ベルリン・フィルとの共演で、一躍世界が注目するスーパー・ギタリストへと躍り出たカニサレス。フラメンコの世界のみならず、今やクラシック界からも熱い注目を集めている。ジャンルの壁を軽々と超え、新たな挑戦を続けている彼が、昨年に続き今年も来日する。
公演を間近にひかえ、スペイン音楽及びフラメンコの研究家として、この間のカニサレスの取り組みを注視し続け、プライベートでの親交も深い濱田吾愛氏に、カニサレスのこれまでの功績と今回の公演の見どころについて執筆いただいた。

2つのジャンルを自在に行き来する才能

フラメンコとクラシックの垣根を、この人は実にらくらくと飛び越える。そうした自在さを生み出す背景には、彼が、料理でもファッションでも、常に新しいトレンドを生み出すカタルーニャ出身ということがあるかもしれない。もっとも、生まれはカタルーニャでも、流れる血はアンダルシアのもの。そのことが、この人の音楽に、独特の熱量を与えているのは疑いあるまい。
 日本のファンに最近その名を鮮烈に焼き付けたのは、2013年の音楽イベント、ラ・フォル・ジュルネでの快演が大きいだろう。このときのフアン・マヌエル・カニサレスは、みずからフラメンコ・セクステットを率い、一方20世紀スペインを代表するギター協奏曲、ロドリーゴの『アランフエス協奏曲』のソリストをつとめた。文字通りフラメンコとクラシックの両面で、その存在を大いにアピールしてみせた。ことに『アランフエス協奏曲』については、サー・サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルとの共演の記憶も新しかっただけに、大きな話題を呼んだ。

気さくな素顔、そして妻真理子の存在

むろん、人を惹きつけたのはその演奏だけではない。高まる人気のために、急遽演奏機会が増えても、カニサレスは喜々としてそのリクエストに答え、ファンとの交流にも積極的に応じた。その飾らない優しい人柄に、人気はひときわ高まった。
 
しかし、カニサレスの気さくさ、優しさは、ファンを前にしたときだけのものではない。それは、彼の友人なら誰もが知っていることだ。どんなに忙しくても、彼は友人を決してないがしろにしない。私も日本で、またスペインで彼と食事をともにしたことが何度かあるが、その都度、穏やかで気遣いにあふれたもてなしに感動さえ覚えたものだ。たいそうな読書家で、暇さえあればジャンルを問わず傍らに本を置いているというインテリだが、その知識をひけらかすことはなく、みなぎる知性は柔らかな笑みの下に隠されている。
 
そして彼の傍らにはつねに、妻であり仕事上の書かせないパートナーでもある小倉真理子がいる。口では「マリチャン」と親しげに呼んでいても、彼女を人間として深く信頼していることは、その親愛あふれる態度で知れる。真理子夫人も、万全の体勢でカニサレスをサポートし、高い知力を活かしてその活動を支える。手を保護するためとはいえ、カニサレスにはギターも運ばせないほどの献身ぶりだ。結婚十数年になる二人は、うらやましいという言葉も虚しく響くほど仲睦まじい。
 
そうした伴侶も得て、もうすぐ50代にさしかかろうというカニサレスの活動は、いよいよ脂が乗っている。

フアン・マヌエル・カニサレス、フアン・カルロス・ゴメス、チャロ・エスピーノ、アンヘル・ムニョス
©AMANCIO GUILLEN

確たるフラメンコの実績とクラシックへの挑戦

冒頭でも触れたように、フラメンコ・ギタリストとしては、最高に気の合う仲間たちとともに、セクステットまたはクァルテットという形で世界を回っている。そういうときのカニサレスは、実に楽しそうに、リーダーのポジションをつとめている。フラメンコの世界で"セクステット"というと、かの故パコ・デ・ルシアのセクステットが思い出されるが、カニサレスのそれはよりシンプルに、より直球勝負で訴えかけてくる感がある。
 
そしてあくことなく続くクラシックレパートリーへの挑戦でも、カニサレスは確実に結果を出しつつある。2007年にリリースした屈指の難曲、アルベニスの『イベリア』では、スペイン版レコード・アカデミー賞のクラシック部門最優秀賞を受賞。さらにグラナドスの『ゴイェスカス』は、フラメンコ評論家の投票で決まる「フラメンコ・オイ(こんにちのフラメンコ)」最優秀ギターソロ・アルバム賞を受賞。さらに、ファリャの代表作を含む3枚のアルバムを連続リリースし、やはり高い評価を得た。このアルバムについてのインタビューで、カニサレスはかつてこんなことを語った。
「僕は、完璧主義者なんだ。だいたい夜12時から5時ぐらいまで繰り返し練習して、これだ!というものに辿り着くんだ(笑)。だからまずは、思いつくままイマジネーションに身を任せてみるんだ。そしてインスピレーションが来たら、何もかも放り出して捕まえるんだ(笑)」

高まる日本公演への期待

 そのインスピレーションを日本のファンと分かち合うために、今秋カニサレスはまた来日公演をおこなう。持参するレパートリーは、ファリャとフラメンコ。アンダルシアが色濃く香る取り合わせだ。
「ファリャの曲は、常にフラメンコ的な要素をもって作られているからね。ロルカと組んでカンテ・ホンドの祭典をおこなったりもした、カンテ・フラメンコがホンドじゃなかった時代にね(笑)。それはとても意義深いことだったよね。それをどう分析して、解釈してギターで演奏するのか。それは、自分の音楽を創るときも同じなんだ。まだ音楽とも呼べないようなものを取り上げて、自由に弾いてみる。最後に残るアイディアが少なくても、それがうまく機能して強い印象を醸し出せれば、そのほうがいいしね」
 
そのインスピレーションの矛先は、さらに多彩さを増しつつある。やはりフラメンコに影響を受けたトゥリーナ、イタリア人ながらスペインで生きたバロックの作曲家、スカルラッティ......。
「そういう音楽を奏でて多くの人々に聴いてもらえたらいいなと思うんだ。毎日弾いていてもやり切れるものではないけれど、それが人生だと思ってやり続けるだけさ」
 
カニサレスが見せてくれる新しい世界を、また、わくわくと待つ秋になりそうだ。
 

2015カニサレス全国ツアー

9月19日(土)兵庫県立芸術文化センター
  20日(日)愛知 穂の国とよはし芸術劇場
  22日(月・祝)静岡 焼津文化会館 
23日(水・祝)神奈川 よこすか芸術劇場
26日(土)東京 すみだトリフォニーホール
with新日本フィル ※特別プログラム
27日(日)福岡 北九州市立戸畑市民会館
29日(火)東京 王子ホール
詳細情報は公演公式サイトで。

アクースティカ倶楽部

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