IMG_3676.JPGここセビージャで約一ヶ月にわたって2年に一度開かれるフラメンコフェスティバル、ビエナルも最終週半ばに入りました。残すところ、あと13公演。カンテとバイレの注目公演が残っています。このコーナーでは、ただ何を歌った、何を踊ったという出来事の速報ではなく、今、本場スペインではどんな公演が行われているのか。どんなアーティストが活躍しているのか、過去の歴史も含めてお伝えしています。一人のアーティスト、一つの作品を通してだけでも、フラメンコやスペインに関して知識は広がります。フェスティバル期間中にはすべての公演を取り上げることはできませんが、時間が経ってもフラメンコに関する読み物として楽しんでいただけるよう、引き続きビエナルからの情報はお伝えしていきます。映像へのリンクも入れていきますので、どうぞ、ごゆっくりお読みください。

DSCN1311.JPG「フラメンコは、はじめに歌(=カンテ)ありき」というのは何度か書かせていただいていますが、このビエナルでもカンテのみのコンサートがたくさんプログラムされています。フラメンコ歌手(=カンタオール/カンタオーラ)は、最初からソロのみというキャリアの人もいなくはないでしょうが、通常は踊りやギターの伴唱をしながらプロとしてのキャリアを積んでいきます。いわゆる「後ろで歌う= cantar"pa tras(パトラス)"」です。やがて実力のある歌手は、ソリスタとしても舞台で歌うようになります。これを「前で歌う=cantar"pa lante(パランテ)"」と言います。ビエナル最終週にカンテソロコンサートが行われる、ホセ・バレンシア(Jose Valencia)、ヘロモ・セグーラ(Jeromo Segura)、アルカンヘル(Arcangel)たちも以前はパトラスで歌っていました。そう言えば奇しくも三人とも、バイラオーラ、エバ・ジェルバブエナ(Eva Yerbabuena)のカンパニーでした。

元修道院だったエスパシオ・サンタ・クララ(Espacio Santa Clara)内にはコンサート会場が二つあります。ひとつは、ページ一枚目の写真のドルミトリオ・アルト(Dormitorio Alto)と呼ばれる建物内のスペース。天井はすべて木で組まれています。ここではマイクなしの生音でのフラメンコが楽しめます。歌手本来の声、ギターの音色は格別です。もうひとつは中庭とそれを囲む回廊(Claustro)スペース。二枚目の写真です。舞台が設営され、観客はテーブルのある席に座り、会場内のバルのケータリングを注文することができます。ちなみにビールは2ユーロ、赤ワイン3ユーロ。野外と言えども今や禁煙の進んでいるスペインでは、公演中の喫煙は不可です。

このサンタ・クララのドルミトリオ・アルトのカンテソロコンサートで、セビージャ郊外のロス・パラシオス( Los Palacios y Villafranca (Sevilla) 出身の二人のカンタオールが歌いました。一人はミゲル・オルテガ(Miguel Ortega)。もうひとりはホセ・アンヘル・カルモナ(Jose Angel Carmona)です。二人共、名だたる踊り手たちのパトラスとして大活躍してきているので、実は公演で聴いたことがある人は結構いらっしゃると思います。またこの二人は、踊りのオルガ・ペリセー(Olga Pericet)、アンヘル・ムニョス(Angel Munoz)らの舞台での共演もあります。そして子供の頃から注目され、若手ながらキャリアの豊かなアーティスト。ソロ歌手として聴かせる実力派たちです。

IMG_0010.JPGミゲル・オルテガのコンサートでは、各地のソレア(Solea 曲種名)をつなぎ合わせた通常よりも長めのソレアを語りかけるように歌い、レパートリーの引き出しの多さを感じました。最後に歌ったシギリージャでも、伴奏のギターは激しくややアップテンポなノリでしたが、それにつられることなく絶妙な重みを持って歌います。このやりとりは楽譜にできません。これがフラメンコを歌うことがとても難しい理由の一つだと思います。(左写真:ミゲル・オルテガ)

