毎年恒例のへレス・デ・ラ・フロンテーラでのフラメンコフェスティバルが始まりました。今年は2月23日から3月10日の開催です。フェスティバル数日前には昼間は20度近くになり、アンダルシアらしい雲ひとつない真っ青な空の下、続々とアーティストや参加者がへレス入りしてきました。
今年のオープニングは、ビジャマルタ劇場でのアントニオ・ナハーロ監督率いるスペイン国立バレエ団の公演(2015年ナハーロ監督来日時のインタビューはこちら。)
メンバーは総勢60名とのこと。それだけでもへレスの空気が変わりそうな勢いです。へレスという地は、フラメンコのメッカの一つ。ヒターノ(ジプシー)が多く、フラメンコがファミリーの中で育ち、踊り、ギター、カンテそれぞれに、へレスならではの味が今も受け継がれています。一方、スペイン国立バレエ団と言えば、マドリードなどの舞踊専門学校などでスペイン舞踊全般を学んだスペインのダンスエリート達が狭き門をくぐり抜けて入るところ。バイレの学び方、育て方は違っても、スペイン舞踊に共通する「粋」は観る者を同じように楽しませてくれます。
一口にバレエ団と言ってもスペイン国立バレエは特別な存在。いわゆるクラシックバレエやコンテンポラリーではなく、クラシックバレエにスペイン独特と舞踊の要素が加わって出来上がった、クラシコ・エスパニョール(スペイン古典舞踊)というスタイルのバレエがベースになっています。1978年に創立され、アントニオ・ガデスが最初の監督を務めました。以来、クラシコ・エスパニョール、ホタなどの民族舞踊、そしてフラメンコをもこなす、国の舞踊文化を代表する存在です。
バレエ団のレパートリーは、創立当時の名作から最新の監督による現代のものと幅広く、公演ごとに多彩な組み合わせで、スペインの文化大使のような役割で、世界中を公演して回っています。日本でも、今年2018年の10月に公演が予定されています。
今回のへレスでの演目は、4つ。「エリターニャ」、「ソレア・デル・マントン」、「サパテアード」、「ボレロ・イ・アレント」です。これらのレパートリーは、ナハーロ監督曰く「バレエ団の宝」。それぞれに偉大なアーティストへのオマージュが込められています。
チケットは早々に完売。フェスティバル初日ということで、会場ではシェリー酒のサービスもあり、ホワイエでも客席でも挨拶し合う人々は絶えることなく、入場や着席も遅れたせいか、開演は15分遅れとなりました。
最初の演目、「エリターニャ」は、アントニオ"エル・バイラリン"、または"グラン・アントニオ"と称された、アントニオ・ルイス・ソレールの振付で、本人による初演が1960年。音楽は、アルベニスのイベリア組曲の第4巻からで、作曲されたのは1905?1909年。100年以上前の音楽と50年以上前の振付を現代のダンサーが踊るというロマンあふれるレパートリーです。幕が開くなり、まるで王宮絵画のようなクラシックな色合いとスタイルのダンサーたちが登場。18世紀ごろに踊られたエスクエラ・ボレーラのスタイルでカスタネットを持って踊ります。フラメンコを習うと最初に教えられることの多い、セビジャーナスという踊りのステップも入っていました。
続く「サパテアード・デ・サラサーテ」は、スペインのパンプローナ出身の作曲家サラサーテの曲に合わせて、同じく"グラン・アントニオ" が1946年に初演した振付。スペイン国立バレエ団では1981年からレパートリーになっていますが、今や「待ってました!」と大向こうがかかりそうくらい定番中の定番となっています。サパテアードとは、フラメンコで使う用語で、靴を打ち鳴らした出す音。打つ靴の部位や強弱のつけ方で様々な音を出します。
ピアノとバイオリンの生演奏に合わせてのサパテアードは、まさにミリ単位の精密さで巧みに語りかけてきます。ダンサーの力量に大きく左右される演目ですが、昨夜のホセ・マヌエル・ベニテス(Jose Manuel Benitez)は素晴らしく、会場の観衆も美しいサパテアードを聞き入っていました。下半身では、繊細かつダイナミック、ミリ単位の高等テクニック連続のサパテアードをしながらも、上半身は全く影響されることなく美しい姿勢を保って、エレガントな動きも印象的でした。これぞスペイン舞踊、そしてフラメンコの基本中の基本です。
クラシック音楽からガラリと変わって、フラメンコへ。「ソレア・デル・マントン」の"ソレア"は、フラメンコの曲種名、"マントン"とは踊りに使う刺繍に彩られた大きな布で、これをまるで生きているかのように見事に使いこなすには相当の技術が必要となります。そのマントンの名手であるブランカ・デル・レイ(Blanca del Rey)がナハーロ監督になってからの新生バレエ団に振り付けたのがこの作品です。舞台では、黒地に白で刺繍が施され、ボリューミーな白のフリンジがついたマントンで、エステル・フラードが踊ります。2015年の来日時にも見ましたが、腕の筋肉がさらにパワーアップされていたように感じました。
