時の経つのは早いもの。2012年、今から5年前のセビージャのフラメンコ・フェスティバルで、注目の若手として公演を行なったバイラオーラのパロマ・ファントーバ(Paloma Fantova)。 その時のアラメダ劇場での公演は、同世代で同じカディス県出身のマカレナ・ラミレス(Macarena Ramirez)と一つの公演の中で独立して、それぞれがソロのステージをするというものでした。こういうのをスペイン語では、Compartir cartelと言います。Compartirは英語で言うShare(シェア)。Cartelは、本来は映画などのポスターという意味で、ひいては公演を意味することができます。
パロマ・ファントーバは、2度目の来日。前回はレッスン講師としての滞在だったため、残念ながら日本での知名度はまだ高くありません。が、本場スペインではマドリードのタブラオを中心に活動しながら、自分の作品もすでに2作発表し、着々とキャリアを積んでいます。ちなみに私も2012年のビエナルで観て以来、彼女は気になる存在でした。(左写真は2012年セビージャでの記者会見時。左がパロマ、右がマカレナ)
当時22歳の彼女のソロステージを観たときは、男性的でファルキート(バイラオール)を彷彿させるスタイルが印象的でした。かと言って、それはファルキートのコピーではなく、彼女自身が持つヒターナ(ジプシー)の血や、独学で学んだフラメンコから生まれた表現です。お習字でもなんでも、まずはお手本となる型を自分の力で体現します。それも表面的な特徴だけでなく、力の入れ方や書道でいうと、筆使い、筆運び、筆順を覚えることで、それが自分の実力にもなり、ゆくゆくは自分の個性を取り入れた自分のスタイルというものができると思います。それは、数年ではなく十数年、いや環境によっては数十年かかることかもしれませんが、道を探究するというのはそういうものでしょう。その時のパロマは、若い女性でありながら、あの迫力、力強いサパテアードは目を見張るものがあり、キレのいい力強いサパテアードのできる男性ダンサーしかメンバーに入れないギタリストのトマティートが、パロマを初の女性ダンサーとしてメンバーに入れたのも納得でした。
そのパロマが、今月からガルロチに4ヶ月間出演すると言うことで、早速、公演四日目に観に行ってきました。その様子をお伝えします。
公演は19時半スタート。最初のプレゼンテーションはシギリージャ(曲種名)。ちょっと重めの曲調です。舞台上には椅子が三脚。踊り手達が、向かって左からマリーナ・ペレア(Marina Perea)、イサック・デ・ロス・レジェス(Isaac de Los Reyes)、そしてパロマが座ります。赤を基調にした衣装はソニア・ジョーンズさんのものだそうです。マリーナはどちらかと言うと日本人に近い体型。イサックは天井に届きそうな長身。それぞれがソロで少しずつ踊るシギリージャ。いきなりパロマがダントツの実力を感じさせてくれます。もっと彼女のパートが観たいくらいです。
カンテ(歌)には、パロマの親戚でもあるマイ・フェルナンデス(May Fernandez)と、5ヶ月前に結婚したバロマの旦那さんのアントニオ・フェルナンデス(Antonio Fernandez)。ギターには、あの超有名&フラメンコ界の至宝であり2014年にこの世を去ったギタリスト、パコ・デ・ルシアの甥にあたる、アントニオ・サンチェスです(Antonio Sanchez)。そういえば、顔の形とか雰囲気にパコの面影が見てとれます。あ、なんだか、"アントニオ"と"フェルナンデス"だらけですね。スペインには多い名前と名字です。
15分間のプレゼンテーションの後は、約5分間のギターソロ。フラメンコギターも弾く曲種によって様々な色を醸し出しますが、この日のギターは「哀愁」色。どこのタブラオでもよくあることですが、フラメンコ=踊り、と思っている人が多いので、どうしもてギターソロの時は客席がざわつきますが、フラメンコの原点は音楽。またフラメンコギターの筐体は一般のギターとは違うので、その音色もお楽しみください。
続いて、マリーナのソロで、グアヒーラス(Guajiras)。グアヒーラスというのは、大航海時代のキューバとの交流から生まれた曲。歌詞もキューバの娘との恋模様を描くものが多いです。日本に着いて4日目のせいか、まだキューバの風に乗って大らかに踊るという感じではありませんでしたが、このタブラオでの毎日の公演はアーティストをも大きく変えていきます。1ヶ月後、そして4ヶ月後の変化が楽しみとも言えます。ちなみにこの踊りで使われている、白のフリルが印象的な衣装もソニア・ジョーンズ製。舞台で、実際にどのように衣装が"踊る"かも衣装選びの参考になります。
5分間の休憩を挟んで、男性舞踊手イサックのソロ。曲種はバンベーラス(Banberas)です。バンベーラスはカンテソロでよく聴く曲で、アンダルシア民謡から生まれた曲。カンテ・デ・コルンピオ(Cante de columpio)と称されており、columpioとはブランコを意味するスペイン語です。ブランコの揺れに合わせて歌う民謡だったのでしょう。それをカンタオーラのニーニャ・デ・ロス・ペイネス(Nina de los Peines:1890-1969)がソレア(曲種名)のコンパス(フラメンコのリズム)に載せて歌ってフラメンコの曲として歌い始めたと言われています。ステージでは、この曲を途中、かなり激しいサパテアード(足音)を入れて踊っていました。
