日本から、乗り継ぎ時間を含め約20時間でたどり着ける、スペイン、ナバラ州の州都、パンプローナ。ここで毎年8月に開催されるフラメンコ・フェスティバル、Flamenco On Fireについて、引き続きお届けします。
今年、2019年のフラメンコ・オン・ファイヤーでは、ミシュランレストラン「ムガリッツ」、パンプローナで人気のバル「バセリベリ」のシェフらと、フラメンコギタリスト、ぺぺ・アビチュエラの奥様のアンパロのコラボレーションで、ここナバラ地方の素材を使って「ヒターノごはん」を作る企画がありました。
市内でも、フェスティバル期間中18のレストランとバルが参加して、恒例の「エル・ピンチョ・デ・サビーカス」が用意され、店ごとに各シェフが趣向を凝らしたスペシャルなピンチョスを用意しました。日本でもグルメの地として注目されているバスク地方。パンプローナ市内にも、たくさんのバルやレストランがあり、有名シェフたちが腕を競っています。パンプローナからバスで一時間ほどで、サン・セバスチャンに行くこともでき、フラメンコとガストロノミーを満喫できるフェスティバルとしても、他に類を見ないものです。
1700人収容の劇場、バルアルテでのコンサートは、毎日21時から。2日目の夜は、1984年に結成され、ニューフラメンコとして一世を風靡した人気グループ「ケタマ」。解散状態でしたが、昨年の11月に14年ぶりに復活して、待望のコンサート。ノリのいいメロディーとアントニオ・カルモナの独特のセクシーなハスキーボイス。生粋のヒターノ(ジプシー)、フラメンコ家系の彼らの作り出した、フラメンコから生まれた新しい音楽は、幅広いファン層を魅了しました。フラメンコと構えることなく、聴いていただきたいアルバムの数々です。お試しにこの辺りからいかがでしょう?ブラジルの歌手、カエターノ・ヴェローゾとのコラボ曲です。
ケタマのメンバーは、グラナダのフラメンコファミリー、"アビチュエラ"。ボーカルのアントニオ・カルモナ(54歳)とギターのフアン・カルモナ"エル・カンボリオ"(59歳)の兄弟と従兄弟にあたるホセミ・カルモナ(49歳)の3人。ホセミ・カルモナの父は、このフェスティバルのアンバサダーでもある、ぺぺ・アビチュエラの息子です。会場には、昔からのファンが多く、軽く50歳以上の女性たちが、途中立ち上がって踊ったり、客席の通路を歌いながら歩いてくるアントニオに「グアポー!(いい男!)」と声をかけたり、復活に胸躍らせるファンで盛り上がりました。
コンサートが始まると、ホセミ、カンボリオが順に登場。そして、どこからかアントニオの声だけが。会場の観客がキョロキョロしていると、アントニオが客席の上の方から登場。階段を降りてきて、父ぺぺと母アンパロのの横を通り、舞台へと上がっていきます。
舞台上には、ケタマの他に8人のミュージシャン。往年のヒット曲だけではなく、新しいアレンジや新曲、各自のソロコーナーもあり、以前のケタマのコンサートとは少し違う構成だったようです。最後に、超ヒット曲「アグスティート」が始まると、待ってましたとばかりに観客は大喜び。立ち上がっての声援。まさに「アグスティート(agustito)=気持ちのいい」状態で終わりました。
翌日のバルアルテでのコンサートは、さらに一世代上の60 upの二人。ホセ・メルセーとトマティートのコンサート。二人とも長身でダンディーな大御所ですが、MCではお茶目にふざけたりして、永遠の少年的な魅力もあります。だからこそ、アルテ(芸術)も新鮮であり続けられるのでしょう。
フラメンコは、楽譜のない音楽。歌い手とギターは、相手の呼吸、トーン、歌の展開、ファルセータのタイミングなどなど、互いをレスペクトしあってこそ名演の生まれる盟友的な関係です。
