ギター部門総評

松村哲志
●座れるかな?と思いながら客席に向かったら、開演5分前なのに1列目から結構空いていた。ギター部門が終わる頃からお客さんの動きが増え始める。どうやら、「ギターは別にええわ、踊りが目的やから」的な雰囲気を自分は察知してしまった。ギターは新人公演の中でも注目度が低く、最も地味な世界。フラメンコ自体がニッチな世界なのに、その中でも更にマイナーである。
 フラメンコギタリストといえば、毎日、コツコツ何時間も基礎練して、バイレやカンテの伴奏も学んで、さらにソロや音楽も...と本当にやることが目白押しで大変なんだが、真面目に取り組んだからってなかなか報われない。しかしギタリスト自体も、ソロに関してあまりにも難しく考えすぎてしまってたり、そもそも演奏家としてのサービス精神が感じられないことも多い。世の中、ギターに興味ある人もいるが、大半はそうではないわけだし、そういうことも含めると、自分の演奏で何を伝えたいのか、ハッキリさせていかなければならない。でないといつまでもお稽古事の延長線上だ。
 全体的に感じたのは、自然な演奏をしている人より、演奏内容に無理がある人が多かったこと。自分にふさわしい、本当に弾きたいものでないと演奏のテンションは上がらない。
普段にない特別な舞台の上で、自分に対する信頼が崩れてしまうと、演奏どころではなくなってしまう。

若林雅人
●今年は森谷忍さんの登場に尽きる。年齢的には他の出演者はもちろん筆者よりも全然先輩なのだが、たとえ大きな舞台で活動することはなくとも、あのようなレベルの高いフラメンコギターを誠実な態度で弾き続けてきた方がいることに感動した。日本には老若男女フラメンコギター愛好家がたくさんいるが、 森谷さんの演奏は「フラメンコ愛好家として生きること」の素晴らしい手本を示してくれたと思う。態度は形になる。お見事。

加部洋
●今年は例年になくレベルの高い、更に"らしさ"がよく伝わってきたムイ・フラメンコなギター部門だった。その高いレベルの上に、年配の森谷さんと若い木村君が頭ひとつ抜け出ていた、という感じだった。これはある意味理想的な結果と言えるのではないだろうか。


写真:©大森有起

1森谷忍 君(タランタ)

1森谷忍 君(タランタ)

●音色が綺麗でバランスが素晴らしかった。フラメンコギターに対するアフィシオンを感じる演奏。タランタの持つ雰囲気がよく出てた。(松村哲志)
●舞台の幕があがると、そこにはギターを構えて微動だにしない年配の男がいた。力みはないが臨戦態勢。そしてゆっくりと弾き始めた。いやはやビックリ。 サッと刃物を抜いた様な音で攻め込んだと思いきや、ひと呼吸おいてコロコロと粒のそろったトレモロの美しい調べ。最後まで淡々と弾き続けた姿は格調高く、演奏後のお辞儀もゆっくりと柔らかく非常に美しかった。フラメンコかくあるべし。(若林雅人)
●ひと言、誠に天晴れな演奏だった。森谷さんは60代とお察しするが、気力も体力も衰えていくなか、それに抗うかのような内に秘めた情熱が素晴らしい。スタッカートのきいたメリハリのある低音、歯切れのあるアルサプーア、美しいトレモロ―伝統の香りが横溢するタランタだった。あの大舞台で上がった風でもなく、自分のペースで弾き切ったのは見事だった。(加部洋)

2和田健 君(ソレア・ポル・ブレリア)

2和田健 君(ソレア・ポル・ブレリア)

●構成を工夫しているのは分かるし、興味深いところは多かったが、力んで固くなりすぎてしまってはリズムが崩れてしまう。音色の表情も固い。その部分も含めて演奏にもっと工夫が必要。(松村)
●丁寧な演奏だがコンパスが弱い。走ったり止まったりと少々独りよがりな印象。曲の背後にソレアのコンパスをしっかり感じよう。オリジナル曲を演奏したことは評価するが、せっかくのオリジナル曲なのだから記憶に残るメロディーやリフレインを聞かせて欲しかった。(若林)
●変則チューニングのソレア・ポル・ブレリア。毎年出場の和田君はいつもオリジナル曲で勝負しているが、今回はその独創性とレベルアップした演奏が良かった。今までの数回の出場のなかで、最も良い演奏だった。そのこだわりと精進がよく分った。欲を言えば、美しすぎるメロディのためか、ソレ・ポル独特のコンパス感が足りなかったことか。(加部)

3内山友樹 君(ブレリア)

3内山友樹 君(ブレリア)

●無理のない演奏で、好きなものを楽しんで弾いている感じがよく伝わった。自分的には酒呑みながら聴きたいくらいでした。ただ、特別刺さる部分がないのが残念で、折角いい感じで弾いても印象が可もなく不可もなくになってしまう...。終わり方も真面目な感じがした。(松村)
●格好良いブレリア。ピカードの音がもっと力強く立っていたら、メリハリが増してさらに盛り上がったと思う。本来ならパルメーロをバックにして聞きたい演奏内容だが、そのイメージをひとりで出せたのは偉い。ニコニコと笑顔で舞台を去ったのが印象的。(若林)
●ビセンテ・アミーゴのブレリア。ビセンテのあの躍動感溢れるブレリアの雰囲気が出ていた。それはリズムの刻み方に起因していたと思う。その点は良いのだが、早いピカードが弾き切れていなかったことや、低音が前面に出て来なかったこと、メロディ・ラインが細かったことなどが気にかかった。(加部)

