日本では、フラメンコと言うと薔薇の花をくわえた女性が踊っているというイメージが定着しているようですが、以前にも書いたことがあるのですが、本場のフラメンコで「薔薇」はほぼ見かけないのです。

IMG_5745.jpgスペインのヒターノ(=ジプシー)は15世紀以降、定住を強いられることになり、その多くはスペイン南部のアンダルシアに留まりました。そこで農園の収穫に合わせての季節労働などに就く者も多く、ここへレス・デ・ラ・フロンテーラにも多くのヒターノが住むようになり、もともと住んでいた非ヒターノの住人たちとも比較的うまく溶け合っている街です。その街の市場の前の花屋さん。見ると赤い花は目立ってありますが、薔薇ではなくカーネーション。聞くところによると、ヒターノが昔よく売っていたものの一つが、カーネーションだったそうです。私がフラメンコの公演で見たことがある赤い花はカーネーションでした。いつから、日本では薔薇になったのでしょう?

さて、引き続きヘレスのフェスティバルの中から、印象に残った公演をピックアップしてお届けしていきます。

レラ・ソトに続いて、ヘレスのカンテの未来を担うカンタオーラ、フェリパ・デル・モレノ(Felipa del Moreno)のコンサートが行われました。場所もレラと同じく、シェリー酒ティオ・ぺぺで有名なゴンザレスビアス社のボデガです。

JAVIERFERGO_FELIPA_02.jpg1980年生まれの38歳。ソルデーラ・ファミリーと同じく、ヘレスのサンティアゴ地区出身です。サンティアゴはフラメンコのカンタオール(歌手)の宝庫。テレモト・ファミリーもこちらで、フェリパはテレモト・デ・ヘレス(Terremoto de Jerez)の姪にあたります。が、サンティアゴ地区の良きライバルであるサン・ミゲル地区のカンタオール、エル・トルタ(El Torta)やマヌエル・モネオ(Manuel Moneo)(二人は兄弟)の姪にもあたるのです。カタカナの名前ばかりでややこしいかと思いますが、要は歌舞伎でいう名門の家系同士の婚姻が重なり、名役者のおじや親戚がたくさんいるという状況で、当然、血筋からくる芸の継承も期待されているということです。

コンサートの前日、偶然リハーサルをしているところを見せてもらう機会がありました。小さな部屋でお互いの膝が当たりそうなくらい近くで、仲が良いなという印象でしたが、それもそのはず。メンバーみんな、サンティアゴ地区で子供の頃から一緒に育っている仲間。しかも、ギターのマヌエル・バレンシア(Manuel Valencia)とはいとこ同士です。パルマ(手拍子)はフアン・ディエゴ・バレンシア(Juan Diego Valencia)マヌエル・カンタロテ(Manuel Cantarote)。今や、ヘレスのソニケテ(リズムを刻む拍子)には欠かせない二人です。パーカッションは、このコンサートの音楽ディレクターでもあるルイス・デ・ペリキン(Luis de Pelikin)です。

JAVIERFERGO_FELIPA_05.jpg一曲目は舞台上の机を指でコツコツ鳴らすヌディージョでフェリパがブレリア・デ・ヘレスを歌い、タイトルの「Jerezaneando(ヘレサネアンド:Jerez+arで動詞化+現在進行形活用の造語です。)」そのものに、へレスしていました。続いて、ギターのマヌエル・バレンシア登場。ヘレスのカンテの重鎮達の伴奏を若い頃から長年勤めて来たマヌエルはヘレス独特のリズムが体に染み込んでいるギタリストです。ファルセタのキレも良く、気持ち良くカンテ(歌)への送り出しが決まります。
JAVIERFERGO_FELIPA_06.jpgヘレスで生まれたカンテの数々、フラメンコの代表的な曲種を記者会見で話していたように、聴く人の心に届けたいという想いで歌い繋ぎます。前半の最後は、マヌエル・バレンシアのギターソロ。カンテへの伴奏の時とは趣を変えて、モダンなタッチで。
後半は、ピアノにレイナ・ヒターナを迎え、2曲。スペイン歌謡的な歌が続きます。そして、曲がまたフラメンコのソレアになると、ゲストダンサーのアンドレス・ペーニャが登場。最後はこのコンサートのタイトルを曲にした「Jerezaneando(ヘレサネアンド)」で。

JAVIERFERGO_SOMBRA_03.jpgこのコンサートの前には、ビジャマルタ劇場でバイラオール、エドゥアルド・ゲレーロ(Eduardo Guerrero)の「Sombra Emifera」が。昨年秋のセビージャで初演し、その時は泡に囲まれた舞台で公演したようです。今回は海辺に捨てられた古着が舞台セットのテーマに。舞台上には本物の砂で作られた小さな山。その上に白っぽい布のようなものが何枚かかけてありましたが、実はその中にはエドゥアルドはじめ、出演者が約30分前から仕込まれていたそうです。

