「Ay曽根崎心中」の東京公演を直前に控えたある日、
この作品の演出・振付・主演を務める佐藤浩希と、
求心的にフラメンコを追求しながらも自身のバイレを確立し、テアトロでのフラメンコにも挑み続ける大沼由紀
シティオ編集部に隣接するスタジオに来ていただいた。
二人が表現するフラメンコのテイスト、ベクトルは、一見全く異なるが、
フラメンコの深い根っこのところで共感しあう、実は盟友でもある。
佐藤が鍵田真由美とともに主宰するアルテ・イ・ソレラ・フラメンコ舞踊団公演にゲストダンサーとしても度々出演している大沼は、演出家、佐藤浩希を間近で知る人でもある。
そんな二人に、「フラメンコ曽根崎心中」から「Ay曽根崎心中」と改題して、通算4度目の東京公演を迎える、この威力作について、
忌憚なく語り合っていただこうと思う。
様々な実験的な試みの上に、一大エンターテイメント作品として
フラメンコ界の奇跡とも言えるロングランを続けるこの作品の意義は大きい。
果たして、フラメンコの保守本流、いわば王道を歩み続ける
大沼由紀の眼には、耳には、この作品はどのように写っているのだろうか?
そして、今や、松竹歌舞伎、宝塚、山田洋次監督の舞台など、ジャンルを超えてフラメンコの振付家として活躍する佐藤浩希の視線は、どこを見つめているのか?
対談の進行・構成は、当サイトの主幹であり、数年前までこの作品の制作・広報スタッフとして参加していた西脇美絵子が担当した。
⬛再演を重ねて成長し続ける「曽根崎心中」
――フラメンコファンの立場から見ると、佐藤さんと由紀さんの存在の有り方、二人のフラメンコに対するスタンスは、両極端に感じる人が多いように思います。
大沼 いや、ヒロ君と私は惹かれるフラメンコが同じで、フラメンコの話をし出すと止まらいほど盛り上がっちゃう相手ですよ。
――客席から二人を見ているだけでは、大沼さんに対して持っているイメージと、ヒロ君に対して持っているイメージはかなり異なると思います。言ってみれば、フラメンコの保守本流、最右翼みたいな位置にいるのが由紀さんで、佐藤さんは、革新派というか...、
佐藤 わかる、わかる。そういうイメージを持たれているの(笑)。僕と由紀さんの接点って、見えづらいのかもね。
大沼 フラメンコの話が合うのは、もうずっと前、出会った頃からですね。そういうのは匂いですぐわかります。アルテ・イ・ソレラの公演に最初に呼んでもらったのは、「infinito~無限」の作品でしたね。あのときは、私がアルテ・イ・ソレラの公演に出るということが、とてもセンセーショナルに受け取られたようで、結構な反響がありましたね。「なんで出るの」とか「意外!」とかずいぶん言われました。
佐藤 由紀さん何やらされちゃうの?って、みんな思ったんだろうな(笑)。
――「無限」では、何を求めて由紀さんにオファーしたのですか? フラメンコの象徴的な存在感とか?
佐藤 いや、全然。フラメンコのフの字も求めてなかった。
大沼 はい、求められませんでした。だってフラメンコ全然踊ってないし(笑。。)
佐藤 由紀さんはよくヘレス派とか言われるけど、それはちょっと違うと僕は思っいてました。ヘレスは故郷っていうか魂がある場所、それは僕も由紀さんもずっと変わらない。でも、そこから旅立っているんです、ふたりとも。飛び立った先はそれぞれだけどね。僕はね故郷とは180度違う所へ行った。由紀さんは徹底的にフラメンコの核にそこから向かって行った。でも、決して"ヘレス"ではないんだよね、もう。ヘレスは大事なところだけど、そこにはもう居ない。そこにいつも基軸はあってそこで学んでいるけど、やっぱりそれぞれ自分の道を歩んでいる。先日の由紀さんの舞台を観ても分かると思うけど、決してヘレスじゃないの。ヘレスの歌い手たちとやっているけど、由紀さんの舞踊自体は由紀さんの舞踊になっているんです。
――おっしゃること、よくわかります。
佐藤 僕はフラメンコで作品を創る時、エッセンスとして、ヘレス的なものというのは大事にしています。でも、大事にしながら、壊したり、それ自体を使わなかったりしていく人生が始まっちゃったんだよね、何故か(笑)。
⬛作品に内在するフラメンコ性ー佐藤浩希の振付ー
――今日の対談のために、由紀さんには、最近の「フラメンコ曽根崎心中DVD映像を見ていただいたんですよね? 確かフェスティバル・デ・ヘレスで2004年に上演されたときにも現地でご覧になっていらしたと。
大沼 はい。時を経て改めてDVDで「曽根崎」を観せてもらって、驚愕したんです。
佐藤 え~? 驚愕?!
