今年の秋は日本にいながらフラメンコに触れる機会が多かったように思います。9月は来日ワークショップ、10月のフラメンコ・フェスティバル。そして、セルバンテス文化センターでのギターコンクールや文化庁芸術祭参加作品やライブなど日本人アーティストの公演も観させていただきました。
この秋、フラメンコ・ウォーカーは日本国内は京都に出没。セビージャのバイラオーラ、マヌエラ・リオス(Manuela Rios)のクルシージョ(=ワークショップ)を一週間お手伝いさせていただきました。かつて「流しのクルシージョ生」として、自分のレベルはさておいて、数多くのスペイン人アーティストのクラスに参加してきました。それもフラメンコ界では知らない人がいないようなトップアーティストばかり。バイレ(踊り)の技術を身につける才能はありませんでしたが、アーティストを身近に感じ、その動きや言葉の端々からフラメンコについて考えさせられる事が多く,良い勉強になりました。さて今回、マヌエラのクラスに同行していて再確認したフラメンコの極意。それは「歌えなかったら踊れない」。「え?、そんな?」というバイレ初心者の方々の声が聞こえてきそうですが、この「踊れる」というのは、プロとして真にフラメンコを踊りきるということ。どんな芸事でも、それを体得しプロフェッショナルの域に達するには何年、いや何十年とかかるでしょう。最初から出来る人はいません。だからこそ、今はできなくても、明日、来年、10年後...。そう思って安心して読んで下さい。フラメンコは、そもそも「音楽」なのです。そのフラメンコなる音楽を知らずして、フラメンコを踊ることはできませんよね。もちろん言葉の壁はあります。しかし、メロディーを口ずさめることができるだけでもかなり変わるはずです。それぞれの曲のもつテンポ、曲の展開、ムード。それらを知ることはフラメンコを踊る人はもちろん、鑑賞する人にもより深く味わう楽しみを広げてくれると思います。なぜ突然このことを再認識したかと言うと、マヌエラ・リオスは、どのクラスでも歌っていたのです。"全部"歌えるのです。それもカンタオーラ顔負けの歌唱力で。タンゴ、ソレア、ブレリア、バタ・デ・コラ(裾の長い衣装)やセビジャーナスのクラスですら、教えながら歌い続けていたのです。カンテを身につけていることが彼女の魅力ある踊りの底力のひとつなのです。さらには、その歌のもつニュアンスや背景を説明する場面も多々ありました。その後、生徒さんの踊りが変わるのです。ただ動きをなぞり振付を完璧に踊るだけでなく、何かを感じながら踊るということの大切さ。その感情を芽生えさせてくれるのがカンテだということなのだと思います。アーティストのインタビューをすると、踊っている時にカンテに突き動かされる場面があるというのはよく耳にします。歌詞の意味だけでなく、声のトーンやそこに込められたものが伝わってくる...それがフラメンコです。とは言え、ここは「百読は一聞に如かず」(勝手に造語しました)ということで、こちらのリンクからエル・ペレ(El Pele)の歌をお聴きいただくのが手っ取り早いかもしれません。これは昨年のビエナルでのワンシーン。ヒラルディージョ賞 Giraldillo al MOMENTO MAGICO DE LA BIENALを受賞した「最高の瞬間」です。これを聴いて心でピクリとしたら、もうフラメンコを味わうことへの第一歩は踏み出せています。(左写真:エル・ペレとマヌエラ・カラスコ/右上:マヌエラ・リオス)
次は、8年ぶりのフラメンコ・フェスティバル。パルコ主催でベレン・マジャ(Belen Maya)、マヌエル・リニャン(Manuel Linan)、イスラエル・ガルバン(Israel Galvan)、ロシオ・モリーナ(Rocio Molina)という豪華ラインナップ。3日間という短い期間でしたが、かなり濃厚な内容だったと思います。初日に公演したベレンとマヌエルのクルシージョを担当させていただきましたが、ここでも一流フラメンコアーティストの姿を目の当たりにしました。彼らがとても気にかけていたこと...それはリハーサル時間の確保。観光気分で寿司だの買い物だのではないのです。到着した翌日に4時間ものクラスがあるのに、その合間を縫っては劇場に戻り、リハーサルをしていました。フラメンコ界のトップスターであり、あれだけ世界中で公演して回っている大ベテランでありながら、常に最高のパフォーマンスを目指すその姿勢。まさに彼らが「一流」と呼ばれる所以はそこにあるのです。ちなみにイスラエル・ガルバンも、到着の翌日のお昼過ぎには、劇場のリハーサル室で一人ウォーミングアップしておられました。
3日の公演を観て思ったこと。今回来日したアーティストの公演はスペインで何度も観ていますが、その時と変わらないクオリティをしっかり日本に届けてくれていました。素晴らしきプロフェッショナル達でした。生身の人間なので、旅の疲れや時差もあるでしょう。会場の雰囲気や観客の反応も違うので勝手も違うでしょう。スペインのように厳しい批評家も観ていません。そんな中でも浮つくことなく、アーティストとして舞台に出る、あるいはクラスをするその時間にきっちりコンディションを合わせて、日本の観客や生徒さんを満足させてくれたと思います。(右上写真:終演後の「トラスミン」公演の出演者たち)
来年の3月にはエバ・ジェルバブエナ(Eva Yerbabuena)、4月には再びロシオ・モリーナが来日します。先日、英国のナショナル・ダンス・アワードにもノミネートされ、世界的に活躍する2人。またもや日本にいながら極上のフラメンコ体験ができそうですね。それまで待ちきれないときは、9月にセビージャで行なわれたビエナルのヒラルディージョ授賞式の中継映像をご覧になってみてはいかがでしょう。(映像はこちらから)屋外のため劇場にはない開放的なライブ感もあり、受賞者たちのパフォーマンスが少しずつ楽しめるという美味しい内容になっています。このアーティストの中からも日本公演が実現し、「百聞は一見に如かず」を実践できる機会ができるといいですね。(左写真:授賞式の様子(C)La Bienal de Sevilla)