JAVIERFERGO_SOMBRA_05.jpgバックの洋服がたくさん貼り付いている幕は、実際の本物の古着を買い取って貼り付けたもの。靴を履かずに首からぶら下げてのタンゴ。出演者全員が、いわゆるフラメンコ衣装ではなくカジュアルな装いで、舞台上を動きながら歌ったり、ギターを弾いたりと、ちょっとしたミュージカル的な風景もあり。彼の作品の常連カンタオーラのサマラ・モンタニェス(Samara Montanez)の歌、そしてもちろん、エドゥアルドのバイレテクニックも光る公演。造形芸術とフラメンコの融合の中でのエドゥアルドの新しい試みでした。

今回、特に楽しみにしていた公演の一つの「Flamenco Kitchen」は、休日であるアンダルシアの日お昼に公演されました。会場は前述のゴンザレスビアス社の敷地内の建物。舞台を3方から囲むように客席が配されており、私は右サイド席からの鑑賞でしたが、それでも十分楽しめました。

JAVIERFERGO_KITCHEN_05.jpgアンダルシアのとある街のとあるレストランの厨房が舞台。5人の女性たちの日常の悲喜こもごもがコメディタッチで描かれます。
中心となるのは、カンタオーラのインマ・ラ・カルボネーラ(Inma La Carbonera)、バイラオーラのアナ・サラサール(Ana Salazar)。インマはセビージャ出身のカンタオーラで、その経歴を見ると、タブラオや通常の伴唱だけでなく、カルメンなどストーリーのある舞台での経験も多いようです。今回の舞台でも物語の進行役的な演技もバッチリ。アナ・サラサールは、歌も踊りも魅力的なバイラオーラ。同じカディス生まれのロベルト・ハエンが紅一点ならぬ白(または黒?)一点で舞台上に登場しましたが、二人の掛け合いも笑いを誘いました。

厨房の同僚には、イニエスタ・コルテス(Iniesta Cortes)、マリ・アンヘレス・ガバルドン( Ma Angeles Gabaldon)、マリア・ホセ・レオン(Maria Jose Leon)とテイストの異なるバイラオーラ達は集まり、それぞれの個性を楽しませてくれました。

出勤後、床掃除から始まり、ラジオをつけてニュースや宝くじの当選番号を確かめたりと1日が始まります。テーブルクロスをマントン代わりにして踊り、今日の料理の段取りをラップ調に歌いながら確認。

JAVIERFERGO_KITCHEN_03.jpgそこに嫌な上司役(?)のロベルト・ハエン(Roberto Jaen)が現れ、各女性の秘密を暴いていきます。パーカッションも歌も踊りもできるロベルトはこういう作品にぴったりの役者。「こいつは実は借金まみれ」だの「こいつは口臭がきつい」だの、ネチネチと女性たちに嫌味を言っていきます。しかし、スペインの女性陣はそんなことには屈しません。そこからの大反撃。ロベルトをからかい、各自の調理台カートの上のまな板やナイフ、調理器具を楽器代わりにリズムを取り、賑やかに進行していきます。スペイン料理の名前もたくさん出てきて、いろんな料理が作られていきます。ソレアポルブレリアを4人で入れ替わり踊ったり、イニエスタはいい男はヘレスにはいないの?と挑発的にタンゴを踊ったり、そうする隙にロベルトがアナを口説こうと迫ったり...日常のあるあるが展開していきます。

JAVIERFERGO_KITCHEN_04.jpgすると、バイラオーラ4人の名前がアナウンスで呼ばれ、舞台から去り、カンテのインマが不吉な曲、ペテネーラを歌います。やがて4人が帰ってくるのですが、それぞれの手には解雇通知書が。それぞれにその悲しみや不遇を表現。飲まずにはいられないかのようにボトルを手に酔っ払う(演技の)インマ。最後は一致団結、励まし合ってこれからの幸せを願ってエプロンを宙に投げてエンド。実力派アーティスト達だからこその、フラメンコのエッセンスを失わない楽しい創作作品。終演後に、アナが鍋を持って楽屋に現れました。なんとその中には本物のプチェーロ(スペインの家庭料理)が。舞台の裏でプチェーロを火にかけて、会場に食べ物の匂いをさせていたのでした。監督は、「アレルヤ・エロティカ」のフアナ・カサード。女性の気持ちをストレートに伝えるわかりやすい演出とアーティストの使い方のうまいフアナ。自身も以前はアントニオ・ガデス舞踊団の一員だっただけあって、アイデアも見せ方もなかなかです。

JAVIERFERGO_LEAL_01.jpgアンダルシアの日は盛りだくさん。続いて、レオノール・レアル(Leonor Leal)「Noctruno」。ウルスラ・ロペス、タマラ・ロペスとの共演作品「J.R.T」でグンとバイレが成長したレオノール。その後、小回りのきく小構成の作品を自分で作りたいと考えて、この「Nocturno」でそれが形となったようです。昨年秋のセビージャでの正式な初演を前に、試験的に何箇所かで公演し始め、セビージャの後はすでにヨーロッパで何公演もしており、ここへレスにはかなりの完成形でのお披露目となりました。

