(前回からの続き)
彼女は「自己啓発セミナーを受けてみない?」と私に言った。
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この頃(22、23歳くらい)のことは
ごく親しい友達にしか話していなかったけれど、
今までの自分の歩みを書く以上、無視できない期間なので
できるだけ正直に書くつもり。
もう20年以上前のことなので時効だとは思うけれども、
この期間にはきっとたくさんの友達に迷惑をかけたし、
いいのか悪いのか、大影響を与えてしまった人たちもいると思う。
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長電話の末に、私は断った。
だって、かなりうさん臭かった。
料金はすごく高いし、友達は具体的にどんなことをするのかを全く話してくれない。
後日また電話があった。
同じ内容を繰り返し聞く。
断る。が、何かがひっかり始める。
その後も、電話が続く。
なんでこんなにしつこいの?と思った。
(この数ヶ月後、私も別の友達に全く同じことを繰り返すことになるなんて!)
ところが、話しを聞いているうちにだんだんと興味が湧いてきてしまった。
あの頃は霊媒師とかを探す心境にあったし、
「何をやるのか言えないけれど、絶対にいいから!」としか言わない友達。
そのミステリアスな部分に惹かれてしまったのだ。
それは当時、社会問題にもなった
『自己啓発セミナー』
まずは、私よりも母が受けたらよいのではと思ったが、
病院にいる彼女が動けるはずもない。
そしてある日の電話で
「受けてみるよ」
と答えていた。
高くてうさん臭いこのセミナーに不安を覚えつつも
もしかしたら?といった期待の方が大きくなっていたのだ。
セミナーの会場は大きな体育館のような場所だった。
カーテンで外の明かりが遮られ
昼間なのに照明で明るくしていた。
会場にぞくぞくと受講者が集まってきた。
けっこうな数だった。
みんないったい何が起るのかと不安顔。
だから明かりはついていても
印象がなんだか薄暗い。
グループに分かれた。
それぞれニックネームで呼び合うように指示される。
私は『まきち』になった。
余談だが、この数年後
バイト先の雑誌『パセオフラメンコ』の商品販売のページに
『まきちの販売部日記』というひとコママンガのコーナーを持たせてもらったが
その呼び名はここから来ていたのですよ。
(超マイナーな話題で失礼。笑)
なんだかいろんないろんなワークを次々とやらされた。
でも実は、はっきりいってこの最初のセミナーのことはもうよく覚えていない。
(というのも2段階目、3段階目がもっとすごかったから。。苦笑)
ひとつ覚えているのが、
私の人生をブロックしていた父との関係と向き合うワーク。
目の前に父がいるかのごとく
怒りを全てぶちまけるというもの。
難しかった。
実際に相手がいるわけでもないし
周りにはたくさんの初対面の人たちがいる。
でも、私はこの空間では恥を捨てるよう努力をした。
セミナーへの賭け事が、
母の癌の克服だったからだ。
たしか、このワークは全員一斉に行った。
だから、館内は参加者全員による罵声が響き渡ることになった。
Aさんが叫ぶ。
「!!!<?)*^%$!!!」
Bさんが怒鳴る。
「@!@#$%^&(!!!!!!」
Cさんががなる。
「_+_)(』『|"L:LッK〜ZXV〜ZXVッB、<>??!!!」
なんて言っているのかは耳に入ってこない。
だって、私も一緒に怒鳴っているから、笑。
índice.jpg
母の病気は父のせいだ、
とまで思っていた私の、彼に対する怒りはものすごかった。
父がどんな思いで3年もの間、癌という事実を隠していたかなんて思ってもみない。
相手の立場に立つ余裕などは全くなかったのだから。
ここまで怒っていたとは、
と自分でも驚くほどに相手を攻める言葉がどんどん湧いて出てきた。
残念だが、このワークがどう終わったかは忘れてしまった。
そして、最後の日の最終ワークの様子も覚えている。
だけどこれは、あえて後で話ことにする。
正直言って、
大学卒業したての22歳、
世間を知らないかごの中の鳥だった私には
かなり面白く、また刺激的で衝撃的な時空間であった。
うわあヤバイ〜!!
2段階目もやりたくなってしまったではないの。

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