続いて、待望のパロマのソロ。この日は、彼女の故郷であるカディスが発祥のアレグリアス(Alegrias)という曲種。一部は通常、決まったプログラムなのですが、今回の公演でのパロマのソロの曲名は、プログラムに「毎日演目が変わります」と記載されています。ちなみに「今日はどうしてアレグリアスにしたの?」と尋ねたら、「バタ・デ・コラ(スカートの裾が長い衣装)が着たい気分だっだから!」と。鮮やかなエメラルドグリーンにパーブルの裏フリルの付いた美しいバタは彼女の自前の衣装だとか。"今日の気分"の動機は色々ありそうなので、毎日何が出てくるか楽しみです。
久しぶりにソロで観た彼女のバイレは、以前より女性らしさと風格が増し、表情にも余裕がありました。舞台を歩いている時も、"休んでいる"ではなく"踊って"います。フラメンコで指を鳴らすことを「ピト(Pito)」と言いますが、彼女のピトはカンカンと良く響いてかっこよく決まっていました。
アレグリアスの最後は、アップテンポなブレリア。グラシア(愛嬌)と力強さのあるブレリアでいきの良さを感じさせてくれました。さすが今回の看板アーティストというテクニックとスピード感は、時間を作って観に来る価値ありだなと思わせます。28歳にして24年のキャリア。そして、この4ヶ月、毎日タブラオで踊ることで、同世代のアーティストからまた一歩抜きん出る予感があります。
最後のフィン・デ・フィエスタでは、ちょっとハスキーで可愛い声で、自らメンバー紹介をしてくれます。前回の日本滞在で、日本語もほんのちょっぴり知っているみたいです。
第二部は40分後にスタート。内容は毎日変わるのでプログラムはありません。パロマ曰く「私のは全て即興よ。」ショーチャージには、1部、2部両方のショーが含まれているので、時間のある方は残っている方が、せっかくのパロマの踊りをもう一曲観て帰った方が、お得かも知れませんね。
2部のオープニングは、5分ほどのハレオ(Jaleo)という曲。これも一人ずつがサパテアードを披露します。今回の来日のためのリハーサルは、4月中旬からスタートしたそうですが、もっと良くするために寸暇を惜しんでリハーサルを続けているようです。この曲を踊り終わった直後も、廊下で練習をしているのが聞こえてきました。
続いて、二人の歌手による歌のみのパート。この日の曲は、ノリのいいタンゴ(Tangos)。マイもアントニオも既に来日経験はあるということですが、一部の途中でアントニオが観客に拍手を求めるようなジェスチャーをしたので、ひょっとして日本の観客の反応に慣れていない!?と思いましたが、パロマ曰く「あの人はいつもあんな感じだから大丈夫よ。踊っている時に反応が少ないのは、気に入らないからとは限らないというのはわかってるし、日本だけじゃなくて他の国でもあることなのよ。」と若きベテランは慣れていました。
2部でも、それぞれ5分ずつのバイレソロがありました。この日のマリーナはソレア。そして、イサックはアレグリアス。
マリーナは、シリアスな曲調が彼女の表情とマッチし、真剣さの伝わるバイレ。足運びはきれいで、一部に比べてかなりのってきた感じで終わりました。
イサックは、とにかく長身なので動きが大きく、照明のライトに近いせいか大粒の汗を流しながらの熱演。高速のラティギージョ(足で床を鞭打つように叩くテクニック)も多用していました。
パロマのソロは、タラント(Taranto)。鉱山地帯の労働から生まれた、暗めの曲調ですが、最後にはタンゴで発散して終わるという流れです。その流れを考えると、大きさ違う水玉柄の衣装にエプロンは曲に合ったチョイスでしょう。
一部の明るい曲のアレグリアスとは違った表情で、悲しみ苦しみを表現していきます。男性的な逞しさすら感じられる力強い踊りが続きますが、後半のタンゴに入ると、体の使い方もよりセクシーで激しさを増していきます。ギターと一体化するリズム感抜群のサパテアードもそんじょそこらの男性舞踊手よりも強くてキレがあり、ブエルタ(回転)もバッチリ決まりました。今回は4ヶ月の公演なので、後半には一部の内容もガラリと変えるとのこと。そして「今日はタラントを踊ったけど、次にまたタラントを踊っても、同じものではないわよ。」というパロマのコメントに、次回鑑賞への期待が膨らみます。
締めのフィン・デ・フィエスタは、ブレリアで全員で。1日の終わりだけあって、リラックスしたフィエスタらしい雰囲気でお開き。まだ来日後間もなくて、時差ボケが出てくる時期。いい公演をするためのコンディション作りにも気をつけて、この日の終演後はサクッと帰途についた若手リーダーのパロマ・ファントーバ。そのうち、彼女のアルテが知られてくると、お客様との交流も増えて、ファンもたくさんできることでしょう。この東京での4ヶ月が終わって、スペインに帰国後には、さらなる活躍が期待されるパロマ・ファントーバの「今」を、楽しく観させてもらいました。
写真/FOTO : クレジットのないものは、ガルロチ。その他はクレジットに準ずる。Sin credito Copyright to Garlochi
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