フラメンコの曲は、そのコンパス(リズム)と使われる音階によって約20前後の主要な曲形式に分類できますが、その中からCDやライブなどでよく演奏されるいくつかの代表的な曲形式について解説します。

ソレア

スロー・テンポで野性的かつシブい雰囲気。古くから伝わる伝統的な形式で、"フラメンコの母"とも呼ばれ、シギリージャと双璧をなすフラメンコの基本中の基本として尊重されています。荘重な中にもジプシー流のふてぶてしさと生命力を感じさせるスタイルです。リズムは12拍子のコンパスを持ち、ミの旋法が用いられます。マノロ・カラコールやテレモート・デ・ヘレスの歌うソレアがワイルドで最もソレア的!

シギリージャ

ソレアと並び、最も古くから伝わるフラメンコの基本となる形式。一説には葬式で歌われる泣き歌がその起源ともいわれ、悲しみ、嘆き、怒りなどの感情の極限をストレートに表現するそのスタイルはフラメンコの恐ろしさや底知れなさを示す一つの究極であり、フラメンコの神秘(ドゥエンデ)を最も感じさせる形式です。リズムは変則的5拍子で、ミの旋法が用いられます。アントニオ・チャコンやマヌエル・トーレの歌う究極のシギリージャにシビレるようならあなたもフラメンコの毒に侵されたといっていいでしょう。

ブレリアス

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たとえば新譜のアルバムを買ったときに真っ先に聴きたいと思うのがこのブレリアス。今日のフラメンコの顔ともいえる程、人気のある形式です。三度の飯よりブレリアスが好き、というファンも多い筈。数ある曲形式のなかでも圧倒的にテンポが速く、複雑なリズムとヘビ・メタも顔負けの激しいノリを持ち、その演奏にはハードなテクニックが要求されます。リズムはソレアと同じ12拍子、音階はミの旋法のほか、長調、短調など各種の音階が自由自在に使われます。とにかくブレリアスの演奏が現代のアーティスト達の腕の見せ所でもあり、この曲でカッコよくキメることができなければまるでサマにならない! パコ・デ・ルシアやトマティートのギター・ソロが最高にカッコいいですよ。

アレグリアス

ディープな曲調の多いフラメンコの中では珍しく、明るい雰囲気を持つ形式。軽快なリズムで長調の美しいメロディをもつ曲が多く、初心者や一般の音楽 リスナーには最も聴きやすい形式と言えます(その屈託のない明るさが気に食わない、という渋好みのファンもいるが、ソレアやシギリージャばかり聴いていた ら精神がスリへって身が持たない、というのも事実だ)。また、華やかな表現が売りの一つでもある踊りの分野では人気の定番レパートリーとなっていて、特に 女性ファンが最も憧れるのもこの形式だと思われます。リズムはソレアと同じ12拍子、音階は長調だが、たまに趣向を変えて短調で演奏されることも。

セビジャーナス

フラメンコ舞踊の入り口として多くのフラメンコ教室で最初に習うレパートリーであるセビジャーナスは、アンダルシア地方で非常にポピュラーな、一般 民衆によって踊られる、軽快な3拍子の民族舞踊です。1曲の中で4つの歌を転調しながらメドレーのように歌い、その歌をバックに男女ペアで踊るのが特徴で す。曲の長さが決まっていて、誰でも簡単に踊れるリズムなので、本場のアンダルシア地方ではセビジャーナス専門のディスコもある程、老若男女を問わず踊ら れています。鑑賞するというよりも、ちょうど日本の阿波踊りとか東京音頭みたいに自分で踊る参加型のダンス音楽といえるでしょう。音楽の面では、セビ ジャーナスはフラメンコの枠を超えたアンダルシアの一般音楽なので、アーティストの素性が違えば、たとえリズムは同じでもその音楽性はまるで違ってきま す。たとえばフラメンコ歌手が唄うカンテ調のもの、セビジャーナス歌手によるセビジャーナス調のもの、流行歌手によるちょっとイモ臭い演歌調のもの、曲の アレンジが妙にチープなポップ調のもの。地元のシンガー・ソング・ライターによるフォーク調のもの...etc。とても同じジャンルとは思えないほどバラ エティーに富んでいます。ちなみに私の個人的意見では、フラメンコ・アーティストによるカンテ仕込のセビジャーナスは、やはり独特で音楽性も高く、カッコ いい曲が多いのですが、それ以外の一般的なセビジャーナスは、さすがスペイン!といった感じの、田舎丸出しなダサい曲が多いようです。

