前回ヘレスに触れたので、そのままフラメンコの核心に突っ込むため、近作「へレス・アル・カンテ」(2012)をご紹介! アグヘータ、カプージョ、トルタ――昔日のフラメンコを体現する、現役のツワモノ達が勢ぞろいの豪華な企画アルバムだ。カンテ入門篇としても最適な一枚である。

 スペイン北部バスク地方のビルバオ貯蓄銀行(BBK)の執念で実現したこのアルバムは、現地でも大人気で品薄が続き、ようやく最近手に入るようになってきたらしい。BBKは特にフラメンコに熱心な銀行で知られ、「シクロ・フラメンコ(フラメンコ・サークル)」というコンサートシリーズの企画もする。
 さて、このアルバム最大の聞き所は、マヌエル・アグヘータだ。
"ジプシータイフーン""最後の野性"との物騒な異名を持つアグヘータは、ヘレスのロタ郊外の野原の一軒家で、半自給自足で暮らす(この辺は妻で日本人の佐藤花那子さんの著書「モーロ人は馬にのって/解放出版社」に詳しい)。
 破天荒な言動・行動はつとに有名だが、何よりこの規格外のカンテを感じてほしい。70歳を超えたというが、ときに狂気をはらみ、暴力的で、しかし鋼(はがね)の芯が一本通ったプーロ(純粋)な世界は唯一無二だ。他のカンタオールとは根本的に生き方が違う。それが声へはっきりと表れるのだ。ファンダンゴもシギリージャも、そしてロンダ・デ・トナー(全員が次々とトナーを歌い継ぐ形式)でも、その差は歴然である。人生がくっきりと透けるカンテは恐ろしい。
「24金(24 quilates)」というエンリケ・メルチョール伴奏のアルバムもオススメだったが、試聴したきりいつの間にか廃盤になってしまっていた。どなたか譲ってくれませんか? ご連絡は(nakaya123@hotmail.com)までお願いします。お礼は、立ち飲み屋かバーで一杯とか二杯とか三杯とか・・・。
 さて、もう一人はカプージョ・デ・ヘレス。最近はニーニョ・ヘロとのコンビであちこちでツアー中(筆者も今年は二度見た)。狷介なマヌエルと違った、軽妙で泥臭く、自由闊達でアナーキーな豪炎を吐く。しかもここまでソニケテ(リズムが生むノリ)を感じる唄い手は、故チャノ・ロバートぐらいしか思いつかない。本作ではティエント・イ・タンゴ、ファンダンゴなどを唄う。
 さらに、前回ご紹介の「アル・アイレ・デ・ヘレス」に登場した御三家の実力者たち、フェルナンド・デ・ラ・モレーナ、ルイス・エル・サンボ、マヌエル・モネオ、エル・トルタらが、それぞれ1~3曲ずつ唄っているのだ。
 このCDの副題はV.O.R.S.、つまり―Very Old Rare Sherry―の頭文字で、とても古い稀少なシェリーのような、味わい深いカンタオールたち、という意味らしい。が、そのものズバリを合わせて飲んでも能がない。
 深夜、新宿歌舞伎町の酒屋のラムコーナーで、今月限り1000円引きの一本を見つけて買い、その場で開けて飲んだ。若い女性店員にも振舞ってみると、目を丸くして「こんなの初めて飲んだ!」と感嘆の声をあげる。そこへ知り合いのバーの男が買出しに訪れたので飲ませると、「うめえ」と叫び、試飲用のプラスチックカップを持ったまま「店の客にも飲ませてみます」と帰っていった。
 その酒の名は「モカンボ20年」。珍しいメキシカン・ラムだ。ボトルにアマテという名の樹木の繊維を特殊加工して張り付けてあるのが目を引く。
 彼らは「とても40度あるとは思えない」と一様に言う。確かに。若くギラつく才能も、熟した経験のワザには敵わないときがある。このアルバムはまさにそれだ。

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