フラメンコ・オン・ファイヤー特集、第4回です。いつになく更新が早いなと思われるかもしれませんが、このフェスティバルは1週間前後という短い期間ながらプログラムの内容も濃く、時間にゆとりがあるのでバスクのグルメも楽しめるという美味しいフェスティバル。そこで、グルメな日本の皆さんにこのフェスティバルを知ってもらい、いつか足を運んで最高のフラメンコとの出会いの場にしてほしいと思います。また、この後、セビージャのビエナルも控えています。現状ではレポートできるかどうかは確定ではないのですが、いくつかの公演のご紹介はできると思います。(写真はフェスティバルオープニングカクテル)
今回は公演の他に、タジェール(=工房)として、ワークショップも開催されました。それも、1日?2日という単発もの。なので、プロの人から初心者だけどトップアーティストの近くで習う体験をしたいという人にも気負いなく参加できます。その中で、カンテのクラスを取材させていただきました。
カンテ(歌)のクラスはアルカンヘル(Arcangel)の担当。一時間半のクラスで、受講料は22ユーロ。質問に答えたりしているうちに、終わってみると優に二時間を超えていました。「ファンダンゴ・デ・ウエルバ(Fandango de Huelva)」を題材に、生徒に歌わせるというより、アルカンヘル自身が様々なスタイルのファンダンゴを自らギターを弾きながら歌って解説しました。アントニオ・レンヘル(Antonio Rengel)、ぺぺ・レボージョ(Pepe Rebollo)に代表される従来のスタイルから、パコ・トロンホ(Paco Tronjo)が作り出した新しいスタイル。「ウエルバにその村独自のファンダンゴがない村はない」と言われているほど、たくさん種類がある中でも代表的な村のファンダンゴの特徴も丁寧に説明していました。外国人には特に難しい息継ぎや切れ目の入れ方も「話すように自然に歌うこと」が大切なだけに、言語をよく理解していないと難しいよと言っていました。言葉が分からなければ、ネイティブが聞くとおかしなところで切っていても気付かないものです。たしかに以前、テレビの仕事をした時にタイトルバックで流していたブレリア(曲種の名前)が歌詞の途中でブツッと切られていました。しかし、スタッフは誰もおかしいとは思っておらず、危うくそれがオンエアされるところでした。フラメンコのカンテは、メリスマの多用が特徴的で一音節がたくさんの音程で伸ばして歌われます。日本でいう「こぶし」のようなもの。その途中で切ってしまう、つまり「は?るばる来たぜ、はこだて?。さ?」で切るようなものです。最後の「さ」は「さかまく波を」の頭の一語ですね。知らない人を「騙す」わけではあありませんが、そのままにしておいても気づかれない芸術のルール。しかし、それを無視していては、プロとは言えないでしょう。たとえ難しくても、本物から学ぶとことは大切です。
バイレのクラスは、ファルキート。こちらは定員16名で一時間半のクラス2日間で70ユーロ。今回取材にはいけませんでしたが、以前、私自身ファルキートのアカデミアに行っていたことがあり、フランスのフラメンコ・フェスティバル、モン・デ・マルサン(Arte Flamenco Mont du Marsan)でのクラスの取材をさせてもらいました。教え方はいつもとても丁寧で、例えを使って分かりやすく説明してくれます。それもパソ(ステップ)というよりも、「フラメンコを踊る」ということについて語ることが多く、ある程度スペイン語が理解できるとさらに身になるクラスをしてくれます。そして、海外のフェスティバルとなると、生徒のレベルもまちまちですが、一人一人をよく見ていて、無理やり全員が同じようにできるまで他の生徒を待たせたりすることなく、各自にアドバイスを与えながら進めてくれていました。
ギターは、ヘロニモ・マジャ(Jeronimo Maya)が担当。定員20名で一時間のクラス2日間で40ユーロ。フェスティバルの記者会見でのヘロニモは、12年くらいまえにマドリードで見たときの長髪の青年のイメージとは打って変わって、職人のような落ち着きすら感じられました。今回は、バルコニーのシリーズや最終日のバイレ公演での伴奏、またギターのカンファレスとフェスティバル初日から最終日まで滞在していました。記者会見では、父から学んだギターを今度は自分が息子に、そして息子が孫にと託していってほしいと話す場面も。クラスではテクニカ、リズムが良くなるためのアドバイスをしていきたいと言っていました。