大沼 あぁ、あの作品はこういうふうに育ったのかぁってね。この作品はフラメンコ踊るだけじゃなくて、演技の要素がいっぱいあるじゃないですか? ヘレスで観た時は、申し訳ないけど私の中では、違和感があったんです。あの作品は、役者的な演技力や、フラメンコ舞踊とは違う振付がたくさん出てきますが、そういう所は、申しわけないけど率直に言って、ちょっと拙いという印象だった。フラメンコという手法を使いながらこんな作品を作ったぞ!という、新しい事にチャレンジした勢いとか、やっているみんなの誇りとか、それを異国の人が受け止めてる感じとかは十分伝わったけど。日本の伝統芸能の音楽を担当している人たちのクオリティに比べると、着物的な衣装を着て靴を履いて踊っていることの違和感とかも実はあった。でもDVDを見た時に、まずそういう不自然さを感じなくて、作品としての演出構成もはるかに、クオリティが高くなっていて、それにまず、驚きました。私がヘレスで観てから、何年くらい経っているんだろう?
佐藤 15年くらい経っているよね。
大沼 再演に再演を重ねて、人の目にさらされ、その度に色々改良していくことが、どれだけ作品や出演者を成長させるのか、それを目の当たりしましたね。衣装も格段に的をついたものになっていて、靴を履くことが違和感にならなっていました。私が観ていない間に、この人達はこんな風に成長していたのかと、ちょっとぞっとしたな。私がスタジオでアグヘータを聴き続けていたように、この人達は、こんなことをやっていたのかって。
あと、鍵田真由美という人の凄まじさが格段に増していましたね。「曽根崎」って鍵田さんもヒロ君も当たり役ですよね。二人の特徴というか、個性が役柄に合ってるんでしょうね。ヒロ君が演じている徳兵衛って、お人よしじゃない? 大事なお金を九平次なんかに貸しちゃって。アンタバカじゃくるのよ。ヒロ君と鍵田さんの「曽根崎」という観点でいうと、鍵田さんのお初が死に誘い込んだという風に思えました。だってお初は縛られた身の遊女でしょう? 生きていたって一緒になれるかもわからない。だから、彼女は元々死を望んでいて、そこに全体を引きずり込んでいくような感じに私には見えました。その凄まじさ、ねっとりとした色気というか魔性、そうしたものが積み重なって、ゾゾッとして、単純にすごい!と思った。
ところで、ヒロくんに聞きたいんだけど、あの奇抜なというか、フラメンコ舞踊の動きとは一風変わった振付は、どんなところから出てくるのですか?
佐藤 奇抜な振付をしようと考えたことは、ないんだけどね。それぞれの役、その時の心情に寄り添いながら振りを紡いでいった感じ。
大沼 じゃぁ、矢野くんがやっているあの九平次の独特の佇まい、振付はどんなところから?
佐藤 あれも、九平次になりきって振り付けていったんだよ。その振付を育て、膨らましていったのは、矢野吉峰の力だよね。
大沼 矢野くんの九平次もはまり役よねぇ。
――でも、「曽根崎」以外の矢野くんのイメージとはだいぶ違いますよね? フラメンコ的かっこ良さとは、とは掛け離れていますしね。
佐藤 だから、矢野も最初はこんなの踊りたくないって、言ってたんですよ。
大沼 やっぱりそんなこともあったんですね。
佐藤 初演の幕が開く直前まで、ヤダって言ってました。
大沼、群舞の振付も独特な動きとか振付がたくさん出てくるけど、オープニングとエンディングの巡礼を彷彿とさせるシーンはどんなところから?
