さて、これからしばらくは、毎年恒例のヘレス・デ・ラ・フロンテーラからのフェスティバル情報が中心となります。出演者名など聞きなれない言葉もたくさん出てくるかもしれませんが、今、首都マドリードから飛行機で一時間ちょっとのアンダルシアの村で、こんなフラメンコの祭典が開催されているんだな、と眺めていただければ幸いです。まずはフェスティバル初日。メイン会場のビジャマルタ劇場では、エバ・ジェルバブエナの新作「アパリエンシアス(Apariencias)」が公演されました。
この作品はこのフェスティバルが初演。エバ・ジェルバブエナは来日公演も比較的多く、出生地はドイツとなっていますがグラナダ出身の現代フラメンコを代表する女性ダンサー(バイラオーラ)です。「彼女に任せればクオリティもそして公演の成功も間違いない」とフェスティバル主催者も自信をもってプログラムしたとのこと。そして、その期待を裏切ることなく「エバらしい」深く、ハイレベルな公演となりました。
冒頭真っ赤なドレスを着たダンサーが舞台中央の奥から登場。当然観客はエバだと思ったのですが、なんと頭がスキンヘッド!そして、体つきも一回りがっしりと大きく見えるのです。近年は男性ダンサーがスカートを着けて踊ることは珍しくないので、「あれ?別人」と一瞬思わせるのですが、動きはエバ。そして女性の体。そう、紛れもなくそれはエバでした。しょっぱなからタイトルの「アパリエンシア=外見」に通じる何かを感じさせられました。
エバに続き、バイラオール達(男性ダンサー)の登場。エバ独特の高度な振り付けを見事にこなす実力者ぞろい。アンダルシア舞踊団で昨年も来日しているダビ・コリア(David Coria)。フェルナンド・ヒメネス(Fernando Jimenez)は、このフェスティバルでこれから上演されるロシオ・モリーナの新作「ボスケ・アルドラ(Bosque Ardora)で超難関バイレをこなしているダンサー。そしてクリスティーナ・オヨス舞踊団やアンダルシア舞踊団にも在籍した経験があり、小島章司氏とハハビエル・ラトーレの公演「セレスティーナ(Celestina)」「ファトゥム(Fatum)」に出演していたアンヘル・ファリーニャ(Angel Farina)。特にダビ・コリアは、アンダルシア舞踊団のツアーや新作のリハーサル、さらには数日後にアナ・モラーレスの舞台への出演もある中、一体どうやったらこれだけのものが頭と体に叩き込めるのか!?(まさに「びっくりぽん!」です。)
三人とも上半身裸。その見事な筋肉、鍛え抜かれた体は衣装をつけるよりも美しく、またもや外見にかなり気を取られてしまいます。が、その力強い肉体とは裏腹に何かに畏れ、翻弄されるような表現。そして、もう一人のバイラオール、クリスティアン・ロサーノ(Crisitian Lozano)も登場。黒のパンツ一枚。外見を飾るもの、何もない素の姿で登場。そして手に持つ白い布には様々な民族がプロジェクションで映し出され、一体彼が何者なのか分からないながらも、何か力をもっているような不思議な雰囲気を醸し出していました。ゲストカンテとして参加のホセ・バレンシア(Jose Valencia)歌声も作品に重さを与えてました。
今回は、フラメンコのカンテ(歌)以外に、ギネア出身のソウルボーカリストのアラナ・シンキー(Alana Sinkey)が参加。幻想的で美しい声が響きました。ギタリストは、パコ・ハラーナ。作品の作曲も担当し、「パコの音楽無くして、エバの作品はない」とエバも会見で話していました。
アラナの声が響き、やがてパコのギターが始まると、黒の衣装で再び登場したエバは、スキンヘッドから撫でつけの短髪に。そして、その後も登場するごとに少しずつ髪型が変化していき、最後のソレアを踊る時にはいつものエバ、女性バイラオーラらしいまとめ髪に戻っていました。これも、エバが何かを意図したところでしょう。
