今年で4回目を迎える、スペイン北部、ナバラ州パンプローナのフラメンコ・フェスティバル、「フラメンコ・オン・ファイヤー(Flamenco On Fire)」。フラメンコがスタートしました。フェスティバルのディレクター、ミゲル・モラン、そしてナバラ州のヒターノソサエティのリカルド・エルナンデスが中心となって進めてきたこのフェスティバルは、今やサンフェルミンの牛追い祭りに次ぐ、パンプローナの名物行事となりつつあります。(写真:メイン劇場、バルアルテ)
何と言っても魅力的なのは、出演アーティストのラインナップ。5日間という短い期間ですが、がっつり真のフラメンコが味わえます。フラメンコ初心者の人にも、是非押さえておきたいアーティストの公演が間違いなく観られるわけですから、キャリアを問わずお勧めといえるのです。
地元の人にも親しまれる理由の一つとして、無料のイベント「バルコニーからのフラメンコ」という企画があります。通常、無料だと出演アーティストもそれなり(と言う言い方は失礼ですが)となりますが、ここパンプローナでは、「え!この人がただで聴けるの?」というレベル。フラメンコギターの巨匠、サビーカスの生家、市庁舎、そしてヘミングウェイが定宿にしていたホテルの3箇所のバルコニーに時間をずらして次々とアーティストが登場するので、はしごももちろん可能です。アーティストにとってもこの企画は珍しいようで、巨匠ギタリスト、ペペ・アビチュエラも、長いキャリアの中でもバルコニーから観客に向かって弾いたのは、昨年このフェスティバルが初めてだったそうです。歌手の場合は、セマナ・サンタ(聖週間)でバルコニーから下を通る山車に向かって歌を捧げるということはありますが、座ってしっかりカンテを歌うというのは、このフェスティバルならではのことのようです。(写真はカサ・サビーカスでのオープニングイベントの様子)
さらに嬉しいのは、ここはバスク。そう、お料理が美味しいのです。街には数々のバルが立ち並び、フェスティバルに合わせて、各バルが競って用意した特別メニューも気軽に食べられます。気候は、気温は日中40度近くまで上がりますが、湿気が少ないため日陰に入るとその暑さは感じません。日向に長い時間いない限り、日本よりは過ごしやすいと思います。
さて、初日のオープニングを飾るのは、日本でも人気のギタリスト、フアン・マヌエル・カニサレスのコンサート。一部は、カニサレス・カルテットでフラメンコ。二部はナバラ交響楽団との共演です。
繊細なギターソロから始まった一部。次にカルテットのメンバーが加わります。セカンドギターのフアン・カルロス・ゴメス、バイレにチャロ・エスピーノ、バイレとカホンはアンヘル・ムニョスです。家族のように仲の良いカルテットのチームワークで、目にも耳にも心地よい音楽を届けてくれます。
ブレリアでは曲の最後をチャロとアンヘルのバイレが締めたり、ギターとの絡みで、サパテアードがパーカッションのように絶妙に入ったり、グアヒーラス(キューバ起源の曲)では白い衣装のチャロが優雅に舞い、フラメンコでしか味わえない醍醐味を満喫させてくれました。アンヘル・ムニョスは近年珍しい、正統的なバイラオール。気品のある中にも茶目っ気や色気のあるバイレで、ソロでも、奥様であるチャロとのペアの場面でも、演奏を引き立てながら爽やかに踊っていました。ちなみに、今年11月に東京での公演にゲストとして来日しますので、ご興味のある方はこちらをどうぞ。会場には、大御所ギタリストのペペ・アビチュエラの姿もあり、カニサレスが舞台上から曲を捧げるシーンもありました。