ラベル作曲の「ボレロ」のダンスと言えば、モーリス・ベジャールの振付が有名ですが、スペイン国立バレエ団のボレロは、1987年に初演されたラファエル・アギラール(Rafael Aguilar)版。彼の言葉を借りると、ベジャール版をフラメンコという言語で書き換え、新しく読み解き直したことにより、スペインの魂が宿り、振付自体が新しい感覚のものになったようです。現在のナハーロ監督になってからの2014年に、スペイン国立バレエのレパートリーとして、再び踊られるようになりました。
踊るのはプリンシパルのセルヒオ・ベルナル(Sergio Bernal)、1990年生まれ。2002年にマドリードの名門舞踊学校マリエンマを特待生で卒業後、2008年には、この振り付けをしたラファエル・アギラール舞踊団のプリンシパル。その後も世界のダンスシーンで注目される活躍をし、2012年からスペイン国立バレエ団のプリンシパルとして在籍しています。上半身裸で踊るボレロ。ダンサーとしての美しい筋肉が照明に照らされて浮き彫りになります。とにかく、美しい!の一言。立ち姿、そして一つの動きの間にさえ隙がありません。彼を中心に22名のダンサーがサパテアードやアバニコ(扇)を使ってパーカッション的にリズムを刻んだり、舞台セットのように隊列を変えたり。1対22でも断然上回る、セルヒオの存在感は、20分という長丁場のダンスの中で一度もひるむことなく輝き続けていました。そして、最後はリフトが入ってドラマティックな形でフィニッシュ。フィギュアスケートの技が全て決まって、見事に終わった時のような爽快感すらありました。下方にある映像の最後の方でスマートに決める7回転の様子もご覧ください。
休憩を挟んでの最後の演目「アレント」は、ナハーロ監督振付で2015年に初演された作品。バレエ団の持つ伝統のレパートリーを守っていくだけでなく、それを更新しつつ、ダンスのさらなる発展を目指したいという監督。彼自身のスペイン舞踊に対する視点から作られたのがこの「アレント」。
5つのシーンに分かれた構成で、衣装、舞台セット、照明にそれぞれ趣向が凝らされて、華やかな現代的なショーとなっています。随所に入れられた特徴的な腕の動きの振り付けは、ナハーロ監督独特のものでしょうか。伝統と現代の新しいクリエーションを調和させた挑戦なのかもしれません。2015年の来日時にも観たのですが、今回もまた新鮮に感じました。特に、群舞というのは一度では見きれず、見るたびに新しい発見があるので、再演されてもまた見たいレパートリーと言えるでしょう。
公演が終わると会場は総立ちで賞賛。へレスの地でも大成功を収めたようです。
公演が終わると会場は総立ちで賞賛。へレスの地でも大成功を収めたようです。
初日、二つ目の公演は、シェリー酒の酒蔵、日本でもティオ・ペペで有名な「ゴンザレス・ビアス」の敷地内で、地元へレスのギタリスト、アントニオ・レイ(Antonio Rey)のコンサート。両親がマドリードのタブラオで働いている時に生まれたので、マドリード出身とされることもあるようですが、「自分はへレス育ちでへレス出身」とのこと。ゲストに歌で姉のマラ・レイ(Mara Rey)、バイレ(踊り)には、小さい頃パコ・デ・ルシアのグループで踊っていて憧れていたホアキン・グリロ(Joaquin Grilo )が参加ということで夢のようだとのコメント。コンサートタイトルは、4枚目のアルバム「Dos partes de mi」。Dos partesというのは二つの部分という意味で、フラメンコとそれ以外の音楽も聴いて育った自分の中の音楽性が楽曲の中に現れているようです。真夜中12時からのコンサートにもかかわらず、会場は満席。ギターソロの「タランタ」から始まりました。手の冷えを気にしながらのスタートでしたが、次第にテクニックも冴え、約1時間20分のコンサートを終えました。
途中、自分にギターを弾くことを教えてくれた父親に送りたいとして、一曲、しっとりとバラード調の曲をトレモロのテクをふんだんに入れて演奏。最後の登場したバイラオールのホアキン・グリロは、細身のパンツでかなりスリムになった感じがしました。キレがありながら、どこかいい感じに力の抜けているグリロらしいバイレで、夜中1時過ぎの睡魔を追い払ってくれたのではないでしょうか。
さあ、今年も連日公演の日々の幕が開きました!レッスン生の皆さんもクラスが始まりました。今年も寒暖差が激しいので、体調管理に気をつけて実りある2週間となりますように。
写真/FOTO : Copyright to JAVIER FERGO/ FESTIVAL DE JEREZ
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