冷たい雨にずぶ濡れになった夜は、重くパンチが効いたウイスキーと、胸をえぐる本物のカンテが、痛切に欲しくなる。
「マグナ・アントロヒア・デル・カンテ・フラメンコ」(全10巻)の第1巻「ロマンセス・オ・コリードスetc」は、そんな夜、あっという間に、はるか昔の唄の世界へと、連れ去ってくれるのだ。
土ぼこりの舞う大地。照りつける太陽。大西洋から吹き付ける潮風。フラメンコの起源が匂うロマンセを筆頭に、この第一巻は全26曲のうち、何と20曲以上も無伴奏の唄が収録されている。
アグヘータ・ビエホ(マヌエル・アグヘータの父)や、カンテの黄金三角地帯、ロス・プエルトスの名人たち、エル・ネグロ、アロンソ・デル・セピージョ、エル・コホ・ネグロらのカンテ――というより、"声"は、プーロ(純粋)としか言いようがない、ギラついた生々しい迫力に満ちている。
もとは大衆歌だったというロマンセの原形は、13~15世紀ごろにあるとされ、本作にも当時のキリスト教徒とモーロ人(イスラム系北西アフリカ人など)の戦いの様子を描く内容が、頻繁に登場する。
なかでもプエルト・デ・サンタ・マリア出身のフアナ・ラ・デル・セピージョのロマンセは、涙を誘う名唱である。題は「戦場にて」。
あたしは戦場を 歩いていた
ふと誰かの嘆き(ケヒオ)を感じ
緑の茂みの中へと入った
そして「それ」に近寄った
フランシアの父さんかもしれない
でも「それ」は あんただった
ああ いちばん好きだったのに
あたしは その亡骸に言った
「ねえ 誰があんたを殺したの?」
神様の御許へ行ったのね
疾駆する馬と 飛び交う槍
それらが巻き起こす 風に乗って (抄訳)
幾世紀も越えて唄い継がれる記憶。カンテ・フラメンコの一つの真実だ。若きエンリケ・モレンテや、アントニオ・マイレーナ、エル・チョーサ、初代テレモート、ディアマンテ・ネグロなど、錚々たる名人の熱唱が含まれる本作には、やはり、並みの酒では太刀打ちできない。何しろ全10巻、238曲もの収録である。
本稿第一回目で紹介したプーロな酒、シングルモルトのアードベッグ・テン(10年)。あの強烈な煙臭のパンチ力に、さらに度数と深みが加わった、ヘヴィー級の特別品「アードベッグ・コリーヴレッカン」こそ、この重厚無比な大全集に相応しい。
コリーヴレッカンとは、蒸留所があるアイラ島北部の巨大な渦潮の名前から来ている。それゆえアルコール度数が57.1度と、アタックもヘヴィー級。いきなり真っ向ストレートで勝負すると、強烈なカウンターを喰らうかもしれない、きわめて危険な酒でもある。
大海原に渦巻くフラメンコとウイスキーの深淵。ショットグラスに注がれたコリーヴレッカンが誘っている。今夜もダイヴする時間が来た。
※一週間毎に更新します。次回は5月24日(木)の予定です。