弾いていました。その18年後、本格的にオーケストラとの共演となったわけです。
オーケストラとの共演は以前にもあり、カマロンとの時代の「SOY GITANO(1989)」、2010年にはスペイン国立管弦楽団との演奏で「Sonanta Suite」というアルバムも出していますし、日本でも新日本フィルと共演したことがあります。これらはフラメンコの曲をオーケストラと演奏するというものでしたが、今回はクラシックの曲を演奏するという、トマティートにとっては初めての逆方向の企画です。クラシックと言えば楽譜があるのは当たり前。しかし、トマティートは楽譜が読めません。実際、パンプローナに来て、オーケストラとのリハーサル帰りに遭遇しましたが、持っていたのはギターケースだけ。その中に楽譜が入っていたとは到底思えません。「すごく緊張してるよ!」と言いながらも、また新しい挑戦にワクワクしながら集中して取り組んでいる姿勢が感じられました。
そして、公演当日。ナバラ交響楽団の待つステージ上に登場したトマティートは、いつもと変わらない出で立ち。そして、パコ・デ・ルシアやカニサレスも弾いたあのメロディーでスタートです。
トマティートの初アランフェスは、今までで一番"フラメンコ"味の強い印象。フラメンコの曲を弾いている時のような躍動感も次第に生まれ、熱く語っているような、そして、指揮者とのアイコンタクトの時の表情も、フラメンコを弾いている時のトマティートのまま。演奏の中には、楽譜が読めないことで、逆に楽譜にとらわれない自由さがありました。クラシック的な観点からしたらそれはありえないことなのかも知れませんが、そこにこそ、トマティートがアランフェスを弾く意味と面白さがあるように思います。フラメンコ歌手の伴奏をしている時、歌手の動きを見逃さず息を合わせていくように、指揮者の動きを見逃さないようにしていたのも、流れを楽譜として頭に入れているのではないことが窺えます。フラメンコは楽譜のない音楽。台本を丸暗記するものではなく、耳から学んで完璧に覚え、そこから自分の声=ギターで自由に思いを込めて語れる音楽であるということでしょう。
二部は、トマティートの他にカンテにモレニート・デ・イジョラ、キキ・コルティーニャ、セカンドギターに息子のホセ・デル・トマテ、パーカションにピラーニャにパルマ1名という6人編成のグループ。
まずはトマティート一人が登場し、ソロから。そして、いつものレパートリーを水を得た魚のように活き活きと演奏していきました。途中、亡きパコ・デ・ルシアへのオマージュとして、ミシェル・カミロとのアルバム『スペイン』収録曲の「Two Much Love Theme」にパコの曲「二筋の川(Entre dos aguas)」を盛り込んだり、カマロンに捧げるとして「時の伝説(Leyenda del tiempo)」を演奏。アンコールでもアレンジを効かせたセレナードや人気曲の「Dulce Manantial」。パーカッションのピラーニャとの掛け合いもヒートアップし、大盛況のうちに終了。
このコンサートの後、深夜0時前から別会場でロサリオ・トレメンディータのコンサートがありましたが、そこにも姿を見せたトマティート。さらにはその後のフィエスタでも、歌う人のためにギターを弾き続けていました。目覚めてから眠るまでフラメンコという、骨の髄までフラメンコ人なトマティートを改めて見せつけられた1日でした。
写真/FOTO : Copyright to JAVIER FERGO/ FLAMENCO ON FIRE
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