9月8日、踊り手の手下倭里亜が10年ぶりのソロリサイタルを開催する。
これまでに手下は2度のソロリサイタルをエル・フラメンコで行っているが、今度の舞台は銀座ブロッサムホール。
プロデビューから20年あまり、プーロなフラメンコを求めてタブラオを軸にライブ活動を展開し、教授活動においても生活とともにあるフラメンコを模索し指導してきた彼女が、今回は大劇場でのソロ公演に挑む。
一体彼女にどんな心境の変化があったのだろうか? 何を思い何を求めて、今彼女は大きな舞台に立とうとするのか? 公演を直前に控えた手下のスタジオを訪ね、インタビューを行った。
今、無性に踊りたい
――この度の公演、初の劇場でのソロリサイタルですね?
手下 はい。ようやく重い腰を持ちあげて、チャレンジすることになりました。
――どんな経緯で、今回の公演を決められたのですか?
手下 昨年の東北大震災で日本は大きく変わりましたよね。私もその目撃者となって、いろんなことを考えさせられました。なぜ自分は生きているのかとか、生と死の意味とか。それって、つきつめると自分の生き方そのものと否応なく向き合うことになるんです。自分にできることは何か、私は今何を一番したいのか、しなければならいのか。そうしたら、無性に踊りたくなったんです。一瞬にして失われたたくさんの命を目の当たりにして、
与えられている自分の命の有難さを思い、同時に人間の命のはかなさも知り、それまで自分の胸の中で漠然と渦巻いていた思いを行動に移そう、そう思ったのです。
――これまでのライブは、主にタブラオを基盤に活動されていましたよね? 今回は、「無性に踊りたい」というその気持ちが、なんで舞台公演という形になったのでしょうか?
手下 誤解を恐れずにいえば、ある時期から私は自分のフラメンコ舞踊にある種の行き詰まり、を感じるようになったんです。フラメンコの本質をつかみたい、少しでも本物のフラメンコに近づきたいと思い、私なりに勉強を重ねてきました。足げくスペインに通い、フラメンコに踏み込み、ますますフラメンコが好きになっていったのですが、そうすると、自分が求めるフラメンコがどんどんシンプルになっていくんです。カンテや、ギターに関心が向き、もうそれだけ聞いていれば満足!みたいな感じ。舞台の上のフラメンコよりも、もっとプリミティブな、ヒターノの生活の中にあるフラメンコのあり方を求めるとか。そういうフラメンコ観の中に知らず知らずのうちにスポイルされてしまっていた。でもそこに納まりきれない自分もやっぱりいて、そのことにようやく気付いたんです。
――フラメンコに納まりきれない自分を大きな舞台で表現しようと?
手下 はい。こんなに大きな場所でなくてもよかったのかもしれないのですが、やろう!と決めたら、勢いで(笑い)劇場を押えちゃいました。
プリミティブなフラメンコを求め続けて
――フラメンコにそういう行き詰まりを感じるようになったのはいつごろからですか?
手下 10年くらい前からでしょうか?
――そう感じるようになったきっかけが何かあったのでしょうか?
手下 長い時間の中でそうなっていったという感じですね。ただ、その頃自分のスタジオを持ったんです。それで自分の環境が変わったことも大きかったような気がします。
――スタジオを持つことで何が変わったのでしょうか?
手下 それまでは外のスタジオを借りて教えていたので、大勢の他のアルティスタと日常的に交流があったんですね。スタジオを持つと基本自分のスタジオにいますから、何か用事がない限り外との交流が絶たれるんです。フラメンコの仲間たちといると楽しいし刺激にもなるから、それで満たされるというか、フラメンコをやっている気になれちゃうんです。そうした交流がなくなると、どんどん自分の中へフラメンコに対する思いが向かうようになって、それが行き詰まり感につながったような気がします。
――それが10年前というともうずいぶん前ですよね。その間、手下さんのフラメンコへの思いはどこに向けられていたのでしょうか?