佐藤 あれは、大阪のお初天神にお参りに行った帰りの新幹線の中で楽曲を聞いていたときに、突然思い浮かんだものなんです。僕は、元来頭で考えて振り付けができない質(たち)なんです。登場人物の心情になりきったり、楽曲を聞きまくって、インスピレーションが降りてくるのを待つだけです。インスピレーションが降りてきて振り付けをするという芸術的体験を、僕はこの作品で学びました。
大沼 なるほどね。フラメンコという手法を使って何かの感情を表現しようとしたら、
焦燥感とか危機感を表現するのがフラメンコって得意ですよね。サパテアードで追い込んでいくような感じとか、たっぷり待って作る間合いとか、そういうことが一つの特徴になって、闘牛における生と死の間のような、ぎりぎりの美学がある。私は本来的に和物とフラメンコの合体というのはよく分からないんだけど、でもあの作品を観た時に、そういうフラメンコの特徴がうまく生かされていると思いました。例えば、これがコンテポラリーとかバレエだったら出来ないよなっていうところで、ひとつ私の中では腑に落ちるような所がありましたね。
ヒロ君の作品というのは、足を打つという事をとっても重要視しているじゃない? 足を打って高揚してくとか、切羽詰まった感じを出していくのは。意図的にやってるの?
佐藤 そう......ね。あえて意図的にやっているわけじゃないけど、それしか僕には技法がないから(笑)。
大沼 い、いや、いや、いや。
佐藤 鍵田真由美って人は特別で、あの人は身体で、フラメンコ以外の違うものも表現できるけど、舞踊団員も僕も、技法としてフラメンコの言語しか持っていない人間なんですよ。それを駆使し尽くすしかないっていう...。
だから、よく怪我するんだけど、鍵田真由美みたいにやろうとすると、総崩れになる(笑)。この間も阿木さんに、「フラメンコじゃない動きをやってちゃんと出来るのは真美ちゃんだけなの。ヒロ君はそういうことやっちゃダメ!」って言われて。(一同笑)
すみませ~ん!! って。
大沼 そりゃそうだ(笑)。あとはやっぱり、ヒロ君の中で、アントニオ・ガデスの影響があると思った。 彼は劇場作品を創って、後世に残る名作をいくつか創ったけど、そういうことがヒロ君の目標になっていたりもするのかな?
佐藤 ガデスの作品に衝撃を受けて僕はこの世界に飛び込んだからね、その影響は、今でも凄くありますね。
大沼 やっぱりそうだよね。それはDVDを見ながらヒシヒシと感じた。っというのは、そういう作品っていうか、再演に再演を重ねてたくさんの人にもらっている作品って、実はないんですよ、日本のフラメンコ界には。
――そうですよね。そういう意味でも、「曽根崎」は奇跡的な作品と言っていいかもしれない。
大沼 だから、ヒロ君がそれをやったってことは、やり続けているってことは、やっぱりすごいことだなぁ。DVD観ながら;色んなことを考えちゃいました。
⬛阿木燿子ー宇崎竜童という存在
大沼 この対談があったので、「曽根崎心中」のこと、ちょっと調べたんだけど、宇崎さんて、随分前に映画でも「曽根崎心中」をやってるんですね。
佐藤 そうなんです。その後、ロックと人形浄瑠璃を融合させた「ロック曽根崎心中」というのをやっていて、そこでの楽曲が元になって「フラメンコ曽根崎心中」ができたんです。
大沼 そうなんですか。じゃぁ、阿木さん、宇崎さんいとっても「曽根崎」は、ものすごく思い入れがある作品なわけね。具体的にはお二人はどんなふうに関わっているの?
佐藤 そりゃもう阿木さん、宇崎さんの関わり方は半端じゃ無いよ。
大沼 あぁ、そう。作品に対する意見とか、色々指摘されるの?
佐藤 色々どころじゃない。重箱の角をつつくとは正にこのこと! ものすごく細かく、めっちゃはっきり言う。例えば、後ろに二人、肩を抱いて下がるだけの振りの時に、「そこヒロ君、もっと胸を張った方がいいんじゃない?」とか、具体的にいってくれます。
大沼 踊りのことについても?
