「今年のフェスティバルはイベントが多いな」というのは、もう合い言葉と言っていいほど。フェスティバル公式プログラムと同じ時間に複数の場所でコンサートや公演がありますし、夜中0時以降のコンサートは、翌日クラスのある生徒さんにとっては、行きたくてもいけないという方も多いことでしょう。一方で、観光を兼ねて本場のフラメンコを楽しみたいという人には、この時期のヘレスは特にオススメです。アンダルシアの楽しさが、ギュッと凝縮されている感じです。
フェスティバルの公演は、9つのシリーズに分かれています。その中のひとつ、「Toca Toque(トカ・トケ)」シリーズは、ギターのソロコンサート。トカとは英語で言うタッチ(Touch)。トケは、フラメンコのギターを意味します。バイレ=踊り、カンテ=歌、そしてトケ=ギターがフラメンコの三要素。そこに、パルマ=手拍子やパーカッション楽器、そして、ピアノやバイオリンも加わります。
さて、フラメンコギターは、アンダルシアの中でも、その土地によって弾き方や音の感じに特徴があります。特にグラナダ、ヘレス、そしてモロン・デ・ラ・フロンテーラは、ギターの名手を多く輩出し続けている土地です。ここヘレスでの「トカ・トケ」シリーズは全5回。そのトップバッターは、その中で唯一のヘレス以外のギタリスト、ダニ・デ・モロン(Dani de Moron)。コンサート中の挨拶でも「ここヘレスで、自分がこのシリーズに出してもらえて光栄です」と。生まれたのはセビージャですが、育ったのはその名も示す通りモロン・デ・ラ・フロンテーラ。独特のトラディショナルなギターを身につけ、とにかく実地でキャリアを積んできた人です。踊りや歌への伴奏では名前を列挙しきれないほど数多くのアーティスト達と共演。
個人的には、アルカンヘルの伴奏をし始めた10年くらい前からよく聴くようになりました。当時は、ダニエル・メンデス(Daniel Mendez)という名前で弾いていました。その後、パコ・デ・ルシアのツアーメンバーに抜擢されたりと、とにかく大活躍。仕事が多く忙しくなる中でも、それを糧にどんどん実力をつけ進化していけるのが一流アーティスト。ダニも紛れもなく、その一人です。
コンサートでは、ソリスタとしての貫禄たっぷり。現代的なタッチのファルセータを弾いたかと思えば、ぐっと古典的な響きもあり、「あ、ダニのギターだな」と分かる個性ある音をたっぷりと聴かせてくれました。
パルマには、いつも共演する双子のパルメーロ、ロス・メジス(アントニオ&マヌエル・サアアベドラ/Los Mellis / Antonio & Manuel Montes Saavedra)に、ここヘレスのコンパス(=フラメンコのリズム)が加わりました。カルロス・グリロ(Carlos Grilo)とエル・ボー(El Bo)という生粋のヘレサーノ。4人もパルメーロ(パルマを叩く人)がいても、うるさくない!これぞプロです。心地よくリズムを刻み、ギター演奏をより楽しく聴かせてくれます。コンサートタイトル「エル・ソニード・デ・ミ・リベルタ(El sonido de mi libertad)は、昨年発表したセカンドアルバムのタイトルから。残念ながらコンサートの映像がないのですが、こちらでアルバムの中の曲が聴けます。
ビジャマルタ劇場では、昨年9月にセビージャで初演されたアナ・モラーレス(Ana Morales)の「ロス・パソス・ペルディードス(Los Pasos Perdidos)」。過去記事はこちら。
今回は、ギターのミゲル・アンヘル・コルテス(Miguel Angel Cortes)に代わって、ラファエル・ロドリゲス(Rafael Rodriguez)が。そして、ゲストとして初日のエバ・フェルバブエナの舞台で素晴らしいバイレを見せてくれたバイオールのダビ・コリア(David Coria)が加わりました。ダビはこの作品のディレクションも担当しています。前回の修道院の中庭で縦長の舞台での公演と今回の劇場版とでは、奥行き感が違っていましたが、ダビとの息の合ったパレハ(=ペア)の踊りでは、逆に舞台の幅をうまく使って、新しい見せ場を作っていました。二人は現在のアンダルシア舞踊団のソリスト同士。複雑な絡みのパレハのバイレはいつ見てもスリリングです。いともさりげなくやっていますが、それがどんなに難しいことか...踊りをかじったことのある人ならたやすく想像できるでしょう。
アナ・モラーレスは、どちらかというと小柄で、一見日本人に近い外見。しかし、時折照明に映し出される筋肉は筋金入りのダンサーの身体です。作品ではシルエットの投影が多く使われましたが、どのポーズでも、まるで滑らかな筆で描いたように美しいラインが映し出されていました。百聞は一見にしかずということで、下記の映像でバイレと共に、フアン・ホセ・アマドール(Juan Jose Amador)、ミゲル・オルテガ(Miguel Ortega)のカンテ。そして、ラファエルとサルバドール・グティエレス(Salvador Gutierrez)のギターも是非お聴きください。
Ana Morales - Los pasos perdidos - XX Festival de Jerez from Festival de Jerez Televisión on Vimeo.
