セビージャのマエストランサ劇場(Teatro Maestranza)は、川沿いの大通りに面したところにあります。同じ並びのワンブロック向こうには有名なマエストランサ闘牛場。通りを渡った先には黄金の塔(Torre de Oro)があります。目の前を流れている川は、グアダルキビル川(Rio Guadalquivir)として親しまれていますが、地図上ではアルフォンソ13世運河(Canal de Alfonso XIII)となっていて、本流は川を挟んだトリアナ地区(Triana)の西を流れています。アンダルシア最長の川グアダルキビル川。ハエン(Jaen)のさらに北東にあるシエラス・デ・カソルラ(Sierra de cazorla)から発して、この川の流れに沿うように村が点在しています。そして末流はコルドバ→セビージャー→サンルーカル・デ・バラメダの終点へと向かいます。トリアナ地区はフラメンコのメッカのひとつ。そこで生まれたカンテの歌詞には、このグアダルキビル川の名前がよく登場します。(写真:グアダルキビル川。奥に見える橋はサン・テルモ橋)
来日公演が多いマリア・パヘス(Maria Pages)。今回のビエナルでは7場面で構成された作品「Siete Golpes y Un Camino」直訳すると、七つのゴルペとひとつの道。ゴルペとは打ったり、ぶつけたりすることですが、フラメンコでは足の裏全体を使って音を出すサパテアード(フラメンコで足を打ち鳴らすこと)の方法も意味します。踊ってきた足跡とも言えるかもしれません。最近7年のキャリアとも絡ませて、最初の場面は新作。そして続く6場面は今までの作品からのリバイバルということでした。「ビエナルで公演することは、私のライフワーク」というマリア。セビージャ出身でアンダルシア舞踊団の監督も務め、すっかりビエナルの常連アーティストです。今回も期待を裏切らない展開。(上写真:マエストランサ劇場内部)
一幕目の「La palabra(言葉)」では、7ヵ国の女性詩人の詩の一節を現地語で取り入れて、それに合わせての踊りでした。もちろん、ツアー回数の多い日本も入っています。与謝野晶子の短歌で「秋風や いくさ初まり港なる ただの船さへ見て悲しけれ」。日中戦争を嘆いた歌といわれていますが。この作品は長年未発表で、つい2ヶ月ほど前に発見されたばかり。ということは、この場面を作ったのはかなりビエナル直前だったんですね。この場面で目を引いたのが舞踊団メンバーの衣装の染の美しさ。色にこだわり、手染めの工房で衣装を手がけていると以前マリアが語っていましたが、今回もオリジナリティーのある色、シンプルながら各人のボディーラインが最も美しく見えるようデザインも素晴らしかったです。二幕目以降は今までのマリア・パへス作品で見覚えのあるシーンが続きます。直近の来日作品「ユートピア」で着ていた真っ赤な裾の長いドレス姿も登場しました。舞踊団の中では振り付けも担当している>ホセ・バリオス(Jose Barrios)が目を惹きました。以前NHK-BSプレミアムシアターで来日公演「ミラーダ(Mirada)」の舞台中継の監修に携わりました。各場面の解釈をつけるために穴が開くほど録画したDVDを見ていました。同様に毎日のように観ていらっしゃた映像プロデューサーと作業の合間のおしゃべりで意見が一致したのが「ホセ・バリオスの踊り、感じいいですね~」だったことを思い出しました。ギターのルーベン・レバニエゴス(Ruben Levaniegos)やホセ・バリオスのような長年組んできた良きメンバーの存在がこの舞踊団のクオリティを保つ一因なっているように思います。
さて、このところセビージャはゲリラ豪雨に襲われています。サンタ・クララ修道院の中庭でのコンサートは、舞台上に屋根がないため雨が降ったらアウト。急遽、近くのアラメダ劇場に変更になることがあります。先日のミゲル・アンヘル・コルテス(Miguel Angel Cortes)とホセ・マリア・ガジャルド(Jose Maria Gallardo)のギターコンサートは、大事をとってこの場所変更が適用されました。飲食のできるパティオよりも、幸いにもじっくりと2台のギターの調べを堪能することができました。ミゲル・アンヘル・コルテスは、カンタオールのアルカンヘル(Arcangel)の伴奏をしており、2007年の日本公演時にも来日しました。歌とギターだけのシンプルなコンサートでしたが、初めてフラメンコを聴きに来てくださった方からは、歌のみならずフラメンコギターの魅力に驚いたという声を多くいただきました。舞台上には白と黒の椅子が一脚ずつ並んで置かれ、白い椅子には黒の上下を着たグラナダ出身のフラメンコギタリスト、ミゲル・アンヘルが、黒い椅子には真っ白な服のセビージャ出身、スパニッシュギターのホセ・マリア・ガジャルドが座り、ギターデュオが始まりました。ミゲル・アンヘルの抑揚のある力強い音とガジャルドの透明感のある繊細な音が調和し、清らかな水の流れのような共鳴でスタートしました。エスペランサ・フェルナンデス(Esperanza Fernandez)の歌もあり。そして最後はビエナルの全ての公演会場で開演前に流れるアノ曲。ガジャルド作曲の Obertura de Silverio(シルベリオの序曲)。シルベリオとは、ソロ歌手としてフラメンココンサートの先駆者であるシルベリオ・フランコネッティ(Silverio Franconetti)。19世紀半ば、まだまだフラメンコが世に認められていなかった時代に奔走し、カンテを確立させたカンテ・フラメンコの父的存在のアーティストです。
その翌日には、ヘレス・デ・ラ・フロンテーラの若きベテランギタリスト、マヌエル・バレンシア(Manuel Valencia)のコンサート。名門フラメンコファミリーの血、故フェルナンド・テレモト(Fernando Terremoto)の甥にあたります。叔父のカンテへの伴奏はもちろん、カンテのゆりかごとも言われるほど名歌手を擁するヘレスで、自分の親、祖父ほど歳の離れた名だたる歌手の伴奏をしてきました。伝統的なヘレスの息遣いを一番よくわかっているギタリストではないかと思います。コンサートは力強いラスゲアードでスタート。フラメンコピアニストのドランテスも言っていましたが、楽譜通りに誰もが同じに弾くのではなく、個性や感情が出せるのがフラメンコ。もちろんそのためには確固たるベースがあってのこと。先日のマヌエル・デ・ラ・ルスとは違った、ソリストとしての色が感じられました。そして、同郷のカンタオールのダビ・カルピオが登場。ビシッとスーツにネクタイ。ビシッとオールバック。白いポケットチーフも眩しく、カンテを歌うことへの誇りとマヌエルへの真摯なコラボの姿勢がビシビシと伝わってきました。ヘレスのスィングがしっかりと感じられる、素晴らしい演奏。モライート(Moraito-ヘレスのギタリスト)亡き後のヘレスのカンテを支える次世代パワーに期待します。
Fotos: Antonio Acedo La Bienal Oficial