カホンのクラスは、アネ・カラスコ(Ane Carrasco)。ディエゴ・カラスコの息子でヘレスのフラメンコ・ファミリーに生まれただけあって、体の芯まで"コンパス(フラメンコ独特のリズム)"が染み付いているアーティストです。こちらも取材には行けなかったのですが、クラスはギター同様、定員20名で一時間のクラス2日間で40ユーロでした。
今回のフェスティバルの会場の一つにバルアルテ(BALUARTE)があります。旧市街に隣接し、バスターミナルからもすぐ近く。建物の前の10,000㎡もの広場にはカフェやチケット売り場があります。建物に入ると800㎡のエントランスホールや1500以上の座席のある大ホール、中ホール、小ホール。さらには展示館会場やプレスルームまである巨大な文化施設です。
この会場の小ホールでは、4日間毎日16時半からカンファレンスと座談かが開かれました。カンファレンスは「バイレ・ホンド(=深淵)、人間美の記憶」「フラメンコ&ジャズ...そして今は?」「映画とフラメンコ、コンパスの1世紀」。私は、ホセ・マヌエル・ゴメス"グッフィー"(Jose Manuel Gomez Gufi)が担当した「フラメンコ&ジャズ」に行ってきました。会場にはアーティストの姿も。公演は、手話通訳と舞台上のプロジェクションに同時字幕が出るという親切なもの。フラメンコDJのグッフィーが独特の語り口で様々な逸話を語りました。「最もフラメンコなジャズミュージシャンは、マイルス・デイビスだ!」「ジョン・コルトレーンのスイング感はフラメンコに通じる」、ジャズのインプロビゼーションを知らなかったパコ・デ・ルシアの苦労話など。
座談会は「ギター。サビーカスからフアン・アビチュエラまで」というタイトルで、ぺぺ・アビチュエラ、ヘロニモ・マジャ、グッフィー、パコ・バルガスにスペイン国営ラジオの「ヌエストロ・フラメンコ(RNE, "Nuestro Flamenco")」やテレビシリーズでDVD化されている「カンテフラメンコの祭儀と地理(Rito y Geografia del Cante)でおなじみのホセ・マリア・ベラスケス・ガステルが加わって開催されました。その他にも5本のフラメンコに関するドキュメンタリーの上映会もありました。
そして、大ホールでは2公演が開催。ひとつめは「ファルキート&ファミリー」。セビージャのバイレ・ヒターノの名門、ファミリア・ファルーコの面々、ファルキート、ファルー、エル・カルペタの3兄弟。いとこのエル・バルーリョ、アフリカ・フェルナンデス、エル・ポリートの6人のバイレ公演です。会場には、ナバラ州のヒターノ達もたくさん集まり、入場するだけでも長蛇の列ができました。
舞台上のスクリーンに映し出されるシーンと舞台が微妙にシンクロ。また、それぞれの幼い頃の姿、今は亡き一族の家長エル・ファルーコ(El Farruco)やその娘でバルーリョ、アフリカの母のファラオーナ(Faraona)の映像も流れました。
まずは、ファルキートとファルーの二人がブレリアを踊ります。兄弟でも体型や顔つき、そして踊り方も歳を重ねるにつれて個性が分かれてきました。スリムでノーブルなファルキートに対して、どっしりとしてエンターテイナー的なファルー。最近、三人めの娘さんが生まればかりです。そして、その弟のカルペタは、すっかり身長も伸びて、兄二人とほぼ変わらなくなりました。そして、ちょうど二人の中間的なルックス。エル・バルーリョはエレガントな持ち味を発揮。姉のアフリカは踊りをやめていたのですが、母ファラオーナの死後、復帰を決意。顔つきといい体型といい、ファラオーナを彷彿させる姿に驚きました。公演の様子は映像をご覧ください。
そして最後にサプライズ。ファルキートの息子、もうすぐ4歳になるフアン・エル・モレノが登場しました。エル・モレノは、ファルキート達でカンタオールだった父の芸名。1997年に祖父ファルーコが亡くなり、2001年には父のエル・モレノが公演先のアルゼンチンで亡くなりました。ファルキート、21歳の時です。それ以来、一族の長としてファミリーを兄弟とともに支え、次の世代を担う息子がこうして舞台に立つようになったことは感慨深いことでしょう。将来についてはあくまでも本人の意向ですが、プロになるならないに関わらず、今こうして一緒にツアーに出かけ、舞台に立つという時間を過ごせることを大切に思っていると語っていました。一人前にツアーに出かける準備をしたり、緊張したりする姿がたまらく愛おしいといった感じでした。
