スペインの北、パンプローナでのフェスティバルについてお伝えしておりますが、今回は今すぐ日本でご覧いただけるお薦めのフラメンコをご紹介します。

EPSON001.JPG東京、新宿の伊勢丹会館内にあるタブラオ「ガルロチ」(店舗情報はこちら)で公演中のマリア・モレーノ(Maria Moreno)のグループ。既に8月26日から公演しており、11月10日までと残りあと1ヶ月をきりました。もうすっかり日本の生活にも慣れて、リラックスした雰囲気のマリアにお話を伺い、その後、公演を観てきました。

マリア・モレーノは、来日公演の多いバイラオーラ、エバ・ジェルバブエナ(Eva Yerbabuena)の舞踊団に17歳から10年間在籍。それが本格的なプロとしてのキャリアのスタートだったそうです。
マリア「オーディションに受かって、16歳でセビージャに行ったの。エバの手でこの世界には入れたことは、とても幸運だったと思う。踊りだけじゃなくて、照明や舞台セットから作品づくりのための仕事の進め方、ミュージシャンたちとの関わり方も学べたし、世界各地へのツアーを若いうちから経験することができた。エバの舞踊団での10年間が、今の私の仕事にも生きているわ。」

JAVIERFERGO_MARIAMORENO_05.jpgマリア・モレーノの初ソロ作品は「Alas de recuerdo (日本語で"思い出の翼")」。今年(2017年)のヘレスのフェスティバルでも公演されました。詩の朗読から始まり、シルエットを使ったシンプルな演出。小劇場という限られた舞台スペースながら、厚みのある見応えたっぷりの作品で、活躍の期待される新人への賞も獲得しました。しかし、彼女に観衆がガツンと印象付けられたのは、きっと2015年のヘレスのフェスティバル。カンタオール(歌手)でマリアと同郷出身のダビ・パロマール(David Palomar)のコンサートにゲストとして登場した時のことでしょう。その時の記事はこちら。ちょうど、エバの舞踊団から離れてソロ活動が始まった頃。ワイルドで今にも噛みついてきそうな鋭い目線。そして、若いはずなのに、哀愁、老練さの漂う重みのあるバイレ。その日から、若手バイラオーラの注目株として抜きん出てきました。(写真は2017年のヘレス公演 より。Foto: Copyright to JAVIER FERGO/ FESTIVAL DE JEREZ )

22546807_1353625214763382_1730540248_o.jpgその後、セビージャのタブラオに出演していた彼女に路上でばったり会ったのですが、友人に言われないとわからないほど、可愛い女の子だったのです。ガルロチの舞台でも、オフとは別人のようなワイルドな面立ちで踊る彼女。なんと本人も「踊っている時の写真を見ると、自分じゃないような気がすることがよくあるのよ」と言うほどの変貌ぶり。真のアーティストは舞台上で大きく見えるなどと言われますが、彼女も舞台に上がると何かのスイッチが入ったように切り替わり、観ている私たちをも別の世界に引き込む力があるように感じました。この変貌ぶりも、是非、ご自身の目でお確かめください。(写真はオフのマリア。)

さて、公演です。今回のメンバーは、マリアの他にバイレに、ヘレス出身のサライ・ガルシア(Saray Garcia)、オルガ・ペリセーの舞台にも出演しているフアン・アマジャ"エル・ペロン"(Juan Amaya El Pelon)、歌にサマラ・モンタニェス(Samara Montanez)とヘスス・フローレス(Jesus Flores)、ギターにはホセ・ルイス・メディーナ(Jose Luis Medina)と言う6人構成。

サライとサマラは同じカディス県出身で、一緒に仕事もしたことのある旧知の仲で「家族みたいなものよ!」と。エル・ペロンとはセビージャで知り合ったそうで、この日は足を傷めて休演でしたが「とにかく個性的な踊りなの!復帰したら絶対、観に来て!」と言うほど。ヘススは、今回の日本行きに当たって男性歌手を探していたら、何人もの人から勧められて知り合い、とても満足しているとのこと。ギターのホセは、人気バイラオール、マヌエル・リニャン(Manuel Rinan)の作品でも弾いており、以前、セビージャの自分の仕事でも一緒だったことがあったそうです。

