セビージャのフェスティバル、ビエナルの公演紹介記事はまだ続きますが、その前に、2016年度のヒラルディージョ賞の受賞者をご紹介します。審査員は15名。政府機関、批評家、新聞記者、フラメンコ有識者の方々によって構成された15名の審査員によって、下記の各賞の受賞者が10月中旬に選定されました。
- カンテ部門 : マリナ・エレディア(MARINA HEREDIA)
- バイレ部門 : ロシオ・モリーナ(ROCIO MOLINA)
- ギター部門 : ビセンテ・アミーゴ(VICENTE AMIGO)
- 最優秀作品賞:「カテドラル」パトリシア・ゲレーロ ("Catedral" de Patricia Guerrero)
- イノベーション賞 : ファミ・アルカイ&ロシオ・マルケス("Dialogos de viejos y nuevos sones" de Fahmi Alqhai y Rocio Marquez)
- 新人賞 : マリア・テレモト( MARIA TERREMOTO)
- セビージャ市賞 : 公演「バイランド・ウナ・ヴィダ」( "Bailando una vida")
- 審査員特別賞 : アンダルシア舞踊団の舞踊メンバー( Al cuerpo de baile del Ballet Flamenco de Andalucia)
- 魅惑の瞬間賞 : エル・レブリハーノの存在を舞台に蘇らせた作品「デ・セビージャ・ア・カディス」のホセ・バレンンシア(JOSE VALENCIA, por la evocacion del maestro Juan "El Lebrijano" en el espectaculo "De Sevilla a Cadiz")
さて、今年のビエナル期間中の公演で、特に話題となった舞踊公演といえば、イスラエル・ガルバンの監督・振付けで、イサベル・バジョン(Isabel Bayon)主演の「ジュ・ジュ(Dju-Dju)」とロシオ・モリーナ(Rocio Molina)の「インプロビサシオン(=即興/ Improvisacion)」です。
まずは「ジュ・ジュ(Dju-Dju)」からご紹介します。タイトルの「Dju-Dju」とは、日本語で言うと「エンガチョ」とか「くわばら、くわばら」に近い言葉。公演の数日前にイスラエルと話した時「イサベルの公演は観にくるよね?あれは"ホラー"なんだよ!」といたずらっぽく笑っていました。「"ホラー・フラメンコ"?!何それ?」としばし歓談。種明かしは当日のお楽しみと思い、イスラエル自身は舞台には出ないという情報だけで、劇場に向かいました。とはいえ、イスラエル・ガルバンを知っていれば、かなり突拍子のないこともあり得るだろうという覚悟はできていました。
マエストランサ劇場で開演を待っていると、しょっぱなから、ギタリストでイサベルの旦那様でもあるヘスス・トーレス(Jesus Torres)がキリストルックで客席通路に登場。ヘススという名前はスペイン語ではイエス・キリストと同じなので、すでにそこでパロってあります。ヘススは客席の髪の薄い男性の頭を妖しくおかしく手で撫で回し、舞台へと向かいます。舞台の前にはオーケストラボックスがあり、今回ミュージシャンは皆そこにいました。