記者会見ではその他にも「フラメンコを踊るということはとても難しいこと」と、大スター、ファルキートにしてこの謙虚な言葉。「それはパンプローナであろうと、セビージャであろうと同じこと。人前で踊るというのは常に難しいものなんだ。そして、それはその日だけのもの、その時だけのもの。常に同じように上手く踊れるというわけではない。けれど、その時の最高のものが出せるようにしているんだ」と。そして、フラメンコにおけるイノベーションについての質問には「イノベーションとは、パコ・デ・ルシア、カマロン、カルメン・アマジャがやってきたようなこと。"(何か他のものと)混ぜる"こととは違うんだ」とも言っていました。
こちらは、スペインのフラメンコサイト、DeFlamenco http://www.deflamenco.comの映像。公演最後のブレリアのシーン。フアン・エル・モレノも登場します。
FARRUQUITO Y FAMILIA
踊り:ファルキート(Farruquito) / ファルー(Farruco) / エル・カルペタ(El Carpeta)
エル・バルーリョ(El Barullo) /アフリカ・フェルナンデス(Africa Fernandez) / エル・ポリート(El Polito)
フアン・エル・モレノ(Juan El Moreno)
歌:ぺぺ・プーラ(Pepe de Pura) /アントニオ・ビジャール(Anotnio Villar) / エンカルナ・アニージョ(Encarna Anillo)
ギター:ロマン・ビセンティ(Roman Vicenti)
バルアルテでのもうひとつの公演は、最終日。ビセンテ・アミーゴ(Vicente Amigo)のコンサートでした。舞台の真ん中、上から照らされるスポットライトをまるで月の光のように浴びながら、ビセンテのソロで始まりました。研ぎ澄まされた音色、そして変わらずハンサムな姿を久しぶりに見ました。タランタから始まり、2曲目はメンバー全員揃ってのタンゴ。次の曲では、ゆったりとした曲調に、カンテのラファエル・デ・ウトレラの声「Erase una vez?(英語で言うとOnce upon a time)」と美しく冴えました。、ベースにルイス・フェルナンデス、そして、最後に色を添えたバイレには、エル・チョロ。曲ごとにガラリと変わるタッチ。柔らかな音色からくっきりとした切れのある音。そして、パキート・ゴンザレスのパーカッションとギター1本だけでここまでゴージャスな演奏になるのかという演奏も続き、フラメンコギターの魅力を存分に楽しみました。
VICENTE AMIGO EN CONCIERTO
ギター:ビセンテ・アミーゴ
歌:ラファエル・ウトレラ(Rafael de Utrera)
ベース:ルイス・フェルナンデス(Luis Fernandez)
パーカッション:パキート・ゴンザレス( Paquito Gonzalez)
踊り:エル・チョロ( El Choro)
そして、さらに2公演、足を運べなかったものがありますが、映像でご紹介しておきます。
サラ・セントラル(Sala Zentral)という立ち見のライブハウスでの、グラミー賞にもノミネートされたことのあるピアニストのアリアドナ・カステジャーノスとエド・イズ・デッドのコンサート「ミュージック(MJU:ZIK)」クラシック音楽、エレクトロニック、フラメンコそしてジャズの融合というコンセプトのものです。
MJU:ZIK
ピアノ:アリアドナ・カステジャーノス(Ariadna Castellanos)
エレクトロニック:エド・イズ・デッド(Ed Is Dead)
こちらは、地元のフラメンコ愛好家が運営するペーニャ「カサ・サビーカス」での公演です。
Flamencos de Navarra en Casa Sabicas
ギター:ベルナ・エル・モラビート(Berna el Morabito) / ラファエル・ボルハ(Rafael Borja)
歌:ホリス・ムニョス(Jolis Munoz)
踊り:サンドラ・ガジャルド(Sandra Gallardo)
パーカッション:リコ・ムニョス(Rico Munoz)
来年もほぼ同じ時期、8月後半に開催の予定のFLAMENCO ON FIRE。残暑厳しい日本からのエスケープ先としても最高です。今年はマドリードから新幹線で来る人には、フェスティバル期間中であれば35%の運賃割引というキャンペーンもありました。フラメンコとグルメを楽しむ一週間、来年のスケジュールに検討してみるのはいかがでしょう。
写真:ハビエル・フェルゴc Flamenco On Fire /Javier Fergo & Makiko Sakakura
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