22494727_1353623018096935_674784956_o.jpgショーは二部構成。一部は19時半スタートの1時間で、プログラムは決まっていますが、フラメンコはナマモノ。そして、プロの舞台に即興はつきもの。たとえ同じ曲種を踊っても、他の日と全く同じということはありません。特にソロの場合は、クラシックバレエなどとは違って、決められた振付を守らなければいけないのではなく、その時の気分によるカンテ(歌)の感じ方によって出てくる動きも変わり、歌う方も歌詞を変えることもあり、常に「今」を踊っています。
二部は21時00分から約45分間で、その日によってそれぞれが踊る曲を選んで踊るので、何が出てくるかは当日のお楽しみです。マリアも「二部を自由にすることで、2ヶ月半の間、毎日その日の状態に応じていろんなことができるし、お互いどんなことができるか試したりもできるから楽しいと思うわ。」と。
このタブラオでは、開店から一部が始まる前には1時間半、そして一部と二部の間に30分あるので、その間にスペイン料理やワインがゆっくりと楽しめます。食事のメニューも秋メニューが加わり、開店当時とは値段やシステムも変わって、2部までたっぷりショーが楽しめるようになっています。

オープニングは"ハレオ(Jaleo)"と言う曲種。フラメンコ独特の縦ノリのリズミカルな曲で、観る側もウォーミングアップできる曲です。椅子に座ったマリアとサライ。花を片手にリズムに合わせて回し、それを髪につけ、立ち上がり踊る出すという、まるでスペインのフィエスタのワンシーンのような始まりです。マリアの顔つきは、既にワイルドな舞台のマリアに!そして、最初の突き刺さるようなサパテアード(足で鳴らす音)から、その迫力に圧倒されます。それとは対象的に、柔らかく美しい手、指先の動き。この後のマリアのバイレでも、何度も彼女の手の表現に惹きつけられました。10分間ほどのオープニング。怪我のためバイラオール不在でしたが、それを感じさせることなく、きれいにまとまっていました。

続いて、5分間のギターソロ。フラメンコギターでは名奏者を多く輩出しているコルドバ出身のホセ・ルイス。この日は、鉱山地帯発祥の重めの曲で、一音一音が力強く響く、クラシックギターとは全く違うタッチでフラメンコギターらしさを楽しめました。

22532236_1353387914787112_1583016989_o.jpg次はサライのソロ。通常タブラオでは、歌手は後方で椅子に座り、その横にギター。そして、その前の舞台中央で踊りというのが定番ですが、歌手2人が並んで舞台右手に立ち、その前にギターが座るというクラシックなフラメンコシーンを彷彿させる構図でのソレア・ポル・ブレリア(Solea por Buleria )曲種名)。今回の公演の振り付けで、それぞれのソロについては、曲の選定や始まりと終わりなどの大枠の振り付けはマリアが担当したと開演前に聞きました。この舞台構成にもマリアのセンスが光っています。
サライのバイレは、どこか土臭さを感じさせるもの。土、というのはつまりその土地、彼女の生まれ育ったヘレスを感じさせるのです。小柄ながら、アクセントのはっきりとした力強いサパテアード。日本人にはなかなか出せないいい意味での"おばちゃんっぽい溜め"のあるバイレでした。

5分休憩の後、本来ならペロンのバイレの場面は、サマラがタンゴ(Tango)を歌いました。、踊りもまじえながらのパフォーマンスで見事にペロンの不在を埋めてくれました。本来フラメンコは歌から始まったもの。スペインでは踊りなしの歌やギターのコンサートはたくさんあり、歌を聴いて楽しむというのはフラメンコとしてはごく当たり前のことです。日本ではまだまだフラメンコと言えば踊りというイメージが強くて、音楽が定着していないのは残念な限りです。

