へレス・デ・ラ・フロンテーラのフラメンコフェスティバルの良いところは、公演会場がほぼ全部徒歩圏内にあること。19時、21時、24時、1時と劇場やペーニャでの公演が連日行われているが、それに加えてフラメンコの各種レッスン(踊り、ギター、パルマ、歌)にも参加していると、一日があっという間に過ぎていきます。(左写真:ロサリオ・トレド)

中盤に入り、やはり一番印象的だった公演は、昨年のビエナル(セビージャのフラメンコフェスティバル)で最優秀作品賞が授与された「アレルヤ・エロティカ(Aleluya Erotica)」。以前このコーナーでも取り上げましたが、今回は会場の中でも小ぶりな舞台サラ・パウルでの公演。(右写真:ホセ・バレンシア、ロサリオ・トレド)JAVIERFERGO_ALELUYAWEB_1.jpg
出演者はバイレのロサリオ・トレド(Rosario Toledo)、カンテのホセ・バレンシアJose Valencia)、ギターのダニ・メンデス(Dani Mendez)と3人だけですが舞台セットが組まれるため、果たしてどうなるのか?奥行きも幅も本来の半分。ホセの声量や三人がすれ違う場面のスムーズさを考えると、大劇場で観たかった感は否めませんが、アーティスト達はいつもながら、いやそれ以上に熱演。ロサリオがワイングラスを置く場面では力余ってグラスが割れたほど。しかし、まるでそれも演出かのように見せるところはさすがアーティスト!お金目当てに結婚したベリーザとただ結婚ということだけを目的に彼女を迎えた初老のドン・ペルリンプリン。しかし、予期せぬことに彼女への欲望が芽生えますが、ベリーザには全くその気なし。そこで起きるロルカならではの悲喜劇とその顛末...。ビエナル時よりもさらに"エロティカ"になったベリーザに、ますますドン・ペルリンプリンは叶えられぬ愛に苦悩していました。「毎回公演するごとに、ベリーザの中に新しい発見がある」と語るロサリオ・トレド。まさに当たり役になりそうです。戯曲を扱いながらもフラメンコから外れない演出もさすがです。
JAVIERFERGO_LARAWEB_1.jpgこのサラ・パウルでは地元へレスのギタリスト、サンティアゴ・ララ(Santiago Lara)のコンサートや振付家フアン・カルロス・レリダ(Juan Carlos Lerida)演出の舞踊作品「EN MIS CABALES」もありました。片足が不自由だった踊り手エンリケ・エル・コホ(Enrique el Cojo)、盲目の歌手ニーニャ・デ・ラ・プエブラ(Nina de la puebla)、そしてエル・ミラシエロス(El Miracielos)、エンリケ・エル・ホロバーオ(Enrique el Jrobao)ら障害を持ちながらもアーティストとして名をなしたフラメンコの先人たちへのオマージュを込めてつくられたもので、舞台にはダウン症の二人の踊り手も立ちました。(写真左:サンティアゴ・ララ)

JAVIERFERGO_DE_CAL_VIVAWEB_7.jpg大劇場のテアトロ・ビジャマルタでは、地元のマリア・デル・マール・モレノ(Maria del Mar Moreno)の公演「DE CAL VIVA」。この日はフェスティバル一週目と二週目の狭間の日。このフェスティバル主催のクラスを受講するとビジャマルタ劇場での公演の座席が生徒には自動的についてくるので、会場の約4割が埋まります。しかし、この狭間日はそれがないため、会場はチケットを自ら購入してきた観客ばかり。それだけに期待は高まります。その場でのマリアの大挑戦。「男になんか頼らずに生きていく道を探すのよ!」の声の後に現れたマリアはがんじがらめに縛られ、自由を失った黒装束の女。そして曲はヒターノの世界では不吉な歌とされている「ペテネーラ」での幕開け。カンテのゲストにはマカニータが登場。終始一貫してフラメンコの曲種の中でも重く暗い曲を使った作品。「もし私が男に生まれていたら...」そう言いながら、苦境、絶望の淵に立った時に湧き起こる力を振り絞るように踊っているようでした。(写真は上です)

