今年で23回目となるヘレス・デ・ラ・フロンテーラのフラメンコフェスティバルがスタートしました。ヘレスは、シェリー酒の産地で、シェリー酒ウィークなるイベントを展開したり、「ワインの街」(シェリー酒はヘレスのワインとも呼ばれています)としてヨーロッパにアピールしたりと、フラメンコ、馬術と並ぶヘレスの代名詞。
日本では、ドライシェリー=ティオ・ぺぺでしたが、近年は、隣町のサンルーカル・デ・バラメダで作られる若いシェリー酒、マンサニージャも含め、様々なメーカーのシェリー酒が飲めるようになりました。しかし、ここへレスの地で飲むと不思議と美味しさが違います。もちろん、お値段も。そんなシェリー酒の街らしく、今年も公演の記者会見はシェリー酒の樽に囲まれた建物の中で行われています。
初日の記者会見会場での楽しみは、へレスのマエストラ、アンヘリータ・ゴメスに会えること。翌日からはクラスが始まってしまうので、この日だけは顔を出せるのだそうです。数あるフラメンコの曲種の中でもよく踊られるブレリアという曲種がありますが、へレスのブレリアには独特の「粋」があります。このアンヘリータのバイレにはその「粋」が溢れており、へレスをご紹介するにあたっては是非知っておいていただきたいアーティストです。
今年のフェスティバルのオープニング公演は、メイン会場のビジャマルタ劇場での地元へレスのバイラオール、ホアキン・グリロの公演でした。タイトルは「LA CALLE DE MIS SUENOS」。CALLEは英語のStreet、SUENOは夢という意味。「夢」を実現するコンサートだとグリロが記者会見で言っていた意味は公演を観て分かりました。
まず幕前に、夢の世界に誘う妖精(妖怪?小人?)が登場。スペイン語ではこれをDuende(ドゥエンデ)と言いますが、外国人がフラメンコの番組を作ると必ず取り上げたがるフラメンコの持つ不思議な力と言われている"ドゥエンデ"とかけているのかもしれません。
舞台上には両手を縛られて操り人形のようにされたグリロ。しかし「夢の中では別人」「飛べなければ走れ、走れなければ歩け、歩けなければ這え、とにかく前へ進め」と呪縛を解くかのようなドゥエンデの言葉。
やがて、夢の中で、夢を一つずつ叶えていきます。
最初の夢は...スーツケースを持ったグリロが現れ、中から黒地にスパンコールのジャケットを取り出してはおり、次に白いきらびやかな手袋を取り出した時点で、観客は気がつきます。マイケル・ジャクソン!フラメンコのアーティストの中にはマイケルファンは多く、マイケルに因んだ刺青までしている人もいます。マイケルのスリラーを彷彿させる動きを取り入れた踊りやジェスチャーで会場を沸かせました。
続いて、フレッド・アステアになったり、アントニオ・ガデスの「ドン・フアンの死」をそっくりそのままの衣装と振付で踊ったりと、夢街道まっしぐら。
まるで結婚式のような白い衣装でのカップルの踊りでは、よく見ると相手役はグリロ本人の奥様。事前資料には書いてなかったので、ちょっとしたサプライズ?ちゃんと夢の中にも"伴侶"も組み込んでいました。
やがて夢の世界から段々と現実に戻るように、場面はへレスを思わせる設定に。カンタオーラのマイ・フェルナンデスは、へレスの名カンタオーラ、パケーラ・デ・へレスを模したように登場。へレスに実際にある通りの名前が書かれた壁の前でホセ・カルピオが歌うフラメンコの中でも根幹にある曲、ソレアを踊り、フラメンコダンサーである本来のグリロに戻っていきます。そして、最後はへレスらしくブレリアを踊ってフィナーレ。
グリロの踊りは男性的でセクシー。サパテアード(靴で鳴らす音)の自由さと絶妙なリズム感。かつて、ギタリストのパコ・デ・ルシアのグループでも活躍していただけに音楽に対する感性が高いのでしょう。そして、"酔拳"的な上体の脱力と決めのかっこよさの緩急のある踊りは50歳を過ぎても健在です。真似をすることはできませんが、男性ダンサーには参考にしてほしいアーティストです。