4藤嶋良博 君(アレグリアス)

4藤嶋良博 君(アレグリアス)

●最後までハッキリとしたものが聴こえてこなかった。弾いてる本人がエキサイトしてないと聴いてる人は感じない。まず弾く対象を見つけて、あとは細かいことは気にせず、もっと陽気に自信を持って弾いたほうがいいです。(松村)
●優しい音。ゴルペがコツコツと軽い音なのがもったいない。全体的にメリハリに欠け、アクセントが不足気味。アルサプーアの親指には切れと迫力が欲しい。ここぞ!というときは気合いを入れて弾こう。(若林)
●相当なテクニックを必要としたモダンなアレグリア。その雰囲気はよく出ていたが、ラスゲアードのアタック感の不足、アルサプーアの歯切れの不足、アルペジオの曖昧さなどフレーズの処理に不完全さが目立ち、演奏そのもののスケールが大きくならなかった。(加部)

5福嶋隆児 君(ソレア・ポル・ブレリア)

5福嶋隆児 君(ソレア・ポル・ブレリア)

●終始自分のペースに持って行けず、内で感じるよりも先に指が動いてしまってる感じがした。ギターの音よりも足の音のほうが目立つ箇所があったり、所々合ってないところも残念だった。曲の選び方でもっといい感じで弾ける人だと思う。(松村)
●ちょっと速かったかな。音がつながってしまって各フレーズが聞き取りづ ら かった。一音一音の輪郭をハッキリ出してあげよう。ヘレスのソレア・ポル・ブ レリアは筆者も大好きだが、今は亡きパリージャやモライートの音は芯があって且つ明瞭。美味しそうなフレーズがたくさんあっただけに惜しい。(若林)
●いぶし銀のごとき通好みの、文字通りかっこいいソレア・ポル・ブレリア。ソレ・ポルの何たるかが分かっている演奏だった。残念だったのはフレーズの抜けなどテクニック面が不完全だったことだ。(加部)

6宇田川卓俊 君(タランタ)

6宇田川卓俊 君(タランタ)

●いい感じで始まったが、ファルセータになると弾き始めが弱く、雰囲気だけで弾いてるように聴こえた。天然で強弱が付いてしまってるだけかもしれないが、左右が合ってなくて肝心な所が濁ってしまったり、ある瞬間極端に強くなったりしていた。曲の流れはいいし、もっとクリアな音を出すだけで見違えると思う。(松村)
●会場の紹介アナウンスが終わると若い女性たちから「オーレ!」という大きなハレオが掛かった。演奏は美しかったが、音に腰がないので説得力に欠けた。右手の弾き方の問題だと思う。今回は小さくまとまってしまった印象。(若林)
●情感豊かで、タランタをよく理解した演奏。ピカードのフレージングに曖昧なところが散見されたが、それ以外の個々のテクニックは良かった。ただ、音が前に出ていないなど、演奏そのもののスケール感が足りなかった。トレモロは絶品!(加部)

7塩谷経 君(ソレア)

7塩谷経 君(ソレア)

●本番はリハより緊張してたのか、最後まで自分のペースに持って行けないようだった。そのため、曲の展開もどこかハッキリせず、同じ場面を繰り返しているように聞こえた。終わり方も突然で呆気なかった。しかし、技術的にも音色にも自分独自のこだわりを持っているように感じた。ギターを持ってる姿は凄く雰囲気があった。(松村)
●優しいソレア。演奏が切れ切れに感じる。ソレアの大きなコンパスの上にしっかり音を置いてあげよう。右手親指で弾く音が、肉の部分で弾いているせいか籠り気味。経過音に使っていたコードが新鮮で感心したが、これはエミリオのアイデアなので、これを参考にして自分流のアレンジで作曲してしまおう。(若林)
●よく歌うソレアだった。ギターの響かせ方も良い。ただ、気になったのはフレーズの処理のモタリなどテクニック面が不完全だったこと。しかし、練習を積めば相当上手くなる可能性を持っていると感じた。(加部)

8木村尭 君(ソレア)

8木村尭 君(ソレア)

●弾く気充分、音量もあり、集中して弾いてる姿が気持ち良かった。前半は間もあって遠近感ある素敵な演奏だったが、中盤からはどこか一本調子に感じた。後半、特に最後のリズムがハッキリしていれば良かったと思う。(松村)
●根性入ってる。冷静且つ熱い。ギターの中に入っていくような弾き方が印象的。前半のゆっくりと押してゆく音に迫力があり、トレモロパートのコード進行も気持ち良い。独特の迫力があって巧いのだが、筆者的には何かが足りない印象。終演後もずっと考えていたのだが、それが何なのか言葉に出来なかった。申し訳ない。(若林)
●木村君の演奏は本番の数日前に聴く機会があった。その時は若干ミスもあり、それがすこし不安材料でもあった。しかしフタを開けたらどうだろう、練習より本番のほうが良いという素晴らしい結果になった。その集中力、強心臓に驚かされた。(加部)

アクースティカ倶楽部

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