第二部は、フラメンコギターとオーケストラの共演。この組み合わせでは、「アランフェス協奏曲」が有名ですが、今回演奏されるのは、カニサレス作曲の「アル・アンダルス協奏曲」。オーケストラを鑑賞するクラシック層とフラメンコを繋ぐこの楽曲。以前、ともに演奏していた故パコ・デ・ルシアへのオマージュでもあります。昨年、スペイン国立管弦楽団(Orquesta Nacional de Espana) の依頼によってカニサレスが書き下ろし、マドリード国立音楽堂(Auditorio Nacional de Musica) で初演された協奏曲ですが、非常に好評で、再演のオファーがあり、今回は、コルドバのギターコンクールでの公演についで、3度目。この後、ミラノでも再演の予定があるそうです。クラシックファンの多い日本でも是非、やってほしいものです。オーケストラとの共演といっても、ただそこにいて弾くだけでは、フラメンコとクラシックを繋ぐことにはなりません。一本のギターと何十人ものオケが対峙して、引けを取らないほどの存在感と実力があってこそ、クラシックファンにもフラメンコ音楽の良さがアピールできるのです。それができる数少ないギタリストの一人がカニサレスです。さらに、カルテットメンバーのチャロとアンヘルをパルマに従えての最強の布陣。
交響楽団を指揮するホセ・アントニオ・モンターニョ氏は元王立劇場のオーケストラを率いていた方で、カニサレス氏とは旧知の仲。今回のナバラ交響楽団でも以前指揮をしていたこともあって、ほんの4回というリハーサルにも関わらず、スムーズに進んだようです。クラシック畑の人にとって、フラメンコ独特のリズムはそれなりに難関だったようですが、それゆえに挑戦してみたい面白い楽曲でもあるのかもしれません。
マヌエル・デ・ファリャの楽曲をオーケストラだけで演奏した後、いよいよフラメンコチームが加わり、アル・アンダルス協奏曲が始まります。
この曲は三部構成で約20分ほど。まずはブレリア。ギターが奏でるブレリアのリズムと旋律をオーケストラがゴージャスに膨らましていくように進んでいきます。続いて、ご本人も弾いていて涙することがあるという、パコ・デ・ルシアの葬列を描いた曲。カニサレスは葬儀の日、棺の一部を担いでいたので、その時の気持ちを今だに思い出すそうです。その思いを込めたソロもある、悲しい曲調のパートが終わると、最後は、タンギージョ・デ・カディスをベースにした、フラメンコ独特の愛嬌溢れるメロディー。その中には、パコの名曲、「Entre dos aguas(二筋の川)」や「Rio Ancha(広い河)」が織り込まれています。サラサーテ、そしてフラメンコのサビーカスを生んだパンプローナにふさわしい、素晴らしいコンサートでのオープニングとなりました。
そのコンサートが終わって1時間も経たない夜中の23:30から、ホテル一階のバンケットルームをタブラオに仕立てた舞台でのコンサートが始まります。
初日は、歌手のマルティリオとギタリストのラウル・ロドリゲス。ゲストにベース奏者のハビエル・コリーナです。マルティリオは、南米の歌からスペイン歌謡であるコプラまで様々な歌を歌います。曲の合間にスペインならではのジョークを交えたトークを挟み、それぞれの曲をより楽しく聴かせてくれます。黒のサングラスがトレードマークなので、写真などからかなりクールでモードな印象を持っていましたが、実際には親しみやすい温かい雰囲気。そして、ラウルはマルティリオの息子さんで、「ソン・デ・ラ・フロンテーラ」というグループを立ち上げたアーティスト。ギターで有名なアンダルシアのモロン・デ・ラ・フロンテーラ出身で、モロンのギターの祖、ディエゴ・デル・ガストールの独特のタッチを受け継いでいます。
60歳で未亡人になって、すっかり枯れ果てていた"元"姑が恋をして驚くほど華やかになったという話を面白おかしく語り、それをセビジャーナス(フラメンコの曲種)に乗せて歌ったり、ゲストのハビエルとのデユエットもあったりとコンサートは夜中の1時過ぎまで続きました。スタッフも出演者も、そして観客もすごい体力。さすがスペインのパワーを感じました。
さて、これからはほぼ1日中ぎっしりのスケジュール。記事の更新は遅れるかもしれませんが、終了後になってもたっぷり今年のフェスティバルをご紹介しますので、是非、来年以降もこのフェスティバルに注目してください。
写真/FOTO :Sin credito(C)Flamenco On Fire / Javier Fergo
Special thanks to Mariko Ogura
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