タンゴ

2拍子系のポップなリズムとノリを持つ踊り歌として、近年の人気レパートリーのひとつとなっているのがタンゴです。ほとんどの場合ミの旋法で演奏さ れます。ソレアやシギリージャのような暗い曲の多いフラメンコのなかにあってアップ・テンポでちょっと横ノリなタンゴのリズムはブレリアやルンバと並んで ジプシーのお祭り騒ぎを盛り上げる恰好のレパートリーといえるでしょう。またシンコペーションを多用したハネるリズムとミの旋法によるメランコリックなメ ロディーの展開がなかなかセクシーでエロチックな匂いのするところも特徴です。ところでタンゴというと普通アルゼンチン・タンゴを連想しますが、これとは 全く別物で、フラメンコの世界では古くからアンダルシア・ジプシー生え抜きのリズムとしてタンゴという曲種が独自に伝わっているのです。もっとも、両者は 共に2拍子系のリズムをもつダンス音楽であり、シンコペーションを多用したノリなど確かに共通する部分も多いので、以前から両者の関連性についての様々な 研究や考察がなされていますが、正確なところは未だに解明されていません。有力な説としては、おそらく南米キューバあたりで発生したリズムが一方はアルゼ ンチンへ伝わってアルゼンチン・タンゴになり、一方ではアンダルシア・ジプシーの間に伝わってタンゴ・フラメンコとなったのではないかと考えられていま す。

ルンバ

ブレリア、タンゴなどと並んで今日の若い世代の間で最も人気のあるレパートリーです。ルンバはもともと19世紀にキューバで発生した黒人達のダンス 音楽ですが、1930年に発表された「南京豆売り」のヒットによって世界中に流行しました。これがスペインにも伝わり、フラメンコに取り入れられたのがル ンバ・フラメンカ、つまりフラメンコ風のルンバです。ルンバのリズムにタンゴやタンギージョをミックスしたようなアップ・テンポの曲調で、2拍子のシンコ ペーションを多用したハネるリズムが特徴です。音階はミの旋法のほか、長調、短調各種の音階が自由に使われます。当初はカタルーニャ地方のジプシーの間で 流行していたので"ルンバ・カタラン"とも呼ばれていました。でも当時のフラメンコの世界では、ルンバの陽気で軽薄な雰囲気は内輪のお祭り騒ぎの余興と か、観光向けの客寄せレパートリーといったイメージでしかなく、フラメンコ通に言わせれば取るに足らない曲種、といった感じで、あまり本気で取り上げられ てはいませんでした(実際、本格アーティストによるルンバの録音は当時ほとんど行われていない)ところが、1973年に天才ギタリスト、パコ・デ・ルシア が発表したギター・ソロによる画期的なルンバ「二筋の川(原題:Entre Dos Aguas)」がスペイン国内で大ヒットしたのをきっかけに、一躍フ ラメンコの人気レパートリーとして脚光を浴びるようになりました、それ以来、パコを追いかける若いアーティスト達の間で新譜の吹き込みには欠かせない曲種 として定着しています。パコはケタ違いのギター・テクニックとモダンなアレンジ・センスで、余興の曲と思われていたルンバを、本格的な芸術の域に高めたと 言えるでしょう。

カンテ・レバンテ

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アンダルシア東部のアルメリア県からとなりのムルシア地方にかけての鉱山地帯に起こった独特な雰囲気を持つカンテの一群・・・タランタ(タラント)、カルタ ヘネーラ、ミネーラ・・・これらの形式を総称して、カンテ・レバンテと呼んでいます。これらは前世紀の末から今世紀初頭にかけて流行していて、レコードの 吹き込みも当時盛んに行われていましたが、今日ではタランタ以外の形式はあまり歌われなくなっています。これらのカンテの特徴は、不協和音程を用いたコー ドを多用するミの旋法であることと、決まったリズムがない自由コンパスであることです(ただし、タランタに踊りが付く場合はとくにタラントと呼ばれ2拍子 のコンパスが現れる)。タランタは、アルメリアの鉱山地帯(ちなみにこの辺りは西部劇の荒野を思わせる荒涼地帯が多く、かつてマカロニ・ウェスタンの撮影 がよく行われていたそうです)で発生した山唄で、寂びれた陰鬱な雰囲気はよく「鉱夫の嘆き節」と形容されていますが、一方で不協和音のコード進行が非常に 幻想的で美しくもあります。曲のキーはミの旋法のミを全音あげたF#という変態的なキーが一般的に使われます。カルタヘネーラは、ムルシア南部のカルタ ヘーナの民謡で、曲の構成や雰囲気はタランタと同じですが、Eのキーで行われることが多いようです。ミネーラは「鉱山の歌」と言う意味ですが、明確な曲の スタイルが伝わっておらず、むしろタランタ、カルタヘネーラの同義語として漠然と使われているようですが、ギターの分野では今世紀初頭の偉人、ラモン・モ ントーヤがミネーラとして1936年に録音した曲が、歴史に残る名曲とされており、現在ではこのスタイルによるギター・ソロがミネーラと呼ばれています。 またカンテの皇帝アントニオ・チャコンは、ラモン・モントーヤの伴奏でミネーラを数曲録音しています(必聴です)。

アクースティカ倶楽部

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