IMG_2178.JPGホセ・アンヘル・カルモナは、以前このコーナーでもご紹介し、前回のビエナルではオルガ・ペリセーの公演での歌唱に対してヒラルディージョ賞が贈られました。今回のビエナルでは自身のソロコンサート以外にもパトリシア・ゲレーロ(Patricia Guerrero)、ロシオ・モリーナ(Rocio Molina)の公演に出演しました。両公演とも、歌手はホセ・アンヘル一人で、しかも、ただ出て曲を歌うというものではなく、作品の演出に沿っての登場。歌う曲もオリジナルなもの。一体、どうやったらこれだけの段取りを覚えられるんだろう?!と脱帽です。しかもロシオの公演の初演のため、ソロコンサートの直前までフランス。後から知ったのですが、帰国後ひどい風邪を引き、38度以上の熱のある状態で舞台を務めていたようです。さすがプロです。コンサートは、自らマンドラを弾きながらのミネーロ(Minero-鉱山労働の中から生まれた曲種)でスタート。登場時には「グアポ!(Guapo-男前、かっこいい!)」の声が飛び交いました。掛け声として「グアポ!(女性ならグアパ)」というのはよくあるのですが、この時のグアポコールはみなさんかなり本気だったはず。というのも、普段は無造作に下ろしている髪をきっちり後ろに流していたので、顔がはっきり見える上に、ビシッとスーツ姿。黙って立っていたらまさにモデル級。ちなみに2年前に出したCDのジャケットはイラストなので、顔を知っている人は少なく、「どうして顔を出さないんだ?」と本人に尋ねたのは私だけではないようです(笑)もちろん、本人は見た目で勝負するような人ではなく、多様に色を変えられる素晴らしい声で粛々と歌っていきます。アルバムにも収録されているブレリアも最後のコーラス部分はウエルバの双子のアーティストのロス・メジス(Los Mellis)と息ぴったりで仕上げました。最後はミロンガ(Milonga)というアルゼンチン起源の曲種。子供の頃から大好きだったぺぺ・マルチェナ(Pepe Marchena)の「ロサ(Rosa=薔薇」という曲です。「自分の出せる声はマルチェナとは違うタイプだから同じようには歌えませんが、僕なりに歌います。」といたって謙虚。今回のビエナルではこの曲を何度か耳にしました。密かにマルチェナ・ブームなのでしょうか。(右上写真;ホセ・アンヘル・カルモナ)

IMG_1148.JPG同じサンタ・クララの中庭=パティオでのカンテ・コンサートは「カンタオーラス,ロ プーロ マンダ(Cantaoras,lo puro manda)」。その名の通り、4人のカンタオーラ(=女性歌手)がズラリ。しかも、純ヒターナ(ジプシー)フラメンカ達です。セビージャのバイラオーラ、マヌエラ・カラスコ(Manuela Carrasco)の娘のサマラ・カラスコ(Zamara Carrasco)、アンパロ・ラガレス(Amparo Lagares)、レブリハ(Lebrija)のアナベル・バレンシア(Anabel Valencia)はカンタオール、ホセ・バレンシア(Jose Valencia)の従姉妹。歌い方、似ていました。ヘレスのマラ・レイ(Mara Rey)。ファルーコファミリーとの共演が多く、ギタリスト、アントニオ・レイ(Antonio rey)の姉です。四人ともが迫力のカンテ、ビジュアル的にも存在感で舞台がいつもより狭く見えました。ギター伴奏は、出演者の変更があり、マヌエル・デ・ラ・ルス(Manuel de la Luz)が急遽担当。マヌエルも、自身のソロコンサートの後、これまた急遽マヌエラ・カラスコ公演、そしてこの「カンタオーラス」と続きました。歴代の名カンタオーラたちが歌った曲を次々と四人が歌っていき、約二時間弾きっぱなし。アンダルシア舞踊団の音楽監督兼ギタリストという経験と実力があるからこそ、超短期間のリハーサルでこれだけの仕事がこなせるのでしょう。舞台後ろの建物の白壁にこれから歌う曲名やそれを歌っていたカンタオーラの顔が映し出される趣向が凝らしてあったのですが、ちょうど映像の真ん中に当たる部分に木の窓があり、文字や写真が見えなくなっていました。どうやら歴史的建造物に手を加えてはいけないらしく、窓を白い布で覆い隠すこともできなかったようです。しかし配布されたプログラムには11曲すべての曲種や誰が歌っていたバージョンかがきちんと書かれていて、プロデューサーの意気込みが感じられました。(写真:左からマラ・レイ、アナベル・バレンシア、サマラ・カラスコ、アンパロ・ラガレス)