激しいマントンさばきでのペテネーラ。ベテネーラは、死や災いを呼ぶ不吉な女性を歌った曲種。特に、ヒターノ達の間ではその名を口にするほど忌み嫌われていました。特にここヘレスはヒターノのフラメンコアーティストの多い土地。以前は野外フェスティバルで歌うと嫌がる聴衆もいたほどの曲です。黒地に白の刺繍の入ったマントン。それが仮面をつけたダンサーとの絡みの間に、黒地に黒刺繍に取り替えられます。ホセののびのある声とともにエバのバイレが続き、やがて照明が美しいブルーに変わり、真っ黒な衣装が輝くブルーに見えてきます。そして、マントンももとの白刺繍のものへ。
エバの衣装はいつものロペス・デ・サントス(Lopez de Santos)。彼女のこだわりをしっかりと理解した担当者によって作られています。そして、照明、音響、そしてもちろん共演者も自分の作品の質を高めるためにすべてのエレメントが非常に重要だと会見でも言われていましたが、そのこだわりを十分感じられました。今回は初演でしたが、秋にセビージャに行われるフェスティバル、ビエナル・デ・セビージャでの再演では、さらに完成度が上がっていることでしょう。
アパリアンシアスという作品を締めくくる曲はソレア。ソレアはフラメンコの数ある曲種の中でも、カンテの母と言われる大切な曲。歌詞の内容も深い悲しみや孤独、痛み、苦しみを歌ったものが多いのが特徴です。代表的な曲だけに踊られることが多いのですが、たとえ歌詞の内容が分からなくても観ているものの心をつかむソレアを踊れるようになるのは非常に難しいことです。エバのソレアは、外に向かって発散するダンスではなく、内面からこみ上げてくるものの昇華のような、なにか荘厳なものを感じさせるように思います。緑の衣装でトラディショナルなバイラオーラの姿をしたエバが、エバ自身のソレアを踊る。最後は外から見えるものと真の姿が限りなく近づいたように見えました。後半の1分はこのソレアが見られるこちらの映像もどうぞ。
"外に現れているものと中身が一致するということはない(例外や実際分からないものあるということも含めて)ということについての深い考察から湧いてきた印象を集めた"のがこの作品。エバは彼女独自の「言語」で表現していて、観ている側は、作品の各場面にちりばめられた要素が何を表しているのか、彼女の意図通りに捉えることは難しいこともあるかもしれません。しかし、人の心はそれぞれ違うもの。以前インタビューをさせていただいたときにも、自分は自分の言語で表現するけれど、観客も自分の感性で自由に感じてくれればいいというようなことをおっしゃていたと記憶しています。誰にでも分かりやすい「言語」で表現することも一つの方法ですが、芸術を深めていくにつれて表現者として、より多くの、そして自分自身のボキャブラリーが増えていくのでしょう。もちろんこれは、基本の言語を完璧にこなせるレベルの先にあるもの。原点も制することもできていないのに「これが私のスタイル」と煙に巻くのとは違います。だからこそ、芸術として認められ、アーティスト自身も進化していけるのだと思います。
初日の2公演目は、地元のカンタオール(男性歌手)、ダビ・ラゴス(David Lagos)のコンサート、「クラシコ・ペルソナル(Clasico Personal)。深夜0時開演にもかかわらず、満員の客席です。前回の記事でお知らせしたように、クラシックなカンテを何曲か取り上げて歌っていきました。オープニングはバイオリンの音色から。そして、クラシックなタッチのギターがマノロ・フランコ(Manolo Franco)によって奏でられ、ダビがマラゲーニャを歌い出しました。フラメンコのカンテには、フォルクローレから発生したものもあります。マラゲーニャは歌い終わると続いてフォルクローレ起源のファンダンゴという曲種、その中でもマラガのファンダンゴ(ファンダンゴ・アバンドラオ/ベルディアーレス)を歌います。ベルディアーレス(Verdiales)は、元はギター、バイオリン、弦楽器、打楽器などでグループを組み、独特のカラフルな衣装で踊っていました。コンサートの中では、ベルディアーレスが始まると、民族衣装に打楽器の一つパンデーラ(タンバリンのような楽器)を手にしたドミンゴ・ロメロ(Domingo Romero)が登場し、見事にリズミカルなパンデーラ・テクニックを披露しました。