JAVIERFERGO_ENCLAVEDE6WEB_5jpg.jpgビエナルに続きペアを組んでのハビエル・バロン(Javier Baron)とエスペランサ・フェルナンデス(Esperanza Fernandez)の公演「EN CLAVE 6」。ギタリストのマノロ・フランコ(Manolo Franco)も加わり、ホセ・ルイス・オルティス・ヌエボ(Jose Luis Ortiz Nuevo)氏の脚本&監督で、平穏、満足、悲しみ、歓喜、諦め、出会いという6つの人間の状態や感情をフラメンコで"自然に"表現した作品。マノロ・フランコの優しいギターとハビエル・バロンの小粋なバイレを堪能しました。(写真左:ハビエル・バロン、マノロ・フランコ、エスペランサ・フェルナンデス)
小劇場のサラ・コンパニアでの公演は、その前後の公演に客足を左右されやすいように思われます。19時からの公演やビジャマルタ劇場公演がない日の21時公演はほぼ満席。一方、0時開演の公演はペーニャやその他のイベントと重なることや午前中のクラスをとっている練習生には体力的に厳しいせいか、観客が少ないのがやや残念です。そんな中、見事に咲いていたのは0時公演のマカレナ・ラミレス(Macarena Ramirez)。「黒木メイサ フラメンコ」の番組の中で、スタジオのドアを開けて迎え入れたあの美少女です。20歳になった現在は、マドリードで大学に通いながらサラ・バラスやアントニオ・エル・ピパ舞踊団で活躍中。百聞は一見にしかず、ですので写真をご覧ください。(写真右です)JAVIERFERGO_MACARENAWEB_5.jpg
そしてもう一人注目したのが、マヌエラ・リオス(Manuela Rios)。セビージャで教授活動にタブラオ出演(エル・アレナル、ロス・ガジョス、カサ・デ・メモリア)とまさにフラメンコ従事者の彼女の公演がありました。ドランテスのコンサートツアーに出演するなど、その実力と美貌はさることながら、フラメンコならではの杓子定規にはまらない熱い表現力。右下にご紹介している一緒に踊るコンテンポラリー系のバイラオーラとの1ショット(左がマヌエラ)。どちらがいい悪いというのではなく、違いがよく分かると思います。マカレナとマヌエラの二人に共通しているのは媚びないバイレ。美しさの中にも凄味のある力強さを感じます。JAVIERFERGO_MANUELARIOSWEB_2.jpg

フラメンコは自由で個性を否定しない芸術。そして年齢や体型に関係なく習ったり、楽しむことができます。しかし、舞台に立つアーティストには修行や鍛錬以外に持って生まれた資質と才能が求められると言われます。フラメンコでは「ぺジスコ(ぎゅっとつねられる感覚)」という言葉がよく使われますが、そのぺジスコを観ている人の身体に触れずして感じさせるということは、意図してできることではありません。生まれながらにもつ"何か"によって放たれるオーラをまとったアーティストの公演は、一日の疲れをも取り去ってくれます。
ちなみに、このマヌエラ・リオスの公演日は、4時間のフラメンコ講習を受けた後、セビージャに行き、別の公演を鑑賞。その後、へレスにトンボ帰りして24時からの公演を観ました。フラメンコ・ウォーカーならぬフラメンコ・ランナーな一日。くたくたのはずがセビージャで観たエル・カルペタ(EL CARPETA)のエネルギー弾ける踊り、そしてへレスでのマヌエラ・リオスのぐっと来るソレア(フラメンコの曲種)のバイレで逆にエネルギー補給ができました。

フェスティバルも残すところ3日。この滞在中に取り上げきれなかった公演が多々ありますが、折を見ていくつかはご紹介していく予定です。


パソコン環境上、スペイン語表記の箇所で適切なアクセント記号が表示されておりません。ご了承ください。

FOTOS:Festival de Jerez /Javier Fergo

3つの壁の乗り越え方

【フラメンコに行き詰まりを感じている方へ】

フラメンコ(カンテ/踊り/ギター/他)が難しい...
先行きが見えない...
壁を感じている...