2015年の秋は久しぶりにスペイン人アーティストの来日公演ラッシュでした。9月のサラ・バラス(Sara Baras)、アンダルシア・フラメンコ舞踊団(Ballet Flamenco de Andalucia)。10月は、スペイン国立バレエ団(Ballet Nacional de Espana)。そして11月は、ロシオ・モリーナ & ロサリオ・ラ・トレメンディータ(Rocio Molina & Rosario La Tremendita)、エル・シガーラ(EL Cigala)ら。その他、日本人バイラオーラの方々の公演へのゲストとしても、多くのアーティスト達が日本にやってきました。(写真下左:国際フォーラムでのロシオ・モリーナ公演にて開場前の舞台)
来日公演は、作品として規模が大きくなるほど、費用など様々な面で招聘条件は厳しくなります。また本国スペイン、また周辺のヨーロッパ諸国では比較的近い日付で興行の話が舞い込んでくるため、人気のある作品や話題のアーティストの公演がオリジナルメンバーのままタイムリーにツアーできますが、少なくとも1年以上先が実際の公演となる日本での公演契約は、スケジュールやメンバーの確保が難しくなることもあります。スペインのフラメンコ界には、既に来日公演したことがあり日本で名前を知られているアーティストだけでなく、その他にもフラメンコの魅力を伝えられる素晴らしいアーティストがたくさんいますが、なかなか日本ツアーの機会がないというのが現実です。そのため、様々なアーティストを実際にご覧になっていただくのは難しいのですが、このフラメンコ・ウォーカではこれからもスペインのアーティストを紹介していきます。記事の中の誰か、または曲や作品に興味をもたれたら、是非、インターネット上のメディア検索やCD、DVDなどで、その歌や演奏、踊りに近づいてみてください。この場が、フラメンコとの良い出会いのきっかけになれれば、非常に嬉しく思います!
さて、第70回では9月のサラ・バラス東京公演についてふれましたが、その翌日は、アンダルシア・フラメンコ舞踊団公演でした。残念ながら日本公演本番の写真が届きませんでしたが、普段目することのできないリハーサルでのショットを掲載させていただきましたのでご容赦ください。監督であり自らも舞台に立つラファエラ・カラスコ(Rafaela Carrasco)は、サラ・バラスのようにメジャーなCMに出たり、単独での来日公演はしてないため、日本では一般的にはサラほど名前が知られていないかもしれません。しかし、サラ同様、日本のタブラオに出演していた事もあり、レッスン来日も経験があるのでフラメンコを習っている方々の間ではおなじみ。スペインでは、故マリオ・マジャ(Mario Maya)率いるアンダルシア舞踊団の一期生として若い頃から活躍してきた実力派で、主要フェスティバルにも名を連ねるトップアーティストです。フラメンコに特化したアンダルシアのこの舞踊団の監督を任されるほどなのですから、本場での評価は推して知るべしでしょう。(写真右:ラファエラ・カラスコ)
"舞踊団"というと、"コール・ド・バレエ"的に、群舞要員のようにも捉えられてしまいがちですが、舞踊団によって、団員に求められるレベルも違いますし、監督の求める人材のタイプも違います。「○○とその仲間達」的な一本の大黒柱に支えられた舞踊団もあれば、団員一人一人が柱となり舞踊団の公演を均等に支えているタイプもあります。いずれにしても舞踊団メンバーの質も公演では非常に重要ですし、そこから将来の大スターが生まれることも多くあります。また、フラメンコの場合、スペイン語の"Compania"=英語でいう"カンパニー"をその作品の出演メンバー全員を指して使うことが多く、それを日本語にすると「舞踊団」と訳されることがあるので。なので、「団」と言っても、3人の時もあれば30人の時もあるわけです。ちなみに、アンダルシア・フラメンコ舞踊団はスペイン語の正式名称は「Ballet Flamenco de Andalucia(バレエ・フラメンコ・デ・アンダルシア)」。"バレエ"は、スペイン語では英語の"ダンス"の意味なので、いわゆるトウシューズのバレエは意味しません。ちなみに、今のアンダルシア舞踊団はというと、ソリストのダビ・コリア(David Coria)、アナ・モラーレス(Ana Morales)、ウゴ・ロペス(Hugo Lopez)を主軸にし、プラス8名の計11名で構成され、うち、アンダルシア州出身は7名。最若手は1994年生まれです。いずれも個性的で粒ぞろい。フラメンコらしく、それぞれのパーソナリティがちゃんと踊りに現れていて、なかなか面白いなという印象です。
公演作品は、舞踊団の創立20周年を記念した「Imagenes(イマヘネス)」。(スポット映像はこちら)既にスペインで二度観たことがありましたが、今回はリハーサルから見させていただきました。公演前日に日本に到着したメンバー達。スペインからではなく、タイ公演からの来日ということもあり、リハーサル前のバックステージでは、比較的元気そうに見えました。リハーサルは、冒頭の椅子を使った群舞から始まっていきます。てきぱきと動く舞踊団メンバー。その中には、監督のラファエラ・カラスコの姿もあります。初めての劇場、そして前日に到着したばかりとは思えない手際の良さで、スタッフ達の手によって舞台が組み上げられ、リハーサルも進んでいきます。
