スペイン、アンダルシア地方で観光客が多い都市と言えば、まずセビージャ。古くから政治、経済、文化の中心として発展してきたこの街は。スペイン観光の代名詞のような闘牛、そしてフラメンコのメッカのひとつとしてもおなじみですね。
セビージャの観光ツアーには、必ずと言っていいほどフラメンコ鑑賞が組み込まれているだけあって、毎日フラメンコのショーが観られるタブラオがたくさんあります。タブラオは、ヒターノ(ジプシー)達の歌や踊りを目玉として19世紀半ばに登場した飲食施設「カフェ・カンタンテ(Cafe Cantante)」の流れを汲むものです。発祥当時の観客層は地元の人達が多かったものの、現在では観光客がメイン。入場料も35ユーロ前後と地元の人が毎日、毎週通うという場所という感じではなくなってきました。もちろん、スペインに行ったからには、タブラオのフラメンコは一見の価値がありますが、タブラオについては既にガイドブックなど各所で紹介されていますので、ここでは地元の人も多く行くコンサ―トホールでのフラメンコの一例をご紹介します。
夏になると、連日35度を軽々と超える暑さが続くセビージャでは、その期間を避けて毎年春と秋ー2月から5月と10月から12月の2シーズン、カハソル財団(Fundacion Cajasol)主催で「木曜のフラメンコ(Jueves Flamencos)」というフラメンコ公演のシリーズが開催されます。
シーズン中の木曜日、公演が開催される会場はサラ・ホアキン・トゥリーナ(Sala Joaquin Turina)。同じ通りの並びには、2011年に完成したメトロポル・パラソル(Metropol Parasol)、通称"エンカルナシオンのキノコ"(las Setas de la Encarnacion/写真左)があって目印になります。ちなみにこのエンカルナシオンとは、正面にあるエンカルナシオン広場Plaza de la Encarnacion)のこと。
定員478人の会場は、アーティストの息づかいも感じることができる距離。コーディネーターのマヌエル・エレーラ(Manuel Herrera)氏による充実したプログラム構成で、旬なアーティストから燻し銀のベテランまで、シーズンを通してまんべんなく味わうことができます。伴唱、伴奏、群舞でしか見聴きできなかったアーティストが、ソロとして登場したり、看板アーティストだけでなく、その伴奏やゲストにもサプライズがあったり...と、この時期セビージャにいる人が羨ましい!と毎年思える企画です。
2月にセビージャを訪れた際、運よく観ることができたのが"Meligrana"というタイトルのコンサート。ハイメ・エレディア(Jaime Heredia "El Parron")と以前このコーナーでもご紹介したペドロ・エル・グラナイーノ(Pedro "El Granaino")がメイン。ハイメはグラナダのカンテ・ヒターノの王道をいくカンタオール。ペドロはプロとしての活動はセビージャで始めたので、市場で物売りをしていた時代から知っていたグラナダのアーティストとセビージャで同じ舞台に立つことになって光栄だと話していました。ギターにはミゲル・アンヘル・コルテス(Miguel Angel Cortes)、バイレにハラ・エレディア(Jara Heredia)、パルマにライムンド・ベニテス(Raimundo Benitez)とセビージャにいながらにして、グラナダのフラメンコを堪能できました。(写真右上:ペドロ・エル・グラナイーノ、ミゲル・アンヘル・コルテス)
そして3月には、こちらも昨年ご紹介したホセ・アンヘル・カルモナ(Jose Angel Carmona)のコンサート"Giraldillos"。ギターはフアン・レケーナ(Juan Requena)、そしてゲストにバイラオールのホアキン・グリロ(Joaquin Grilo)が入りました。その後、ギタリストのダニ・デ・モロン(Dani de Moron)のソロコンサート、バイラオールのヘスス・カルモナ(Jesus Carmona)、そして先週はピアノのドランテス(Dorantes)と続いています。(写真左:ホセ・アンヘル・カルモナ、 ロス・メジス(Antonio y Manuel Montes Saavedra, Los Mellis),フアン・レケーナ)公演の様子については百聞は一見にしかず。クリックして映像でご覧下さい。
同じアーティストの公演に何年かにわたって足を運んでいると、どんなにキャリアの長いアーティストであっても"完成形"として終わらず、熟し、進化し続けている人がいることに気づきます。新しいことをやるという意味ではなく、持っていたものにさらに磨きがかかっていく。たとえ10年前と同じ曲、同じ歌詞であっても、慣れによって流すのではなく、歌い込むことによってさらに深みを増していくのです。例えば、キャリア30年の歌手でも、既にキャリア25年前だった5年前と今とを聴き比べると、ずいぶん違っていたりします。もちろん良くなっているという意味で。フラメンコには、これとこれができれば合格というような基準がないだけに、一通り歌えたり踊れたりできるようになった時点で「これが私のスタイル」と打ち止め状態になる危険もあります。しかし、"やっぱりこの人のこれが聴きたい"と思わせるアーティスト、成長に期待してまた観に行きたくなるアーティスト達というのは、ただ積んできたキャリアの上に安住しているわけでないのでしょう。
このシリーズの他にもセビージャのセントラル劇場をはじめアンダルシアの各都市で開催される"Flamenco viene del sur"など、前もって年間スケジュールの情報を得ることのできるシリ―ズがあります。また8月のマドリードでは、昨年に引き続き「オリジナルフラメンコフェスティバル(Original Flamenco Festival)」が開催されます。スペインでは、フラメンコの劇場公演は、マスメディアでも必ず取り上げられ、その評価はよくも悪くも影響してきます。アーティストにとってもタブラオとはまた違った緊張感があるのではないでしょうか。ゴールデンウィーク、夏休みなどスペインを訪れる予定がある方は、是非タブラオに加えて、劇場でのフラメンコ鑑賞もご検討ください。
舞台写真:FOTOS: Jaime Martinez/Cajasol