続けてサラ・コンパニアでは、カディス出身のバイラオーラ、マリア・ホセ・フランコ(Maria Jose Franco)の公演。共演はがっちりヘレスのアーティストで固め、ピアノにはヒターノの女性で初めて王立の音楽学校を出てピアニストとピアノ教師の資格をもつロサリオ・モントージャ"レイナ・ヒターナ"(Rosario Montoya "Reina Gitana")が参加しました。"レイナ・ヒターナ"とはヒターナの女王という意味。強烈な芸名ですが、それに負けない個性的なルックスです。映像はこちら。
この日はオフ・フェスティバルのグアリダ・デル・アンヘル(La Guarida del Angel)に足を運び、若手バイラオーラ、マカレナ・ラミレス(Macarena Ramirez)のバイレを観に行きました。以前、黒木メイサさん出演の番組をここヘレスで収録した時、彼女が初めてバイレのスタジオを訪ねるシーンでドアを開けて迎える役をしてくれたのがマカレナでした。当時は、アントニオ・エル・ピパの舞踊団メンバーでしたが、その後、サラ・バラス舞踊団に呼ばれ、大学進学でマドリードに行ってからはマリア・パヘスの舞踊団に参加しながら、ソロ活動行っています。昨年のマリア・パヘスの日本公演でも来日していました。群舞の中にいてもキラリと光るレベルの高いバイレで目を引きます。小柄でとても愛くるしい顔立ちながら、舞台に立つと媚びない潔さと確かなテクニックで安心して観ることのできる期待のバイラオーラです。その日の映像はないのですが、こちらの2分ほどの映像もご参考に。カマロン・デ・ラ・イスラ縁のベンタ・デ・バルガスという場所での映像です。
若いのに驚きと言えば、王立舞踊学校マリエンマの生徒たちによる公演。昨年創設75周年を迎えたこの学校。現在のスペイン国立バレエ団には、この学校の卒業生がたくさんいます。フラメンコを含むスペイン舞踊全般を学び、世界レベルのダンサーの養成を目的とした学校です。16?18歳中心の生徒たち十数名による公演は、イサック・アルベニスのイベリア組曲やホアキン・トゥリナの曲を使った古典舞踊から、現代音楽、民謡、フラメンコの曲をアレンジしたもの、マリーザの歌声によるファドなど、バリエーションに富んだ6曲。そのレベルの高さと生き生きと踊る姿が印象的でした。フラメンコに関しては、バレエ出身の人が多いせいか、とてもキビキビ踊っていて、現在のスペイン国立バレエで見たフラメンコを彷彿させるものでした。
年齢もほぼ同じ、そして同カリキュラムでレッスンを受けていても群舞で同じ振り付けを踊ると各個人のもつ特性が良くも悪くも見えてきて、なかなか興味深いものがあります。元々の体型の違いも個人差はあります。直線的なトウシューズの普通のバレエとは違うクラシコ・エスパニョールならではに求められるしなやかで強い曲線。それを自在に表現できる身体ができている人とそうでない人の差が微妙にあることがわかります。とはいえ、それはとても高いレベルでの比較。10代であの技術、そして色気には脱帽ものです。映像はこちら。
続いて足を運んだのがビジャマルタ劇場。ヘレスからほど近い、アンダルシアの白い村のひとつ、アルコス・デ・フロンテーラ出身のマルコ・フローレス(Marco Flores)の公演「エントラール・アル・フエゴ」。若手4人に、カルメラ・グレコ(Carmela Greco)、アレハンドロ・グラナドス(Alejandro Granados)のベテラン二人が加わり、最初から最後まで全員真っ赤な衣装のまま進行していきました。演出は、現代的なフラメンコ作品を多く手がけるフアン・カルロス・レリダ(Juan Carlos Llerida)。映像はこちら。