舞踊団メンバーだけのシーンもずっと舞台上で見守るラファエラ。(写真右)その指導は厳しいのでは?と思いましたが、舞踊団メンバーのアルベルト・セジェス(Alberto Selles)曰く「プレッシャーを与えられることはないよ。穏やかだし、一人一人を尊重してくれるんだ」とのこと。フラメンコ発祥の地、アンダルシアを代表する舞踊団。若手が活き活きと活躍できるのは、新監督とメンバーの近い関係によることもあるかもしれません。通常は、月曜から金曜まで、毎日三時間の集合リハーサル。新作の振付時には、ほぼ1日中缶詰となって、共に過ごしてきたメンバー同士の息もぴったりです。本番は、スペインで観たものとクオリティ、エネルギー共に変わりない素晴らしいもの。ただひとつ、旅行カバンをパタパタとドミノ倒しにしていく場面で最後の一個が倒れないというハプニングがありましたが、以前にも、恐らくグラナダでの公演で、同じことが起きたことがあったそうです。
ラファエラが監督就任後に行なった舞踊団員選出のためのオーディションには、男性ダンサーだけでも75人以上が集まったそうです。応募者は番号が書かれたゼッケンをつけて選考に臨みました。三日間にわたるオーディションの結果、どんどん人数が減らされ、最後10人残されたところから、さらに4人が最終的に選ばれました。その中の一人をご紹介します。
ゼッケン番号「44」のアルベルト・セジェス。以前、記事でも取り上げたことがあるカディス県サン・フェルナンド出身の24歳。(略歴についてはこちらをご覧下さい。)往年の名カンタオール、アウレリオ・デ・カディス(Aurelio Selles Nomdedeu. Cadiz, 1887 - 1974)の血縁。アウレリオへのオメナヘも込めた作品で、2014年のヘレスのフェスティバルで新人賞を獲得し、今年はセビージャのセントラル劇場でのソロ公演も行なった注目の若手バイラオールです。振付にはハビエル・バロン(Javier Baron)が加わり、カンテにダビ・パロマール(David Palomar)、ギターにラファエル・ロドリゲス(Rafael Rodriguez)と脇を固めての本格デビュー作でした。
4歳から踊り始め、17歳で初めて1時間半の作品を公演したそうですが、カンテ4名、ギター3名、バイレは自分以外に2名入れてというなかなか大規模なものだったそうです。早い時期から、舞台人としての意欲と行動力に溢れて、人を集める魅力もったのでしょう。現在の舞踊団の中でも、まっすぐに男らしく、清々しいバイレが目を引きます。(写真左:ソロ公演ポスター)
フラメンコらしく見せようようとするあまり、無駄に装飾的な動きが多くなってしまいがちな男性のバイレをよく目にします。そんなレベルを見慣れてしまうと、本来のフラメンコはシンプルに見えてしまうかもしれません。しかし、シンプルに見えることこそ難しいのがフラメンコ。派手に見せることで「らしさ」を出すのではなく、踊りに自分の感性、感情をのせ、音楽を汲み取って、自然に踊ることのできるバイラオールこそ一流だと思います。そして一流の踊りからは、何かが伝わってきます。アルベルトもそれができるバイラオールの一人だと注目しています。今回が初来日だったアルベルト。公演の翌日には中国への移動。終演後のつかの間の自由時間に何をしたい?と尋ねると「日本のお寺に行ってみたい!」とのこと。ライトアップされた浅草寺を散策し、おみくじも引き、ほんの少しですが日本の文化と風景にも触れることができたようです。(写真右:ヘレスでの授賞式で。左からアンドレス・ペーニャ、幼い頃に教えを受けた師のアンへリータ・ゴメス、アルベルト・セジェス)
続いて、10月にはスペイン国立バレエ団の来日公演がありました。Aプログラム観賞後、アントニオ・ナハーロ監督へのインタビューを手伝わせていただきましたが、舞台での調整が長引いていたので、インタビューが始まられるまでしばらく楽屋で待っていました。やがて舞台でのリハーサルを終えたバレエ団メンバー達が戻って来ました。前述のアンダルシア舞踊団とは全く趣の違うメンバー達の雰囲気。特に男性は皆揃って、長身でスラリ。これは現監督が、自分が作ろうとしているオリジナル作品を実現するために理想的な条件を満たしている団員を選出した結果なのでしょう。バレエ団では、今までの監督が残してきたレパートリーと新監督によるオリジナル作品が上演され、そのオリジナル作品は後にはバレエ団のレパートリーの一つとなって残されていきます。そうやって往年のファンから新しいファン層まで楽しめる公演を続けています。
国立のバレエ団だけあって、スペインで踊りを志す人にとっては憧れの的。前監督ホセ・アントニオ時代に、オーディションに合格し、コール・ドの一員として入団した後、すぐにソリスタとなり、プリンシパルダンサーとして活躍したサラ・カレーロ(Sara Calero)が、時を同じくして東京に滞在していました。小島章司氏とハビエル・ラトーレの作品「Fatum!」で主役のレオノール役も務めました。(写真左:左からクリスティアン・ロサーノ、小島章司、サラ・カレーロ)2011年、4年間在籍した国立バレエ団との契約期間はまだ残っていながら、自らの意志で退団したという驚きのキャリアも含め、興味深いお話をうかがうことができましたので、次回ご紹介していきたいと思います。
文:坂倉 まきこ (フラメンコ・コーディネーター、ライター)
取材協力:PARCO
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