堀越千秋さんのことは、古くからのフラメンコファンなら知らない人はいないでしょう。


chiaki.jpg今更ながらのご紹介ではありますが、堀越さんの本業は画家。
マドリードにアトリエを構えて30年余り。多数の個展開催はいうに及ばず、ANAの機内誌「翼の王国」の表紙を10年にもわたり飾り続けていたり、新聞連載小説の挿絵を描かれたり、小島章司さんの公演などで舞台美術を担当されたり、広く活躍。ここ数年は、山に篭って陶芸家としての創作活動もされています。
加えて、執筆活動も精力的になさっており、著作も多数。エッセイなども新聞や雑誌にあまねく発表されています。
そう、いうなれば、堀越さんは、フラメンコ-スペインの魅力を一般社会に向かって広く伝える「我らが文化人」的存在の方(こういう言われ方堀越さんは嫌がりそうですが)なのです。
一方、自身もカンテを歌い、とりわけアグへータ一族との深い交流は有名で、今は亡き長兄フアン・ゴルドとは義兄弟の契りを結んでいたほどの仲。そのドフラメンコな生活ぶりは、パセオ・フラメンコ誌の名物連載だった「フラメンコ狂日記」などでも広く知られているところです。
と、こう型どおりに説明しても、堀越さんのほんとの魅力は伝わらないんですよね、多分。
私が知っている堀越さんは、とにかくハチャメチャで、自由人で、存在自体がアートな人。
飲みたいだけ酒を飲み、あたり構わず言いたいことを言い、権威もへったくれもものともしないやんちゃな頑固オヤジ。だけどこれまた、超やわらか頭の粋な御仁なのです。
フラメンコ、とりわけカンテ・ヒターノへの熱烈愛は、いうまでもありません。
私はかなりミーハーなフラメンコファンなので、様々なタイプのフラメンコが好きですが、
堀越さんにとっては、フラメンコとはカンテ・ヒターノのこと。
そこには、フラメンコの本質を見極め感じる深い眼差しとフィロソフィーがあり、それはアグへータ一族と日常的に遊びながらカンテを覚えたというほどのリアルな体験に裏打ちされたものです。
私が最近読んだフラメンコに関する文章で最も感銘をうけたものは、アグへータ3代のカンテを収録したCD「ロス・アグヘータス」で堀越さんが書いたライナー・ノートです。(以下抜粋)
「カンテとは音楽の形を取りながらも音楽的快感を追求するものではない。心の奥底の悲しみを、まず語るものだ。ホアン(ゴルド)は、ウトレーラ姉妹やペラーテの渋いカンテを聴いてさえ、『あいつらは音楽的だしな』という言い方をした。『音楽的』を一段低いものとして扱うのだ。では至高のものとは何か?知れたこと。魂の語り、である。容赦なき美である。他に言い様もない。」
ところで、当サイトでは堀越さんに「新人公演応援團」団員として合評を毎年書いて頂いています。今年は、お忙しくてカンテ部門だけの執筆でしたが、毎年舞踊部門も書いていただいていました。
この合評の読者なら、堀越さんの「カンテ狂の頑固おやじぶり」は、よくご存知ですよね?
これでもかってくらいに「カンテがわからきゃフラメンコは踊れない」「踊りがうまくなりたいならカンテを聞け、歌え!」と言い続けています。あまりの断罪ぶりに、その言葉の奥にあるものをもっと聞いてみたいと感じている方も多いのではないでしょうか?
el Chiaki.JPGさて、ようやく本題。
10月4日、今度の土曜日に開催されるアクースティカ30周年記念イベントでは、そんな堀越さんをゲストにお迎えし、カンテ・ヒターノについて存分に語っていただきます。
題して「わがヒターノの唄声(カンテ)~Gypsy flamenco poesy~」。
フラメンコにとって、ヒターノの存在とは何を意味するのでしょう? ヒターノたちの何が、この素晴らしいアルテ、フラメンコを生み出したのでしょう?
はたまた、ヒターノでなければ、フラメンコの真実を体現することはできないのでしょうか?......。 
聞き手は、「プーロ・ドランカー」の執筆者である中谷伸一さん。
中谷さんに、堀越さんが経験し、腸に染み込ませてきたカンテ・ヒターノの深い魅力、深層に切り込んでいただきます。
いつものようにワインを1杯ご用意して、皆さんの参加をお待ちしています。
まだ、お席あります。
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アクースティカへの電話、メールでもご予約いただけます。
電話03-3473-5678 E-mail:info@acustica.jp

アクースティカ倶楽部

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アクースティカ倶楽部は、仲間とともにフラメンコの「楽しさ」を追求する、フラメンコ好きのためのコミュニティです。