舞台上にはクリスマスツリー、天井からは逆さ吊りの天使。そして、歌手のダビ・ラゴス(David Lagos)が出てきて、スペインのクリスマス期に歌われる歌を歌います。実は、この季節外れのツリーとクリスマスソングというのは、スペインでは縁起が悪いことなんだそうです。もちろん、逆さ吊りの天使もそうですね。不吉な予感の雰囲気の中、歌を聴いていると突然会場が真っ暗に。続いて奇声と閃光ともにゾンビメイクのイサベル・バジョンがオーケストラボックスの下から飛び出してきて、会場の観客もびっくり。そして次は、いわゆる禁忌行為をやれという命令の連続。「舞台に左足で上がる」「梯子の下をくぐれ」「テーブルの上に靴を置け」「塩を手渡ししろ」などなど。それをイサベルが嫌がりながらやっていきます。さらには黄色いソンブレロ(帽子)が舞台に現れ、それを使って踊ります。黄色は舞台人にとっては不吉な色という説があり、理由はモリエールが舞台上で黄色の衣装を着て亡くなったから。しかし、実際には紫の衣装だったという、都市伝説的迷信だそうです。
今回舞台上に登場したのは、イサベル・バジョンの他、アリシア・マルケス(Alicia Marquez)とニエベス・カサブランカ(Nieves Blancas)の2人。3人は最初、日本の下駄のようなものを履いて、箒を持って踊っていました。魔女なのか、レレレのおじさんなのか?という佇まい。そして、3人以外に舞台に登場したのが「白猫」。リモコン操作で絶妙に舞台上を駆け抜けたり、イサベルの行く方向に頭が動いてまるで目で追っているかのような動きをしたり。そもそも「黒猫」は不吉、というのは多くの国で言われていますが、スペインは白猫?と思ったら、やはり不吉なのは黒。つまり、ここはあえて「あれ?間違っちゃった!」的な洒落なのかもしれません。
ダビ・ラゴスが「スケアリー・ムービー(邦題:最終絶叫計画)」の殺人鬼のマスクをつけてシギリージャを歌ったり、ヘススのギターの弦を一本ずつハサミで切ったり、とうとう最後の1本も切られてギターを取り上げられたヘススが、体を叩いて同じメロディを奏でるという流れ。ボンデージ衣装に身を包んだイサベルは、トマシートのラップフラメンコを歌うし...。奇想天外な演出の連続に、イスラエル・ワールドへの覚悟なしで会場に来た観客にとっては「フラメンコはどうなってるの?」という戸惑いが隠せなかったようです。バイレの中やカンテの随所にフラメンコはあり、フラメンコ・アーティストがここまでできるんだという可能性を見せたという面白さはありました。どのシーンをとっても、ハチャメチャなようでも容易にできる内容ではなく、細かいところまで考えて作られ、イサベル・バジョンというレベルのアーティストだからこそ実現できた異色フラメンコスペクタクル。観る人によって大きく意見の分かれる公演となりました。終演後の舞台には仕掛け人のイスラエルが大きな黄色の木靴を履いて登場し、ファンからの拍手を受けていました。
この公演の後、サンタ・クララ修道院では、ホセ・デ・ラ・トマサ(Jose de la Tomasa)のコンサートがありましたが、マエストランサ劇場での「ジュ・ジュ」の世界から脱するのに時間がかかり、物音がするとドキッとするし、舞台を駆け抜ける白猫のことが頭から離れないしで、それだけ印象に残る作品であったことは確かです。
さて、次にご紹介するのは、ロシオ・モリーナの「インプロビサシオン(=即興)」。会場はセントラル劇場で、開演が22時、終演予定時間が...朝の3時!なんと4時間にも及ぶ公演です。出演者も内容も直前までシークレット。ロシオのフェイスブックのページには、公演数日前から観に来る人へ「携帯に好きな音楽を入れて持ってきて」「踊りにインスピレーションを与える服や小物を借りるかもしれないから持ってきて」というメッセージが出ていました。公演に先立って会場では、携帯のチャットアプリでロシオと観客が繋がる試みも提案され、多くの人がグループチャットに登録しました。ライブストリーミングもされ、22カ国、1130人の人が観たという記録が残りました。62%はスペインからのアクセスでしたが、なんと2位は7.5%の日本!
