サンティアゴ・ドンダイのアルバム「モロンゴ」には、本物の肉体労働者の匂いがする。その匂いに刺激され、つい、強いタバコとウイスキーが欲しくなってしまう。
ひび割れ、かすれ気味だが、しぶとく伸びる太い声。煙と汗の匂いが立ち昇り、まぶたの裏にオレンジ色の炎がゆらめく。そう、サンティアゴ・ドンダイは、鍛冶屋であったのだ。
鍛冶屋はかつて、スペインのヒターノ(ジプシー、ロマ)の代表的な職業であった。時代の流れで減ってしまったが、馬の蹄鉄や鍋、釜などを作る仕事だ。うす暗い小屋の中で、燃え盛る炎を前に一日中、灼けた鉄と格闘するのである。
ドンダイは学校には行かず、8歳から父の鍛冶場に入り、そこでカンテと人生のすべてを学んだという。言うなれば21世紀では絶滅寸前の、フラメンコ純血種であったのだ。
父ホセ・サンチェスは筋金入りの愛好家だった。職業柄マルティネーテ(金床を鉄鎚で叩きリズムをとる唄)やソレア、シギリージャを得意とし、叔父ファラブーも名手だったという。母マリア・サビナは、マヌエル・トーレの流れを汲む、有名な唄い手である。80年代末ごろ、生前のカマロンは好きな唄い手を問われ、ドンダイの名を挙げたという。
だが、ドンダイは終生(死の6カ月前まで)、鍛冶屋で働き続けた。天才肌ゆえ、契約に縛られるプロ活動を好まず、気が向いたときに、好きな場所で、好きなように唄った。
本作はドンダイが、亡くなる一年前(2003年)に残した、唯一のソロアルバムである。録音当時の年齢は71歳。伴奏はヘレスの名手、パコ・セペーロだ。
「ファラブーをやろう、行くぜ」と始まるソレア・アル・ゴルペ(1曲目)から、度肝を抜かれる。獣じみた黒い咆哮と、握り拳で刻むリズムだけが響く、無伴奏のソレア。削ぎ落とされたモノトーンの世界。これが、プーロ(純粋)なのだ!
こんな重量級のドンダイに、凡庸なウイスキーは似合わない。同じく個性的でプーロな酒こそ、フラメンコの底知れぬ深淵へダイヴする道連れとして相応しいのだ。
鼻を刺すような強烈な煙臭。ブラックラベルにディープ・グリーンのボトルが醸す風格――。シングルモルト・ウイスキーのアードベッグ・テン(10年)をご紹介しよう。
世間一般に出回る大半のウイスキーは、「ブレンデッド」と呼ばれる混合酒だ。モルト(大麦)とグレーン(小麦、とうもろこし等)、この2種類のスピリッツを、飲みやすいように、ある割合で配合(ブレンデッド)している。
シングルモルトとは、この配合前の大麦スピリッツを指す。言わば、混ぜる前の "プーロ"な酒なのだ。
アードベッグは、そんなプーロな酒の中でも、突出して煙臭が強いことで知られる。あの燻された独特の風味が、しゃがれたドンダイの声を、思い起こさせる。今夜もまた飲みたくなってしまった。もちろん、「モロンゴ」を聴きながら。