エバのところでも出てきた「ペテネーラ」は、このコンサートの中でも歌われました。それも色々な形式で歌っていくのです。オーセンティックなギターとカンテというスタイルから、ゲスト・バイラオーラのベレン・マジャ(Belen Maya)による黒のバタ・デ・コラ(裾が長いドレス)でのバイレ。そしてアラブ色の入ったスタイルや本来暗い曲をリズムをはっきりさせたやや長調なバージョン。さらにはホタ風にベレンとダビが踊る場面もありました。同様にアレグリアスも、様々なアレンジで披露。時代や歌い手によってスタイルを変えながらも、その曲のもつ本来の響きを失わないフラメンコの曲の世界を表現していました。
ギターはセビージャから二人の個性的なアーティスト。トラディショナルなフラメンコギターを代表するマノロ・フランコとバリバリのヒターノ色の強い個性的なエミリオ・カラカフェ(Emiio Caracafe)。二人をうまく使い分けて進行。
さらに、19世紀半ばに発生したと言われるリビアーナ(Liviana)。シギリージャというよく知られている曲種に似ていますが、ギターなしのアカペラで歌われていたこともあり、シギリージャよりもっとメロディーがはっきりしていて歌の内容もドラマティックと言われています。じっくりとトラディショナルなスタイルで聞かせ、ダビの声がよく活かされていました。
そして、ゲストのベレン・マジャのコケティッシュでチャーミングな魅力炸裂のバイレが加わったマリアーナ(Mariana)。タンゴやティエントスという曲種と同じリズムのグループのノリのいい曲です。歌詞はヒターノの生活を歌ったものが多く、ハンガリーから来たマリアーナという名の女の子の名が出てくる曲からその名前がつけられたとも言われています。ちょっと現代風のヒターノファッションのベレンが踊る様子もこのビデオの後半でご覧いただけます。イスラエル・ガルバンの作品でヒターノを描いて話題となった「ロ・レアル(Lo Real)」に出演していた時のベレンを思わせる動き。超トラディショナルなものから、こんな現代的なバイレまでこなせる魅力あるバイラオーラです。両親は、共に歴史に名を残したフラメンコダンサーのマリオ・マジャ(Mario Maya)とカルメン・モラ(Carmen Mora)。しかし、血筋だけではない彼女の才能と研究熱心さで、個性的なバイラオーラとしてエバ同様に現代フラメンコを代表するアーティストの一人となっています。
前作の「Made in Jerez」とは趣の違った作品で楽しませてくれたダビ・ラゴス。フラメンコのカンテの歴史と奥深さと共に、自分、そして共演者たちのパーソナリティーもうまく引き出したコンサートでした。映像はこちら。
二日目の19時からは、ウエルバ出身のバイラオール、アントニオ・モリーナ"エル・チョロ"の公演。タイトルの「Aviso"Bayles de Jitanos"」は、同郷で今回監督を任されたラフェエル・エステべ(Rafael Esteve)が18世紀に書かれたものから取ったもの。そのため、バイレやヒターノの綴りが現代と違っています。エル・チョロは、バイラオールだった父やマノロ・マリンから踊りを習った後、14年間セビージャのクリスティーナ・エレン財団で学び、そのほかに、エバの舞踊団ほか多くのキャリアを積んできました。最近ではビセンテ・アミーゴのツアーにも参加しているようです。そしてこの作品が初の看板公演。
スペインでは舞台を作る時、主役の意向はもちろんですが、舞台構成や美術、衣装など舞台造りのために専門スタッフが加わって意見が交わされます。フラメンコに精通した人材の豊富なスペインだからこそできることではありますが、主役の踊り手が何から何までやっていては、自分のアルテに集中できないのは当たり前です。今回も過去に多くの大きな舞台経験があるにもかかわらず、制作にはすでに自分のカンパニーで何作も手がけているラフェエル・エステべを呼んで作ることによって、役割分担ができたおかげで、より自分のナチュラルなバイレを引き出してもらえているように感じました。