翌日同じ劇場では、地元のバイラオール、アンドレス・ペーニャ(Andres Pena)とピラール・オガジャ(Pilar Ogalla)の公演。記者会見でアンドレスが「この作品には...美人のバイラオーラが出てて...」とお茶目に笑いをとるシーンがありましたが、この二人はご夫婦です。舞台監督にフラメンコのエキスパート、フラメンコロゴのファウスティノ・ヌニェス(Faustino Nunez)を迎えての作品「セピア・イ・オロ(Sepia y Oro)」。セピア色の遠い過去からオロ=ゴールドのフラメンコ全盛へと向かうイメージで、オーセンティック&クラシックな衣装とバイレ。ここヘレスという土地で、フラメンコを観に劇場に来た観客の期待に見事に応えてくれた舞台でした。
オープニング前、舞台の幕に映されたセピア色で古い写真のような出演者たちの集合写真。幕が開くと、その後ろにはアンドレスとピラールが板付で登場。クラシックな衣装でアレグリアスを踊ります。パレハの部分とそれぞれのソロの場面が入り混じり、ラファエル・ロドリゲス(Rafael rodoriguez)のギターが二人を気持ち良く踊らせているようでした。
記者会見でのこと。ピラール曰く「リハーサルでラファエルに、"じゃあ作り始めよう"と言うと、"いや?、何も作らなくったっていいよ。踊りたいように踊って"って。"でも(舞台は)ビジャマルタなのよ!"って言っても、"さあ、踊って踊って"。(笑)でも、本当に彼のおかげでいい雰囲気でできたわ。」と言っていたのが、なるほどと思えます。作品を通してギターもカンテもクラシックなフラメンコを存分に楽しめました。
演出で、パルメーロの二人がいわゆる巷のヘレスのブレリアを踊るシーンあり、カンテの歌い回しあり、カディスの軽快なタンギージョ(アップテンポのタンゴでラップのように歌うのが特徴)あり、そしてもちろんお家芸のブレリアあり。フラメンコが生活の中に息づいているここヘレスならではの楽しい作品で、老若男女、地元も外国人も楽しめたのではないかと思います。映像はこちら。
ヘレスのフェスティバル20年の歴史の中で、何人ものアーティストがこの世から旅立って行きました。記者会見中にも「マヌエル・アグヘタとカネラ・デ・サン・ロケに一分間の黙祷を」という場面もありました。
サラ・コンパニアで行われたバイレ公演は「アンダ!(!Anda!)」。冒頭、タイプライターを打つ音から始まりました。というのも、この作品は、ドイツのフラメンコ誌「アンダ!」の創立者で、昨年47歳で亡くなったオリバー・ファルケ(Oliver Farke)氏へのオマージュを、セビージャのフラメンコアカデミアのタジェール・フラメンコ(Taller Flamenco)が企画して作った作品でした。アンダはフラメンコ情報誌の草分けで、インターネットにもいち早くサイトを開いて、ドイツだけでなく、スペインの情報も載せていました。私自身20年前に情報の少ないブラジルから、アクセスすることができ、貴重な情報源として活用させていただいていました。編集長であるオリバー自ら、足繁くスペインに通い、アーティストや地元の人とも親交が深く、そこで培った視点で書き、フラメンコの普及に尽力されていたそうです。バイレは、フェリペ・マト(Felipe Mato)とヘマ・モネオ(Gema Moneo)、カンテには、その後続いてビジャマルタでのアンドレス・ペーニャ公演にも出演が控えていたロンドロ(El Londoro)とモイ・デ・モロン(Mio de Moron)。そして、ギターにはダニ・デ・モロンという豪華なバック陣での公演でした。映像はこちら。
写真:ハビエル・フェルゴ(JAVIER FERGO/ FESTIVAL DE JEREZ)
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