手下 教えることに集中していましたね。私は生徒たちに「ソロでフラメンコを踊れるようになること」を目標にして教えているんです。プロになりたいとか趣味として踊りたいということとは関係なくどの生徒にも。そこにフラメンコの本質がると思うので。たとえばブレリアのオープンクラスをずっとやっていますが、ブレリアの振りを教えるのではなく、ブレリアを如何に楽しむかを理解習し得する、フラメンコの楽しい輪の中に入っていけるようになるためのレッスンを重ねています。
――プリミティブなフラメンコを教授活動の中で求め、実践していたわけですね。
手下 はい。
――そうすると、劇場公演をやりたいという思いをずっと抱えていたわけではなかった?
手下 劇場で踊りたいという意識は、私のなかではなかったです。
――手下さんはタブラオで踊っていても、照明とか、衣装とか、構成とかに目が行き届く踊り手さんという印象を持っていたので、度々「そろそろ劇場公演やってみては」なんてお話したことがありますが、全然関心なかったんですね(笑い)?
手下 全然はいいすぎですけど(笑い)。どこか自分自身に自信が持てないところがあったのかもしれません。そういうことはずっと先のことだと思っていました。
――手下さんて、ほんと真面目な方で、いつも「もっとうまくなったら」「まだそういう時期じゃない」って、おっしゃってました。
手下 今もね、もっとうまくならなきゃって思ってますよ(笑い)。ただ、私がこれまで追い求めていたプーロなフラメンコの世界観には納まりきれない自分を自覚するようになったし、そういう自分を冷静に認めてあげられるようになったんです。まだそれは萌芽のようなものかもしれないけど、やってみなきゃわからないこともあるって、まずはやってみることから始まるんだと、ようやく気付いたんです。
動き出した思い
――今回の公演の企画は、いつごろから準備されていたのですか?
手下 最終的に決めたのは、昨年秋ですが、きっかけは親しくしていた歌い手の加藤直次郎さんの死でした。彼の葬儀で今回出演していただくウードの常味裕司さんと久しぶりに再会したんです。常味さんとは、以前から何か一緒にやりたいねと話はしていたんですが、うやむやになったままで。直次郎の分までがんばらなきゃと自然とそんな話になりました。それからもしばらくは、具体的には動いてなかったんですが、そうこうしているうちに昨年震災がこったでしょう。
――震災を経て、さらに思いが深まって動き出したわけですね?
手下 はい。あの大震災を目の当たりにして、今生きていることが当たり前のことではないんだということを思い知らされ、そうしたら自分のこれまでの人生の中で体験してきた出会いや別れが、とても愛おしいと感じるようになったんです。今回共演するアルティスタは、皆私のフラメンコ人生の中でキーパーソンともいうべき方たちです。彼らとともに、"私の今"を踊りたいと思いました。
――では、手下さんにとっての今とは、どういうものなのでしょうか?
手下 今度の舞台では、今現在の私の肖像画を描くようなつもりで踊りたいと思っています。
――それはどういう意味ですか?
手下 今までの自分を壊すくらいのつもりで、私の今の感覚、今の自分の関心、今の思いを踊りたいのです。
――いままで培ってきたフラメンコの集大成ではなくて、新しい手下倭里亜で踊るということですか?
手下 もちろんフラメンコを踊ります。それが私ですから。でもフラメンコの様々な制約に縛られるのではなくて、むしろそれを壊すくらいのチャレンジ精神で、自分の感性を思いっきり解放したいんです。
――フラメンコの様々な制約とは、フラメンコをフラメンコたらしめている様式やルールのことですよね? ある意味それはこれまで手下さんが一番大切になさってきたことのように思います。
手下 そうですね。もちろん、守るべきるルールや様式は、フラメンコにはあると思うし、それをきっちりとやりきることは大切なことです。でもそのことに自分自身が埋没したり、委縮したりしてはいけないと思うのです。
――一なんだかドキドキしてきました。公演では、今まで見たことのないバイラオーラ・手下倭里亜と、私たちは遭遇することになるかもしれませんね。
手下 公演が終わったら、いったいどんな私になっているのかしら? 私にもわかりません(笑い)。楽しみにしていてください。
公演の見所
――さて、どのような舞台になるのか、具体的にお聞きしたいと思います。ウードの常味さんが参加されるということは、アラブの音楽を取り入れたものなのですか?
