"フラメンコ"というと「踊り」というイメージが強いのですが、この秋、来日していたフラメンコギタリスト、カニサレスのコンサートツアーの様子を何度か観る機会を通じて、フラメンコは音楽としてもっと日本で楽しんでもらえるのではないかと改めて感じました。そもそも、フラメンコに関する仕事を始めたのも「Flamenco es musica」(フラメンコは音楽)ということを知っていただきたいと思ったから。
フラメンコでは、踊りも音楽です。サパテアード(足で鳴らす音)はもちろん、手や身体の動きから生まれる音も音楽の一部。カンテ(歌)のスペイン語の意味が分からなくても、ギターやピアノと同様、声で表現される歌を味わうことはでき、一流のカンタオール(歌手)の歌声は何かを伝える力を持っています。そして伴奏のギターにも心を掴むファルセータを聴くことができます。これからも、フラメンコには「踊る」「観る」だけでなく、「聴く」楽しみもあるということが、もっと広く知られることを期待したいものです。
では引き続き、今年のフラメンコ・オン・ファイアー(Flamenco On Fire)での公演を取り上げながら、スペインやフラメンコについてご紹介していきたいと思います。(写真:ペーニャ"カサ・サビーカス"内のバル)
海外の公演では、公演に先立って、前座的にプレセンターが舞台に登場して、ちょっとした話や公演やアーティストの紹介をするというのを目にすることがよくあります。近年、日本でも公演の前にプレトークを入れることが増えてきましたね。フラメンコ・オン・ファイアーでは、毎公演ごとに任命されたプレゼンターが登場します。2年前に声をかけてもらったのですが、フェスティバル参加初年度で要領が分からず引き受けられなかったので、今年は取材させてもらうフェスティバルへの感謝を込めて務めさせていただきました。(写真:前日のトマティート公演開始前の大劇場バルアルテの舞台)
フェスティバル5日目の大劇場での公演は、バイラオーラ、エバ・ジェルバブエナ(Eva Yerbabuena)。来日回数も多く、日本でもファンの多いアーティストです。舞台上でスタンバイするアーティストと達と挨拶を交わし、舞台の幕から出るとそこには満席の約1500人の観客。外国人として訪れるこのフェスティバルの魅力、エバの表現には彼女独自の「言語」があること、その言語を理解し、表現できる素晴らしい共演者の紹介を述べるだけであっという間に持ち時間はいっぱいになり、公演を紹介して客席へと戻ると幕が開きました。
公演作品は「Carne y hueso(カルネ イ ウエソ)」。直訳すると「肉と骨」ですが、スペイン独特に言い回しで、意味は「生身の?」となります。ちなみに「Carne y hueso」を英語で言うと「Flesh and blood」=「肉と血」。骨が血に入れ替わっています。「血の通った」「骨の髄まで」など、日本語でもこれらの言葉を使った言い回しがあるように、"血・肉・骨"の意味するところは、何か本質的なもの、持って生まれたものを指しているように思えます。
エバが「Carne y hueso」と名付けたこの作品。バイレ(踊り)は、エバと5人の男性バイラオール。いずれも、エバの舞踊団メンバーとしても鍛え上げられたことがあり、各所で活躍中の面々。アンダルシア舞踊団の後、ソロとしても活躍中のダビ・コリア(David Coria)、ラ・ウニオンのコンクールで優勝したフェルナンド・ヒメネス(Fernando Jimenez)、今年のビエナルではパトリシア・ゲレーロの公演にも登場したアンヘル・ファリーニャ(Angel Farina)、小島章司氏の作品にも出演していたクリスティアン・ロサーノ(Cristian Lozano)、ファルーコからフラメンコを学び、その後スペイン舞踊も身につけ、スペイン国立バレエ団で活躍したマリアノ・ベルナル(Mariano Bernal)。
オープニングからしばらくは、この5人のバイレ。ソロパートあり、見事な連携あり。エバの高度な「言語」を踊ることができる高度なテクニックと同時に個性も持ち合わせたバイラオール達なので、一人一人、誰を見ていても楽しめます。その中でも、今回は特に、フェルナンド・ヒメネスのバイレが目を引きました。ピエロの格好で、パントマイムの動きを取り入れ、チャップリンを思わせるチャーミングかつ哀愁を帯びたバイレを披露しました。
公演の内容は、今までの作品の中でエバが踊って来たレパートリーが随所に見られ、それをエバではなく、別のバイラオールが踊る場面もあり、懐かしさと新しさの同居する作品。"生身"のエバのフラメンコをストレートに楽しめる構成で、エバのバイレも、いつものようにカリスマを感じさせるオーラに溢れていました。ピナ・バウシュや多文化舞踊のエッセンスも取り入れているエバですが極めてオーソドックスなフラメンコから、最近のエバらしい音楽と動きのものまで、曲ごとにエバワールドを展開して行きます。最後は、闘牛士のように短いジャケットをきたパンツ姿でのアレグリアス。エバの作品には欠かせない、パコ・ハラーナ(Paco Jarana)のギター、アントニオ・コロネル(Antonio Coronel)のパーカッションとの絡みも絶妙で、まさに「安定の」という言葉が似合うバイレ公演でした。
その安定を裏打ちする立役者が、カンタオール(歌手)の3人。ホセ・バレンシア(Jose Valencia)、セグンド・ファルコン(Segundo Falcon)、そしてミゲル・オルテガ(Miguel Ortega)。3人ともソロでもアルバムも出し、コンサートも高く評価されている超実力派。豪華なラインアップです。実は、この作品のこれまでの歌担当は別の3人。公演後に知ったのですが、この作品は初めてなのに、ほぼリハーサルなしでの本番だったとのこと。しかし、今回の3人は、エバにもう何年も、セグンド・ファルコンに至っては何十年も歌っているベテラン。当日の打ち合わせだけでも、エバ独特の"間"、感情の行方を見事に掴んだカンテで、作品を見事に完成させました。「彼女の姿が見えなくても、息遣いや音で次にどう出るか分かるんだよ。僕らは彼女のコードを熟知してるから。」と言う3人。これができてこそ、本物のフラメンコアーティストです。赤いドレスのエバが3人のカンテで踊ったソレア(曲種名)は、「こういうフラメンコが観たかった!」と思える迫力のあるものでした。その様子は下記のビデオで一部ご覧いただけます。
全てが台本通りではない、むしろ台本のない芸術であるところに、フラメンコの魅力があるのです。
写真/FOTO : Copyright to JAVIER FERGO/ FLAMENCO ON FIRE
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