公演の数日前、関係者に「本当に4時間なの?!」と確認すると、「そうだよ!だけど、自由にしていいんだよ。途中でカフェテリアに行って何か食べてもいいし、寝てもいいし...」と言われ、少しは気が楽になりつつ会場に到着。いつものセントラル劇場の座席配置とは違って、舞台を囲んで三方に客席があるというスタジアム型。そして頭上には、4時間からカウントダウンしていく電光デジタル時計が吊り下げられていました。広くとられた舞台には、衣装や靴、奥にはソファーセット、そして片隅には料理場が。アンダルシアの家庭料理プチェーロの材料が揃えてありました。座った場所が舞台正面となったサイドの一列目だったこともあり、4時間もの間、一度も席を立つことなく、舞台で起きた全てを間近で見ることができました。
4時間のインプロ、ではありますが、スペシャルゲストも登場しました。ロシオを囲むカンテには、ホセ・アンヘル・カルモナ(Jose Angel Carmona)とアントニオ・カンポス(Antonio Campos)が冒頭から最後まで登場していましたが、途中、ギターにラファエル・ロドリゲス(Rafael Rodriguez)を迎え、そこに二人の初老のベテランカンタオール、イトリ・デ・ロス・パラシオスとネネ・エスカレーラ(Itoly de los Palacios y Nene Escalera)が加わり、まるでペーニャかバルの一角のように丸テーブルを囲んでのカンテ合戦。その歌に聞き惚れるように見守るロシオ。最後はテーブルに上がって踊りました。
ラファエル・ロドリゲスのギターと一対一でのバイレの後、ゲストとして次に登場したのは、ローレ・モントージャ(Lole Montoya)。数々のヒット曲が今も歌い継がれている伝説のデユオ、「ローレ・イ・マヌエル(Lole y Manuel)」のローレです。この日のギター伴奏は、ローレとマヌエルの娘、アルバ・モリーナ(Alba Molina)のコンサートで伴奏をしているホセ・アセド(Jose Acedo)でしたが、ローレは「実はもう一人スペシャルゲストがいるの」と。ホセの弾いているギターは、昨年他界したマヌエルの遺品だったのです。その夜のローレはとても興が乗っているようで、次々と名曲を披露し、観客は大満足。そしてもう一人、観客を驚かせたゲストは、バルセロナのバイラオーラ、ラ・チャナ(La Chana)。ロシオが女神と讃える憧れのバイラオーラです。フラメンコ黄金時代の60、70年代に大活躍したアーティスト。ヒターナですが、金髪でバルセロナ生まれということで、いわゆる「ヒターノ」のイメージではないと差別されるも、一度彼女の踊りを見るともう誰もそんなことを言わなくなったというくらい、素晴らしいバイラオーラでした。25年前から公には引退していたラ・チャナ。世代を超えて育んだロシオとの関係により再びフラメンコ衣装を身につけ、舞台に登場することが実現しました。終始自然体で、カンタオール達に話しかけたり、70歳となってもチャーミングで力強い、伝統的なフラメンコを見せてくれました。
インプロビゼーションの一環で、イスラエル・ガルバンからのお題として、イスラエルが公演で使った白い陶器でできたような靴が舞台上に置かれました。それを前に、イスラエルの真似をしてみたり、その靴と対話するようにロシオ流に踊っていきます。また観客が携帯に入れている曲を提供し、それに合わせて踊り、その合間には、舞台に設けられた調理コーナーで、プチェーロを作り続けていました。いろんなことからインスピレーションを受けて、次々と踊りが溢れ出してくるようでした。
観客席には、カンタオーラのロサリオ・ラ・トレメンディータ(Rosario la Tremendita)はじめ、次期アンダルシア舞踊団の監督となったラファエル・エステべ(Rafael Estuve)、彼のパートナーでバイラオールのバレリアノ・パニョス(Valeriano Panos)。二人はそれぞれ舞台にいざなわれ、ロシオとペアで踊りました。ロシオからの「誰かハグしてくれない?」というメッセージが電光掲示板に表示されると、ロサリオが舞台に。そして、その後も観客を舞台に連れ出して、アーティスト達と一緒に踊るという直接参加の場面もありました。4時間という長時間、舞台上で、創造し踊り続けてきたというのに、最後は観客席の上に続く階段を駆け上がって戻ってきたりと、少しも疲れを見せなかったロシオ。そのバイタリティーとアーティストとしての引き出しの多さ、そして一見モダンに見える彼女の作品のその根底には、フラメンコの根元への深い愛情と尊敬があることを、改めて思い知らされた公演でした。
「あー、もっと見ていたかったわ」という声もある中、劇場を出ると、そこでは舞台照明担当のスタッフがプチェーロを注いで配っていました。朝、4時前。小腹の空いたところへの優しい一杯。ロシオ・チームのお茶目な演出は最後まで続いていました。写真(FOTOS): cOscar Romero Bienal de Sevilla Oficial
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