力強いブレリアから、ふっと抜けてテンポを緩めたりと、フラメンコ独特の「ペジスコ(きゅっとつねられる感じ)」もあり、ギターのヘスス・ゲレーロ(Jesus Guerrero)、フアン・カンパージョ(Juan Campallo) とのコンビネーションもばっちり。迫力のある男性三人のカンテも聞き応えがありました。そして、地元ヘレスのバイラオーラ、ヘマ・モネオ(Gema Moneo)のとってもフラメンコなバイレにも注目が集まっていました。映像はこちら。
ビジャマルタ劇場では、地元のスター、アントニオ・エル・ピパの「ガジャルディア(Gallardia)」。公演二日前に、この作品を作るきっかけとなったミューズ的存在の女性が急逝したこともあり、記者会見当日が葬儀。サングラスを付けたままでの痛々しい姿で会見場に現れたアントニオ。その影響もあってか、公演の中のアレグリアスなどの明るい曲種には今一つアントニオらしさが出し切れていない印象を受けました。舞踊団メンバーは以前と変わり、若手女性8名。華やかな衣装で彩りを添えました。ゲストには、カンタオーラのエスペランサ・フェルナンデス(Esperanza Fernandez)。そして、ピアニストのドランテス(Dorantes)。1971年にロンドンで開催された第一回国際ヒターノ会議で作られたヒターノの賛歌「Gelem Gelem」では、ドランテスのピアノ、ヒターノの言葉で歌うエスペランサの歌と共に見ごたえのあるワンシーンを作り出していました。最後は長男アントニオ君が登場し、ブレリアを披露しました。映像はこちら。
二日目の最後は、グラナダ出身のカンタオール、ペドロ・エル・グラナイーノ(Pedro El Granaino)。以前、このフラメンコ・ウォーカーでインタビューを掲載してご紹介しました。若手ピアニストの演奏で、まずはカマロン・デ・ラ・イスラ(Camaron de la Isla)の子守唄、ナナ・デル・カバジョ・グランデ(Nana del Caballo Grande)。ペドロは「エテルナ・カマロン(Eterna Camaron:永遠のカマロン)」というコンサートでも歌っており、その程よく削れた声は、往年のカマロンを思わせるものがあります。
続いて、ソレア。若手ながらベテラン風な弾きができるんだとペドロが評していたギタリストの伴奏で歌い上げます。途中、ギターのマイクが外れると、自分のマイクをさっと外して歌うという機転。前方にいたので、マイクを通さない生声のニュアンスも聴くことができました。
舞台上から「あ、ワインでもなんでもいいからアルコール持ってきて」と言うのは、4年前にこのヘレスのフェスティバルで初ソロコンサートを見たときを思い出させた微笑ましい場面。シギリージャ、ブレリアと歌うと、次にゲストのギタリスト、あの人気グループ、ケタマ(KETAMA)のフアン・カルモナ"エル・カンボリオ"(Juan Carmona " El Camborio")が舞台に登場。フラメンコ界では言わずと知れた、ギタリスト、フアン・アビチュエラの息子です。50歳になったカンボリオのギターはさすがに音が違い、思わず聴き入ってしまいます。ギターソロもあり、うれしいプレゼントでした。
そして、同じくグラナダ出身で惜しくも亡くなったエンリケ・モレンテ(Enrique Morente)の曲をペドロが歌い出すと、思わず隣に座っていた青年も小さく口ずさんでいました。どう見ても10代から20代前半。自分の親よりも恐らく歳上の歌手の歌を口ずさめるなんて、フラメンコは世代を超えて愛され、歌い継がれているんだなと感じる一場面でした。コンサートの様子はこちらの映像でどうぞ。
写真:ハビエル・フェルゴ(JAVIER FERGO/ FESTIVAL DE JEREZ)
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