ホセ・メルセーの長年のギタリストは、同郷ヘレス・デ・ラ・フロンテーラ出身のモライート。二人の時代に、「アイレ」「アル・アルバ(下記の動画)」など、フラメンコファンなら誰でも口ずさめる大ヒット曲を生み出し、ホセ・メルセーは、フラメンコ界だけではなく、広く人気のある歌手となるました。ソロギタリストとしても素晴らしかったモライートは、残念なことに2011年に54歳で亡くなりました。2010年に、コーテディネーターをさせていただき、ヘレス・デ・ラ・フロンテーラで撮影したNHKハイビジョン特集『黒木メイサスペインフラメンコ ~魂の踊りと出会う旅~』では、ありがたいことに「フラメンコを愛してくれる君へのプレゼントだよ」と言って、飛び入り出演してくれました。
トマティートは、パコ・デ・ルシアからのバトンタッチで、18年間カマロン・デ・ラ・イスラのギタリストをしていました。1992年にカマロンが亡くなって以降は、特定の歌手とのコンビを組むことはなく、ソロ活動が中心です。ラテングラミー賞も受賞した、ジャズピアニストのミシェル・カミロとのアルバム「スペイン」は、シリーズ3作にもなり、世界的にも有名な現代フラメンコ界のトップスターの一人です。
このビッグな二人が組んで、アルバム「De verdad」を昨年発表し、今回はそのアルバムと同名のタイトルのコンサート。共演者には、トマティートの息子でギタリストのホセ・デル・トマテ、パーカッションにピラーニャ、バイオリンにベルナルド・パリージャ、ベースにアントニオ・ラモス。そして、アルバムの作詞などにも関わったキキ・コルティーニャ、ミゲル・デ・トレア、チチャロ・デ・ヘレス、そして、ホセ・メルセーの奥さんのメルセデス・ガルシアがコーラスとパルマで参加。
ホセ・メルセーが、無伴奏のマルティネーテを歌い、コンサートが始まりました。長身、足長のシルエットで、舞台が小さくすら感じられるほど。歌い終わると、トマティートはじめ、メンバー全員が揃い、カマロン・デ・ラ・イスラのヒット曲「レジェンダ・デル・ティエンポ(時の伝説)」で、早々に盛り上がります。
ホセ・メルセーが、観客に挨拶。自分たちも楽しむから一緒に楽しもう、と、ギターとカンテだけのトラディショナルなスタイルで、マラゲーニャ、ソレア、シギリージャと伝統的なフラメンコの曲を、じっくりと歌い、演奏していきます。
続いて、ホセは退席。トマティートと息子のホセ(ホセ・メルセーと同名でややこしいですが、実はトマティートも本名は、ホセです。)で、ミシェルカミロとのコンサートでのレパートリー「Spanish Love song」からスタート。故パコ・デ・ルシアの曲「二筋の川」を途中で入れたオマージュの場面もありました。パーカッションのピラーニャはじめ、いつものトマティートチームが揃うと、おなじみのブレリアやカホンとの掛け合いで、隣にいたかなり年配のおばあちゃまもノリノリになるほどの躍動感あふれる、いつものトマティートのコンサート。そして、息子ホセのソロも一曲。父親譲り、とよく言いますが、ただ息子に生まれただけでは受け継げるものではなく、本人の努力は相当なもの。自分自身、常に練習は欠かさず、61歳になっても衰えぬタッチを維持しているトマティートが、ギターに関して息子を甘やかすことはないのでしょう。周囲の人に聞いても、とにかくよく練習して真面目にやってきているという話でした。
ホセ・メルセーが戻ってくると、いよいよ、二人のアルバム「De Verdad」のレパートリーが展開されていきました。ヘレス出身のフラメンコアーティスト、ローラ・フローレスに捧げる「サンブラ」、コーラスのキキが作詞したブレリア「Buscando la verdad(真実を探して)」などなど、トマティートの力強くキレのいいギターとホセ・メルセーのハスキーなフラメンコボイスに、どっぷりと浸る一夜となりました。
写真:ハビエル・フェルゴc Flamenco On Fire /Javier Fergo
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