12月25日、最後の野性"の異名を持つ偉大なカンタオール、
マヌエル・アグヘータが亡くなった。
享年76歳、ただし正確な生年月日は不明。
まだカンタオールの来日公演などほとんど行われなかった時代から、
たびたび来日を果たしていた。
度肝を抜かれるカンテ・ヒターノの叫びと凄みを伝えるとともに、
最後の野性"たる多くのの逸話を残してくれたマヌエルは、
日本のアフシィシオナードたちが
もっとも愛した唄い手といっても過言ではないだろう。
彼を失った悲しみはスペインからはるか離れた東方の国この日本で、
年をまたいで今なお渦巻いている。
そんな中、アグヘータ一族と義兄弟の契りを結び、
マヌエルとも長く深い親交をもち、
カンテ・ヒターノの魅力とその生き様を伝え続けてきたフラメンコ狂画家、
堀越千秋氏に、今の思いを寄稿していただいた。
(編集部・左上舞台写真:高瀬友孝)
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参ったぜ、マヌエー。
おめえが死ぬとは思わなかった。
ミゲルもそうだろう。
しかし昨夏、ミゲルがおれを呼んだ。
「チアキ、マヌエルが病気だ。今のうちに来た方がいいぞ」

で、おらァすぐに翌日マドリードから行った。
昼すぎへレス駅に着くとミゲルの使いのヒターノが2人待っていた。その車でミゲルの家へ行き、そこからミゲルの超ボロ車でマヌエルの家、荒野の一軒家に行ったんだ。
何故そんなややこしいことをするかというと、ミゲルの車じゃヘレスへ行けないし、マヌエルは他人を一切家に入れないからだ。

「おめえが遅いから食っちまった!早く食え」
と、相不変のマヌエルだったが、やせて干からびた軍鶏みてえだった。
カナコ夫人の作ったプチェーロと、でかいスイカを庭の木蔭で食った。

IMG_2401.jpgマヌエルは、
「おれは病気だ!死ぬかもしれねえ。もしかすると5年ぐらい生きるかもしれねえが、おれは死ぬ」と言った。
ミゲルが無責任に叫んだ。
「おめえは死なねえ!」
「人は皆死ぬんだ」とおれは言った。
「そうだ。人は皆死ぬ」とマヌエルが言った。
またミゲルが無責任に叫んだ。
「おめえは死なねえ!」
「人は皆死ぬ」とおれはTシャツをめくって言った。
「見ろ!こいつを見せてやる。先頃ガンと言われて切った。それきり薬も飲まねえ。おれは元気さ!」

マヌエルとミゲルとマヌエルの客のヒターノ、計3人はイスから腰を浮かしておれの腹の20センチの傷をのぞき込んで、一斉に「おっふう!」と叫んだ。
その様がおかしくておれはゲラゲラ笑った。とんだ田舎歌舞伎だ。

マヌエルの脚やふくらはぎにさわってみると、ガリガリにやせていた。
背中も肩甲骨がはっきり手にさわった。

元々やせてはいたが、違った。
真ッ赤なスイカを食いながら、おれたちは昔話をした。
妙に、昔話をした。そうして笑った。

「またな」と言い合って、おれはマヌエルと抱擁のあいさつをして、ミゲルと、家の門を出た。
マヌエルは弱々しく笑って見送ってくれた。
物凄い音のするミゲルの超ボロ車で、のろのろとロタのミゲルの家に戻り、夜はそこで寝た。

その後、何度かマヌエルとは電話で話した。
ミゲルの悪口なども話して笑った。
マヌエルは膀胱ガンだった。
下北沢で唄った頃は、わからなかった。昨夏頃わかったらしい。
マヌエル自身も知っていたと。

昨11月22日には、カナコ夫人からメールをもらった。
「マヌエルは脚が痛いようですが、毎日元気に食べて町にお出かけしています」

その後痛みが始まったのでヘレスの病院に入院して鎮痛剤を受けていたらしい。
看護婦がその点滴をモルヒネに変えたとたん、ベッドに座っていたマヌエルは後ろにひっくりかえって絶命した、とカナコ夫人は言った。
クリスマスだった。
父(アダヘタ・ビエホ)も姉も、クリスマスに死んだらしい。
マヌエー、おめえが死ぬなんて。
おめえは実に沢山沢山、おれにくれた。
実に!全てを!沢山!ムーチョ!

30年近く、雑誌(パセオ・フラメンコ)に書いたのが、おれの「白鯨」だよ。
頭のおかしい孤高の船長エイハブが、おめえだったな。
おめえみてえな男は、見たことない。
一言じゃ言えないわい。
むかし、おめえがおれのアトリエで言ったっけ。
「おれたちゃ、永遠の友だち(アミーゴ・デ・シエンプレ)だよな、チアキ」
そうとも、マヌエル。
寂しがりだな、おめえは。
 
カナコ夫人からメールが来た。(12月27日)
「ゆうべ、ヘレスのタナトリオからマヌエルの遺灰を持ち帰りました」

不思議なことに、これを書いて、ふと後を見ると、板の間が濡れている。
おかしいな。
なめて見るとかすかに塩味がする。
猫の小便か、おめえの涙か?

あばよ、マヌエー。またな!

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