JAVIERFERGO_LEAL_03.jpgタイトル「Nocturno (ノクトゥルノ)の意味は「夜」。音楽の世界だとノクターン、つまり夜想曲。夜に沸き起こる様々な感情、眠りたいのに頭に巡ること、夜にまつわるシーンを表現したようです。

舞台上には3人だけ。ギタリストに「J.R.T」でも共演した、ヘレスのアルフレド・ラゴス(Alfredo Lagos)。パーカッションは、アントニオ・モレノ(Antonio Moreno)。バイラオール、イスラエル・ガルバン(Israel Galvan)の公演で"プロジェクト・ロルカ(Proyecto Lorca)"として出演し、イスラエルの要求する様々な音を絶妙なタイミングで作り出していたうちの一人です。

そしてこの公演の最大の特徴は、カンテ(歌)がないこと。フラメンコの公演としては非常に珍しいことです。レオノール自身も制作の段階で、本当にカンテを入れなくていいのかと考え直すこともあったそうですが、作り込んでいくうちに、カンテの部分を別の形で表現できると思えるようになり、この挑戦を決めたようです。

JAVIERFERGO_LEAL_05.jpg開演3分前から、レオノールは舞台上の椅子の上に座っています。夜は更けていくのに、何か不安を抱えている様子、何かが思い出せないという感じが伝わってきます。激しい踊りは不安をかき消すかのようにも見えます。
せっかくまどろんできたところに、パーカッションがシンバルで邪魔をしに来て、まるで意見の合わないカップルの喧嘩のようなシーンが繰り広げられます。
この二人のやりとりでは、アントニオ・モレノのちょっととぼけた演技がユーモラスでした。バイレは、ガロティンやファルーカ、ソレアポルブレリアなどもあり、ギターソロを楽しめる場面も。カンテはありませんでしたが、3人がコミュニケーションを取る場面では、何語でもない言葉で話したり、ちょっと歌を歌ったり。言葉の違う様々な国で公演するには、こういうコミュニケーションの取り方だと観客が置き去りにならなくて済みます。様々な感情を表現したレオノールのバイレの様子もビデオで是非、ご覧ください。

JAVIERFERGO_NATUR_01.jpgアンダルシアの日の最後は、アンダルシア舞踊団「Naturalmente Flamenco」。当初のプログラムから変更されたのは、2016年から芸術監督となっていたラファエル・エステべが昨年12月に突然の降板したことが原因。経済的なトラブルがあったようですが、すでにアンダルシア舞踊団のスケジュールは入っていました。急遽、その後を引き受ける人が必要となり、1996年からこの舞踊団に在籍し、8年以上ソリスタとして活躍していたバイラオーラのウルスラ・ロペス(Ursula Lopez)が監督に就任しました。

JAVIERFERGO_NATUR_04.jpg舞踊団メンバーも、ミュージシャンは全員残りましたが、ダンサーの多くが退団。今回のメンバー9人のうち、前体制からの継続者は3人だけ。短期間での立て直しが必要となりました。助っ人として、かつてこの舞踊団の監督経験者のルベン・オルモ(Ruben Olmo)も協力しての公演。フラメンコの代表的な曲をしっかりと踊る7曲のうち、5曲はウルスラが振付を担当し、自らもシギリージャの群舞やバタ・デ・コラ(裾が尻尾のように長いドレス)でソロを踊りました。

8分押しで幕が開くと、全員が板付。新生舞踊団のお披露目のようでした。ロマンセからブレリアに入ると、最初に前に出てきて踊り出したのはカンタオールのホセ・ルイス・ペレスベラ(Jose Luis Pelez-Vera)。3人のカンタオールの中では断トツに若い1994年生まれですが、果敢なカンテで舞踊団を引っ張っていました。続いてソロでファルーカを踊った前舞踊団から継続のボルハ・コルテス(Borja Cortes)も同い年。

JAVIERFERGO_NATUR_08.jpgアンダルシアの観衆の期待と応援を込めた温かい拍手で、公演は無事終わりました。印象的だったのは、ウルスラ・ロペスのソロ。(ドレスの裾が黒いレースなので、ビデオではその動きがよく見えないのが残念。)2005年、ホセ・アントニオ監督時代のスペイン国立バレエでの長ながいバタ・デ・コラで踊った姿を思い出させます。結成して2ヶ月でこのレベルまで持っていけるとは、やはり本場スペインはダンサーの層が厚いのです。 4、5歳から踊り始め、20代にして既にキャリア10年以上というのは珍しくない中で、チャンスを掴むには厳しい練習と様々な状況に対応できる人間力も必要となるでしょう。これからのフラメンコ界を担う若いパワーに期待です。

写真/FOTO : Copyright to JAVIER FERGO/ FESTIVAL DE JEREZ
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