一部のメイン、いよいよマリアのソロです。今回の来日で踊る曲は、アレグリアス(Alegrias)。「なぜこの曲を選んだの?」と尋ねると「好きな曲だし、一部では楽しいものをやりたかった。それにバタ・デ・コラ(裾の長い豪華な衣装)とマントン(刺繍の施された大判のショール)が使えて、華やかだし。」アレグリアスの他にも好きな曲種があって、一番好きなのは「タラント」とのこと。それは二部で踊ってくれることを期待しましょう。22497156_1353387118120525_1325472269_o.jpg

ギターの音で、マリアが静かに動き出します。まるで、オルゴールの蓋がそっと開くように。普通のオルゴール人形はチュチュを着ていますが、ここでは、ライトブルーに白の水玉という爽やかな色のフラメンコ衣装に真っ白のマントンのマリア。くるくると、まさにオルゴール人形のような可愛い動きで舞台中央へ。そこでお人形に命が吹き込まれ、アレグリア(歓び)を活き活きと踊り出す...というファンタジーを感じさせるオープニングから始まりました。

フラメンコには多くの曲種があり、それぞれ生まれた背景や歴史があり、曲調や歌詞に込められている感情も違います。アレグリアスは、マリアの故郷であるカディスという港町が発祥とされていますが、内陸のコルドバにもコルドバのアレグリアスがあります。曲調やリズムは同じアレグリアスでも、歌詞の内容や曲の展開、ギターのファルセタなどでその違いが現れます。その他の曲種、たとえばブレリアでも同じようなことが言えます。

22532205_1353387124787191_2032814036_o.jpgさて、マリアの踊るアレグリアスは、アレグリアス・デ・カディス。それゆえ、海を思わせるブルーの衣装を選んだのかもしれませんね。ちなみに、一部の衣装は、ソニア・ジョーンズのもの。マリアの衣装は、デザインだけでなく生地や色もマリアの意見の入った完全オーダーメイドだそうです。二部はそれぞれがスペインから持って来た自前のものだそうです。

女性のバイレの醍醐味とも言える、美しい腕、手、柔らかい指先の動きに関しては、マリアは超一流です。マントンをつかむ時の手ですら、美しい形をしています。何気なく自然にやっているように見える首や体の角度も、実はとてもフラメンコ!プログラムの写真でも分かるように、両肩の角度、腰の位置、体のひねり、肘、首の角度、重心のかけ方、etc。これらが、フラメンコ舞踊のポジションになっているからこそ、その踊りがフラメンコと呼べます。

マリアのコンセプトは「伝統」を守ること。そして、元来のフラメンコを蘇らせること。その言葉通り、マリアの踊りを見ていると、ふと昔のフラメンコ映画のワンシーンを見ているような気持ちになります。ということは、過去の映画を見る機会のない人は、この機会に彼女を通して伝統的なフラメンコに触れることできるので、本物のフラメンコを知るという意味でも是非観ていただきたいアーティストです。

22497320_1353387121453858_1975376286_o.jpg真っ白なマントンを大きく自在に操っての踊り、これも簡単そうに見えて実は大変な技です。マントンには刺繍とフレコ(房)がついていますから、かなり重量があります。衣装のバタ・デ・コラの裾さばきにも注目してください。マリアのアレグリアスの中では、ゆったりと裾を舞わせる動きが多く見られますが、裏にはフリルがびっしりとついた重い"尾っぽ"を綺麗な曲線を描かせながらふんわりと動きを制御し、美しい形で止めるのは、えいっと蹴り上げて着地させることよりもずっと難しい技です。一般的にダンスでは、とかく早い動きや大きな音に拍手が起きがちですが、ゆっくりな動きで美しくやることこそ難しく、そこに差が出てくるものです。約10分間のバイレが終わると、また最初のようにくるくると回り、お人形はオルゴールの中に戻っていくような演出。まるで『ナイトミュージアム』のようでした。

