スペインに来て「なんで日本人はフラメンコが好きなの?」と尋ねられたことのある方はたくさんいらっしゃると思います。この答えにはたった一つの正解はありませんし、いろいろな観点から答え方はありますが、「テレビで言ってたから...」と同じように、その答えが事実として一人歩きしてしまうこともあります。まずは、自分自身がなぜ好きなのか、せめてそれを簡潔に答えられるようにしておくという手もありますね。

IMG_1099.JPG私がフラメンコを好きな理由としてのひとつは、音楽としての魅力です。今までに感じたことのない感動をフラメンコ音楽から受けました。今こうして、フラメンコの魅力を日本に紹介する仕事をしているのは、厳しい状況だった南米生活の癒しとなってくれたフラメンコへの恩返しの一つなのです。最初は唯一手に入ったパコ・デ・ルシア(Paco de Lucia)のCDを聴き続け、その繋がりからカマロン(Camaron de la Isla)のカンテ、トマティート(Tomatito)のギターへ。ようやくスペインに来れるようになり、2000年のビエナルの初日で出会ったのが、マイテ・マルティン(Mayte Martin)のカンテです。セビージャ大聖堂と並び世界遺産のアルカサル内で行われた野外コンサートでした。それ以来、マイテを通じて、様々なカンテと出会うことができました。マイテはカンテについての講義を行うほどカンテについての造詣が深く、彼女のアルバムの選曲も、極めてトラディッショナルなものから、大航海時代の産物イダ・イ・ブエルタ(Ida y Vuelta)、歌としては素晴らしいけれどあまり歌われないものまで。それらを辿っていくことで、今は亡きカンテ創世記のマエストロ(巨匠)たちにも興味をもつようになったのです。

mayte_martin4.jpg今回のマイテのコンサートのタイトルは「Por los muertos del cante(ポル ロス ムエルトス デル カンテ)」。ムエルトスとは"亡くなった人たち"という意味。マイテが自分のカンテに影響を与えてくれた、既に他界したカンテの先人たちやこの道に導いてくれた家族や知人、恩人を指しています。博識なマイテらしく、今回のレパートリーにも、あまり歌い継がれていなかった名曲などがあり、新しい発見を与えてくれました。音楽の質へのこだわりが並々ならぬマイテ。ひとつひとつの曲を歌のみならず、ギターやパーカッションの微妙なニュアンスまできめ細かく丁寧に仕上げています。それが亡くなった先人へのレスペクトであるかのように。共演者もマイテの言葉を借りると「旅の道連れ」である、信頼できるアーティストたち。ギターのホセ・ルイス・モントン(Jose Luis Monton)、フアン・ラモン・カロ(Juan Ramon Caro)、そしてパーカッションのチコ・ファルガス(Chico Fargas)。「故人の歌を真似するのではなく、それをお手本、勉強の材料として享受し、そこから学んだことを活かしていく。それもクリエイティブなことだ。今までとは違うもの、新しいものを作り出すことがクリエーションではないと思う」というマイテのフィロソフィーを理解したチームでの素晴らしいコンサート。観客も彼らと一緒に旅に出ます。一曲目は、生まれて三日目で視力を失いながら、フラメンコ歌手として91歳まで生きたラ・ニーニャ・デ・ラ・プエブラ(La Nina de la puebla)が歌って大ヒットした、アンダルシア民謡が起源の「カンパニジェーロス(Campanilleros)」。続いては伝説の舞踊手カルメン・アマジャ(Carmen Amaya)が名ギタリスト、サビーカス(Sabias)と録音した「ラ・タナ(La Tana)」。タンゴをスローにした感じのサンブラという曲の分類に入ります。そして、ニーニャ・デ・ロス・ペイネス(Nina de los peines)のお馴染みのタンゴやぺぺ・マルチェナ(Pepe Marchena)のグアヒーラ(Guajira)など、マイテの清廉な声で次々と故人の歌に新しい命が吹き込まれていきます。アルゼンチンのアーティスト、ユパンキ(Atahualpa Yupanqui)のミロンガの後、旅の最後は、ここセビージャ。生前3000以上もの曲を世に送り出した作曲家であり、自ら歌、ピアノ演奏もしたマヌエル・パレハ・オブレゴン(Manuel Pareja Obregon)に捧げるセビジャーナス(Sevillanas)。名前、聞いたことありませんか?そう、カルロス・サウラ(Carlos Saura)の映画「セビジャーナス」に出演していました。ボレロ歌手としてのCDも既に3枚出しているマイテ。その音楽、アルテに対する審美眼を信じて、これからも注目していきたいと思います。

IMG_1184.JPG演奏中は、フラメンコのコンサートによくあるハレオ(オレ!などの掛け声)は歌った曲種の性格からしてもかけにくく、静かに聴き入っていた聴衆でしたが、終演後は鳴り止まぬ拍手。長いオーベーションに、舞台の境界線を超えた「コネクション」がたしかに見えました。踊りにしても歌にしてもギターにしても、いえ、フラメンコに限らず、舞台芸術の醍醐味は「コネクション」かなと。これが、劇場に足を運んで生で見る楽しみの一つだと感じました。会場には、先日サンテルモ宮殿でコンサートをしたホセ・デ・ラ・トマサ(Jose de la Tomasa)、カンタオーラのローレ・モントージャ(Lole Montoya)、同じくセビージャのアナ・レアル(Ana Real)、マラガからは、カンタオーラのビルヒニア・ガメス(Virginia Gamez)、アントニア・コントレーラ(Antonia Contorera)とカンテをこよなく愛することでマイテと繋がっている友人のアーティスト達の姿もありました。

フラメンコというと踊りというイメージは強いですが、シャンソン、ボサノバ、アルゼンチンタンゴなどと同様、演奏や歌を楽しむものでもあります。ただ、曲名で語られることが少ないため、まず何を聴いたらいいのか、ヒット曲、定番曲がどれなのかわかりにくいと思います。これからもできるだけたくさんのアーティストを紹介していきますので、興味をそそる人がいたらピコっとインターネット検索などして、声を聴いてみてください。そのためにも、アーティスト名をアルファベット表記しておりますのでご活用ください。

FOTO ANTONIO ACEDO LA BIENAL OFICIAL

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