佐藤 そう、もちろん。演技指導的な観点からの指摘が多いかな。
大沼 そうだったんだ! それってありがたいことですね。本当にお二人にとっても思い入れのある作品なんですね。
佐藤 まさにそう! お二人にとっての大事な作品。僕たちもそうだけど、「曽根崎はライフワーク」っていつも言ってるよね。
大沼 なるほどね。「フラメンコ曽根崎心中」のもとになった「ロック曽根崎心中」はどんな作品なの?
佐藤 ダウン・タウン・ブギウギ・バンドの「ロック曽根崎心中」っていう音源があって、それでほんとの人形浄瑠璃をやるってのがまず最初にあったんだ。
大沼 へえ~~っ!
佐藤 その音源を更になにかに活かそう、っていうことで、フラメンコとやったらどうかっていう案が出てきたんです。
――当時、阿木さんはレッスンに連いつめるくらいフラメンコにはまってましたからね。
大沼 じゃ、その時の音楽が今も生きてるの?
佐藤 そう。作品の中で宇崎さんが歌っているところがあったでしょう? あれはそのまま昔のレコードからとっているんです。
大沼 なるほどね~。フラメンコしか、しかもプーロしか興味ないという人たちは、フラメンコじゃないから観たくないとか、興味がないとか、そういう人も逆に結構いると思うんだけど、でも私達日本人がフラメンコに魅せられて、ものすごく皆が一生懸命追いかけて、真摯な気持ちでやっているこの日本のフラメンコシーンの中で、こういう作品が生まれて、しかもそれがロングランでものすごいクオリティで上演されていることに、もっと興味を持ってもらいたいなぁと、ほんとに思いました。
佐藤 今まで、こういう話したことなかったしね。
お互い曽根崎の話はなんとなく避けてた!
佐藤 さすがに由紀さんに聞くのは、僕もちょっと怖いとこあったよなぁ(笑)。
聞くの初めてだもんね、「曽根崎」の話(笑)。
――では、最後にお二人から、今回の東京公演の見どころをお願いします。由紀さんは、見に行かれますか?
大沼 行きますよ、もちろん!
―― ヘレス公演を見て、DVDを見て、今度は何を楽しみに行かれますか?
大沼 それはやっぱり、DVDを見ていろいろ感じたことを実際の舞台で確認しなくちゃですよね。今回また変わっている部分もいっぱいあるようだし。
佐藤 今回初めて主演のお初と徳兵衛を、鍵田と僕だけでなくダ、ブルキャストで舞踊団の工藤朋子と、末木三四郎が踊るんです。それをぜひ見に来てほしいですね。
大沼 それ、面白いよね! 鍵田さんとヒロ君が演じるのとはきっと違うお初と徳兵衛の世界ができると思う。いやぁ、こういう作品を持っているって、この作品はアルテ・イ・ソレラにとっての財産ですね。
佐藤 それはもう、ありがたいと思ってる。そう思えなかった時期も実はあったけど、今は素直に感謝しています。
――そう思えなかった時期?
佐藤 この作品があまりに大き過ぎて、それにがんじがらめにされそうで、息苦しかった時期があったんですね。
大沼 とにかく、やり続けて欲しいな、ずっと。ヒロ君と鍵田さんが、じいさんばあさんになるとどうなるか(笑)。じいさんばあさんの曽根崎心中(一同笑)を私は観たい!
――今日はお忙しいところ、ありがとうございました。
いよいよ、12日には、9日間に渡り全10回公演の幕が上がる。
実は、このあともふたりの話は、延々と続いた。
終わったばかりの大沼さんの公演について、日頃感じている日本人とスペイン人アルティスタの関係のあり方について、舞台芸術としてのフラメンコの可能性についてなどなど。
あと1回分の対談記事が構成できるに十分な内容だ。ふたりだからこそのホンネトークの貴重な話の数々である。年が明けてからになると思うが、番外編でもう一度記事をアップする予定だ。
⬛詳細情報とチケット予約はこちら→http://sonezaki.jp/program/
⬛公演公式サイト http://sonezaki.jp/
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