IMG_7097.JPG男性歌手陣のコンサートも続きました。同じくサンタクララ元修道院のパティオで、ペドロ・エル・グラナイーノ(Pedro el Granaino)とミゲル・ラビ(Miguel Lavi)の公演。先陣を切ったペドロは以前にこのコーナーでご紹介しました。こちら。あれから二年、ソロ歌手活動が増え、今回のビエナルではパティオでのコンサートと確実にステップアップしています。ミゲル・ラビも前回はドルミトルオでのコンサートでしたが、今年はパティオの昇進組。タブラオでの仕事もしているせいか、何ヶ月か毎に聴くたびに落ち着きが増し、歌にも渋みが増しています。(写真:左からミゲル・ラビ、ペドロ・エル・グラナイーノ)

IMG_08241.JPGロペ・デ・ベガ劇場では、「カンタオーレス(Cantaores-男性のフラメンコ歌手)」というタイトルの公演。奇しくも前述の「カンタオーラス」公演と同じ日。20時半から劇場で男性歌手、23時からパティオで女性歌手とこの日はカンテ・デイでした。アントニオ・レジェス(Antonio Reyes)とヘスス・メンデス。共にフラメンコ・ファミリーの出身です。「血は争えない」の言葉通り、フラメンコの世界ではファミリー(Jesus Mendez)の中でアーティストを輩出し続ける傾向があります。もちろん「血」ばかりではなく、お母さんのお腹にいるときからフラメンコを聴いているわけですから、人間の脳が最も発達する時期にフラメンコがぎゅぎゅっと練り込まれるわけです。フラメンコの微妙なニュアンスを聞き分ける聴覚もこの時点で形成されます。二人は同じアンダルシア地方カディス県(Cadiz)の出身。アントニオはチクラナ(Chiclana de la frontera)、ヘススはヘレス・デ・ラ・フロンテーラ(Jerez de la fronera)が地元です。アントニオ・レイは、カンタオールのハリート(Jarrito)やパンセキート(Pansequito)と、ヘススはパケーラ・デ・ヘレス(Paquera de Jerez)との縁戚関係があるとのこと。年齢はアントニオの方がヘススよりも10歳上ですが、二人共これからのカンテ界を支える期待のサラブレッドと言えるでしょう。(写真左から:マヌエル・バレンシア、ヘスス・メンデス、アントニオ・レジェス、アントニオ・イゲーロ)DSCN1405.JPG
会見で、アントニオは、今まで何度もビエナルでは歌ってきましたが、ロペ・デ・ベガ劇場でのビエナル公演は初めてということで、本番をとても楽しみと話していました。アーティストにとって、ビエナルに出るということは名誉なことなのでしょう。それもきちんと名前を掲げての公演だからこそ。コンサートはそれぞれの"アカペラ"から。カンテ・デ・トリージャ(Cante de Trilla)と呼ばれる曲種でギター伴奏を伴いません。トリージャとは脱穀。農作業労働の中から生まれた民謡的なもので、のちにフラメンコ化して今ではフラメンコの曲種の一つとなっています。お互いの熱唱に呼応するように、コンサートが進むほどに良いところが引き出されていきました。良いライバルの存在は才能をさらに伸ばすチャンスなのでしょう。若手フラメンコピアニスト、セルヒオ・モンロイ(Sergio Monroy)の伴奏での歌唱も素晴らしく、とても質の高い正統派カンテコンサートを堪能しました。(写真右:会見でのアントニオとヘスス)

舞台写真 Fotos de espetaculos : Antonio Acedo La Bienal Oficial
その他写真 Otras fotos : Makiko Sakakura

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