胸のすく素晴らしい映画だった。今年で喜寿(77歳)を迎えた稀代の踊り手、長嶺ヤス子を約一年にわたり撮影したドキュメンタリー「裸足のフラメンコ」である。新宿での公開は終了したが、大阪では5月4日から(第七藝術劇場)、愛知では5月11日から(名古屋シネマテーク)、兵庫では6月1日から(神戸アートビレッジセンター)と順次公開。関西方面の方、一見の価値はあるのでぜひ。
1960年にスペインへ渡り、日本人で初めてマドリードの老舗タブラオ「コラル・デ・ラ・モレリア」のフィグーラ(主役ダンサー)となり、以後現在に至るまで、50年以上も現役で踊り続ける長嶺ヤス子。その不屈のアートの源泉は一体何なのか? 過剰な演出を控えた安定感のある映像が、ときに鋭くも温かい視点で彼女の日常を迫っていく。
一番衝撃を受けたのは、2011年に直腸ガン手術から復帰後の、新宿のタブラオ「エルフラメンコ」でのワンシーン。舞台袖から楽屋へ戻る通路で、一人の女性が大声で泣き叫んでいる。そのただならぬ様子に長嶺が「どうしたの?」と聞くと、長嶺の踊りに感動して泣いているのだと、その女性に肩を借す人が答えるのだった。
長嶺は今年で77歳(1936年2月13日生まれ)と書いたが、舞台の上では依然、これほどまでに人の心を動かす力を持つ、現役のダンサーなのだ。全身全霊、手加減一切なしの姿勢を貫く、まさに踊りの鬼。初めて長嶺の舞台を見た時からそれは変わらない。約十年前の2000年12月、中野サンプラザで上演された「黒魔術の女」。その当時、64歳の長嶺は、共演の黒人ダンサーに両手をつかまれて身体ごと激しく振り回され、舞台を転げまわっていた。あらわになった白い脚が異様になまめかしく、実年齢とのギャップの激しさにもまた、驚かされた。
70代半ばの本作での舞踊シーンでも、火を吹くような長嶺の烈しさは相変わらずだった。凛とした気合一声、時に跳躍し、地面に這いつくばる情念の踊りは、観衆を瞬く間にトリコにする。「闘争しているの」と彼女は言う。世の中に対する恨み、くやしい思いを、踊りに託しているのだと。
大宮浩一監督の手腕も見事の一言に尽きる。長嶺の強烈なキャラクターに引きずられず、終始冷静に、そして時間をかけて丁寧に、彼女の不可思議な多面性をあぶりだしていくのだ。100匹以上の犬猫を飼う猪苗代の家や、知人宅で寝たきりの犬「ハチ」を介護する様子、自宅近くの公園でのトレーニング。楽屋でのファンとの交流。活動資金のための画業。その徹底した取材姿勢ゆえ、一般人とはかけ離れた、破天荒な長嶺の生活に根差した思いが、初めて見る人でもすんなりと理解できる。85分の上映時間はあっという間だ。
酒は付き合い程度でほとんど飲まない、美味しいとも思わないと、長嶺は5年前、筆者とのインタビューで語ってくれた。今回の酒はどうしようか・・・と道すがら考えると、ある酒が脳裏に閃いた。それが今回ご紹介する岩手県の日本酒、「雪っこ」である。
トレードマークである子供のイラストの雰囲気が、メルヘンチックな長嶺の絵と似ている、というのが脳内でつながった理由の一つ。そして長嶺も同じ東北の福島県会津出身である。
そしてもう一つは、「復活」という共通項だ。
「雪っこ」製造元の酔仙酒造株式会社は、2011年の東日本大震災で、陸前高田市にあった蔵が津波に襲われて壊滅した。しかし、昨年の2012年に大船渡市に待望の新工場が完成し、今年の「雪っこ」はその新工場から初出荷の酒なのである。
にごりの甘さの中にも力強いパンチが潜んでいて、すぐに酔いが回ってくる。さすが20度以上の活性原酒、雪っこの面目躍如といったところだ。再びこの酒が飲める日がやってきた幸せに、そして、ガンに打克ち喜寿を迎えてなお、長嶺ヤス子の踊りを見られる喜びに、乾杯!