22532195_1353387111453859_963546701_o.jpgこの日の二部では、ソレアからソレア・ポル・ブレリアを踊りました。通常、この二つの曲は別々に踊られ、最後はブレリアというテンポの早い曲で終わるのですが、今回はソレアの後、少しそれよりもテンポアップされるソレア・ポル・ブレリアで終わるという構成。早いブレリアを踊る気分ではなかったからと。一部のアレグリアスとはガラリと変わり、黒の衣装で、ソレアという曲種の持つ深さ、荘厳さを表現しました。カンテ(歌)をリスペクトし、歌がメインの場面ではブラセオ(腕の動きのこと)で音楽に寄り添い、サパテアード(足のステップ)が入る場面での爆発力は、往年のファルーコらの大御所のソレアを思わせます。静と動の見事なコントラストにも伝統的なフラメンコの持つ魅力を大切にするマリアのバイレの特徴が見られました。

日本での公演はあと1ヶ月を切りましたが、スペインに帰るとすぐに次の公演の準備に取り掛かりたいと意欲的に語ります。
「私は今の自分を伝統的なバイレを踊るバイラオーラだと思っています。今現在、私がやりたいと思ってやっているのは伝統的なバイレを守ること。良いところを残し、守っていくこと。それとは全く逆に、現代的なバイレを創造している人たちもいて、それに対して興味はあるし、積極的に観るようにしています。でも、今の私は伝統的なバイレが好き。バタ・デ・コラやマントンを使った女性のバイレも大好きだし。ある日突然、方針転換する日が来るかもしれないけど、今はこの道を進もうと思っているわ。」

次回作品についての話の中では「派手な舞台装置や装飾よりも「人」に投資したい。」という言葉が印象的でした。経験豊かな人、自分をよく知っている人を使うことで、自分の良さをもっと引き出せる演出を得られ、それが良い作品づくりに繋がるからと。確かに、他人の経験から得られる恩恵や信頼、助言は、お金さえ出せば誰にでも手に入るというものではありません。次回作では、彼女がフラメンコ人生の中で出会ったビッグネームたちのサポートが得られるとのこと。スペインでの活躍がますます期待されます。

22532344_1353387931453777_1793418135_o.jpgマリアの踊りはスペインでも観ましたが、日本での踊りぶりに違いは全くありません。むしろ、彼女自身の次のステップのためにも、日本での毎日を丁寧に踊っている印象を受けました。ガルロチでの仕事について尋ねると「いつも自分を観に来てくれる人がいる。「あなたの踊りを見られてよかった。日本に来てくれてありがとう!」と声をかけてくれる人もいる。お客さんとのいい関係もできて、とても満足している。」と話してくれました。観客の目を意識して、期待を裏切らない公演を最後まで続けてくれることでしょう。

最後に、日本の生活について。「とにかくなんでもあるからびっくりした!食べ物、お店、観光スポット...あまりに多すぎて、日本に来たらゆっくり次回作の構想でも練ろうと思っていたのに、とんでもない!(笑)毎日、大忙しよ。生魚は苦手だけど、餃子、焼肉、それと枝豆!日本で足りないものと言えば、「ピコ(スペインのバルで出てくる固いスナック)」だけよ。タブラオも踊りやすい舞台で、音響も照明も私たちの即興にもバッチリ合わせてくれて、素晴らしいし、メンバーのみんなも満足してるわ。」と。(しかし、後日、「新宿で"ピコ"が売っているのを見つけた!」と嬉しそうに話していたので、今は100%満足してくれていると思います。)

間近で彼女のバイレに触れ、終演後に気軽に接することができるのは、今のうちかもしれません。日本ならではのこのチャンスを活かして、多くの方に本物のフラメンコと良い出会いをしていただきたいと思い、マリアのグループをご紹介しました。

写真/FOTO : Copyright to Kana Kondo / Tablao Garlochi
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