気温は日本と同じくらい高くなっても、湿気が低いスペインの夏。ここパンプローナも、昼間は刺すような陽射しはあっても、日本のように気だるく熱くなるということはあまりありません。今年は去年と比べて風のある日も多かったので、肌寒くすら感じる日もありました。

_FE_4897.jpgフラメンコ・フェスティバル、FLAMENCO ON FIRE 3日目のコンサート一本目のタイトルは「Flamenco meets Jazz」。フラメンコとジャズ系ミュージシャンの共演というと、パコ・デ・ルシア(Paco de Lucia)、アル・ディ・メオラ(Al Di Meola)、ジョン・マクラフリン(John McLaughlin)のスーパーギタートリオや、トマティート(Tomatito)とミシェル・カミロ(Michel Camilo)の「スペイン」シリーズが思い浮かびますが、今回は、フラメンコピアニストのドランテス(Dorantes)、ベース奏者のアダム・ベン・エズラ(Adam Ben Ezra)、サックス奏者のティム・リース(Tim RIes)というメンバーのトリオ。そこに、パーカッション、ドランテス側からハビエル・ルイバル(Javier Ruibal)が参加しました。さらに、バイラオーラのパストーラ・ガルバン(Pastora Galvan)がゲスト出演しました。(写真上:左から、ティム・リース、アダム・ベン・エズラ、ドランテス)

ドランテスは、アンダルシアのレブリハ出身。代々続くフラメンコアーティストの家系に生まれました。フラメンコ音楽で使う楽器といえば、メインはギター。ドランテスの父、兄はともにギタリストで、ドランテスもギターを弾いていましたが、10歳頃からピアノを引くようになりました。生まれた時からのフラメンコのリズムの染み付いた感性に加えて、ヒターノのアーティストとしては非常に珍しくマラガの国立高等音楽院で学んだ知識で、フラメンコピアノの可能性を大きく広げました。(以前ドランテスについて紹介した記事はこちら。

_FE_5320.jpgベースのアダムは、イスラエルのテルアビブ出身。10年くらい前から注目され始めたダブルベース奏者。音楽は学校で学んだそうですが、自分にはアラブ音楽の影響もあると言います。ドランテスはベースとのデュオコンサートもしていて、そこではフランス人のベース奏者、ルノー・ガルシア・フォンと共演していますが、ベンとルノーの演奏スタイルはかなり違うと思います。(アダムの映像はこちら。

そして、もう一人のメンバー、サックス奏者のティムは、アメリカ人。ローリングストーンズのサポートメンバーとしても有名。父はトランペット奏者、母はピアニストで子供の頃から音楽に囲まれて育ったそうです。記者会見では、「フラメンコは、この世で最初のフュージョン音楽だと思うよ。インドとスペインの音楽が融合してできたものだから。」とも。フラメンコ音楽の発生は「フュージョン」という言葉が出来る前ですが、確かにその可能性はありそうです。

アダム、ティムとも口を揃えて言っていたのは、フラメンコのリズム=コンパスは難しいということ。音楽やダンスが言語と同じで、生まれたときから自然にやっていることと、後から習うこととの違いなのかも知れません。私達からするとギリシャ語やアラビア語は全く解読不能ですが、他の国の人にとっては漢字、平仮名、カタカナの混在する日本語は難解なのと似ているように思います。

ドランテスは、今回の共演はフュージョンではなく、それぞれが自分の音楽を自分のやり方で演奏しながらの「出会い」だとも言っていました。確かに、パコ・デ・ルシアにしても、トマティートにしても、ジャズミュージシャンと一緒に演奏する時に、ジャズっぽく弾くということはありません。あくまでも自分のスタイル、フラメンコのテクニックと感性でジャズの曲を弾いたり、セッションをしたりしています。そのことで、ジャズの曲が一味違って聴こえてくる面白みがあります。今回もジャズの二人は、フラメンコ風に弾くわけでなく、フラメンコの楽曲やリズムの世界に自分流に挑んでいました。

_FE_5309.jpgピアノが明るく照らされたステージに、まずドランテスが登場し、ピアノのソロから始まったコンサート。ドランテスの曲に、サックス、ベースが絡んだり、それぞれのソロパートもあったりで、"フラメンコ風"にというものではありませんでした。3人がそれぞれ奏でる音楽の"出会い"と"会話"でコンサートは進んでいきました。

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コンサートで特に目を引いたのは、アダムの演奏。記者会見とはまるで別人のようなスタイルで登場。演奏もただ弾くというのではなく、ベースと一体化して音楽を作りながら踊っているような楽しさがありました。ソロでのベース一本でのフラメンコは、他のプレーヤーにはない躍動感。
パストーラの踊りとの掛け合いもあったティムは、桁外れなほどの大観衆の前で演奏してきたスター。しかし、観客の数は関係ないよ。どんなところでも心を込めて弾いてるし、楽しんでいるよ、と。オフステージでも、スターを気取るでもなく、とても気さくな感じでした。本当に実力のある人は、スターを"演じる"必要はないというのはどの世界でも同じようです。以前、バイラオーラのサラ・バラスの公演にも出演していて、日本公演時も一緒に来日していました。大のスペイン好きで、長年住んでいるニューヨークよりもスペインの方が第二の故郷と思えると言うほど。コンサートの日も、翌日も、明け方近くまで続くフラメンコ達との長い夜に付き合っておられました。

_FE_5355.jpgコンサートは大喝采が鳴り止まぬほどの盛況。アンコールでは、ドランテスの人気曲「オロブロイ(Orobroy)」が演奏されました。パンプローナのあるスペイン北部は、フラメンコよりもジャズの方が盛んで、ジャズフェスティバルも多く開催されています。

フラメンコでは、「パルマ(Palma)」=手拍子が、楽器の一種の役割をしています。パルマで打つコンパス(=フラメンコのリズム)だけで、歌ったり踊ったりすることもあり、パルメーロ(Palmero)というパルマを打つためだけに舞台にいるアーティストもいるくらいです。ところが、舞台上のアーティストがパルマを打ち出すと、客席から一緒に打ち始める観客がいます。これは「皆さん、手拍子お願いします」というサインだと思っているか(実際、観光客向けのタブラオに行くとそういうことをするアーティストもいます)、ノリノリになってやってしまっているか。今回のコンサートでも、バイラオーラがパルマでリズムを取り出した時、すぐに一緒に打ち出す観客ありで、打ってもいいのか?打たなきゃいけないのか?という微妙な感じがありました。

_FE_5250.jpgジャズの世界では、そこまでご法度的でもないそうで、むしろお客さんとの一体感を大事にして、あえてやることもあるようです。一緒に叩くお客さんがいることも承知済み。フラメンコでも、もちろんお客さんがつられてやるというのはアーティストたちは覚悟の上でしょうし、さほど気に数rそぶりは見せません。プロにとっては、それで演奏が左右されることはないでしょうが、フラメンコではコンパスが全ての基本。コンパスのずれた観客のパルマというのは、お客側からはどうにも気持ち悪いもので、せっかくの舞台上での早打ちの見事なパルマの掛け合いも、聞こえにくくなってしまいます。フラメンコ鑑賞の時は、ちょっと気をつけてみてください。蛇足でした。

クオリティーの高い、素晴らしいコンサート。いつか日本での公演もあるといいですね。とりあえず、コンサートの様子は下記の動画でどうぞ。

写真/FOTO : Copyright to JAVIER FERGO/ FLAMENCO ON FIRE
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