手下 そうですね。でもアラブの音楽とフラメンコの音楽との融合ではないんです。1部はアラブの音楽を軸にして構成。アラブの音楽を楽しんでいただくとともに、アラブの音楽でフラメンコを踊ります。パーカッションの海沼正利さんにも参加していただきます。2部は純粋なフラメンコです。
――アラブ音楽にはフラメンコとはまた異なる独特のリズムがありますよね? それに合わせて踊るのですか?
手下 はい、踊る曲の中にも10拍子があります。
――そのリズムを体得するだけでも大変ですね。
手下 慣れるまでは大変でしたね。でも一度身体に入ってくると、とても自然なリズムで心地いいのです。フラメンコはとてもアラブの影響を受けていますが、どちらもそれぞれにしっかりした様式を持っているので、ただやみくもに音楽を一緒にやろうとすると、なんちゃってフラメンコ、なんちゃってアラブになってしまうんです。それはいやだったので、いわゆるコラボにはしなかったのです。アラブの世界とフラメンコの世界を私の踊りがつなぐ、紡いでいくと考えていただければいいと思います。
――踊りはあくまでフラメンコ?
手下 はいそうです。ベリーダンス風にというようなことはしません。一部は7つの曲で構成しているのですが、一つ一つが独立した小作品になっています。
――いわゆる物語ではないのですね。
手下 アラブの世界からフラメンコの世界へという大きな流れはありますが、物語ではありません。
――2部のフラメンコの見所はどんなところでしょうか?
手下 メンバーは皆、共に歩んできた仲間達です。ギターの高橋紀博さんと鈴木尚さんは、私が小島章司フラメンコ舞踊団にいたころから弾いていただいていて、プロになるときにもプロになって以降の活動を通しても、私がいちばん影響を受けた方々です。カンテの石塚隆充さんは彼がデビューした頃からずっと歌っていただいています。阿部真さんは、私の大事なポイント、ポイントでご一緒していただいているんです。今回の公演でやりたかったことのもう一つの柱として、私が深くかかわってきた仲間とともに私たちの今をフラメンコで表現したいという思いがあります。
―― 今回ギタリストをスペインから迎えていますね?
手下 はい。ヘラルド・ヌニェスの一番弟子として活躍しているマヌエル・ニーニョ・ロペスにスペインから参加してもらいます。彼とはもう20年近く前にエル・フラメンコに初めて来たときからの仲間で、彼のギターで踊ったり、一緒にライブをしたりしています。スペインと日本ですから、いつも一緒にというわけにはいきませんが、お互いにスペインと日本を行き来しながら、交流が続いています。超絶テクニックであると同時に、とても熱いギターを弾くので、それも皆さんに聴いていただきたいですね。
――アラブ音楽にチャレンジしながらも安易な融合ではなく手下さんならではのこだわり、美意識に貫かれた舞台になりそうですね。満を持して取り組まれるテアトロ公演だと思います。手下さんの今がどんなふうに描き出されるのか楽しみにしています。今日は公演直前のお忙しい時にありがとうございました。
(舞台写真・川島浩之)
「ESPACIO ~間~HAZAMA」公演概要
日時 9月8日(土曜日)17:30開場 18:00開演
場所 銀座ブロッサムホール
チケット料金 S指定席7000円1F A指定席6000円1F 自由席2F・小学生以下のお子様ペアシート 4000円
出演者 手下倭里亜(踊り) 高橋 紀博、鈴木 尚(ギター)Nino Manuel Lopez(ギター) 石塚 隆充、阿部 真(カンテ) 常味 裕司(ウード) 海沼 正利(パーカッション)
☆チケット受付・問い合わせ☆ 手下イリア・フラメンコ・リサイタル事務局 E-mail ilia.ticket@gmail.com Tel/Fax 03-3445-5658(平日 10:00〜21:00土 11:00〜18:0)0担当 ハギワラ