5月12日、渋谷で行われたカンテの瀧本正信さんとギターの石井奏碧さんのライブへ行った。
瀧本さんのソロライブへ行ったのはおよそ1年ぶり。石井さんのカンテ伴奏は初めてだったが、なんとも内容の濃い、
肝に沁みるライブだった。
瀧本さんは、言わずと知れた日本のカンテの第一人者。一方石井さんは今めきめきと頭角を現し活躍中の若手だ。
ベテラン瀧本さんの歌はますます磨きがかかっており、
一方石井さんは、若さに似合わぬ舞台度胸でチャレンジャブルに弾き切った。
ここ数年の瀧本さんの新境地には、目を見張るものがある。
「わし、ホンマにカンテが好きになったのはごく最近のことですねん」と、
ライブでも冗談とも本気ともつかず語っていたが、
今年還暦を迎えるというこの人のフラメンコへの情熱は、ますます盛んである。
スペインでの公演活動、全曲無伴奏のCD「アキ・エストイ・ジョ」のリリース、カンテソロのライブ活動...。
そしてなによりその歌には、
全身全霊の歌心が、恐いほどの陰影が、深く刻まれている。
カラコレスからはじまり、マラゲーニャ、ファンダンンゴ、タラント、ソレア、ティエントなどなど、
合間に軽妙ながらスパイスの効いたトークを挟みながら、次から次へと熱唱が続く。
シギリージャでそのパワーは沸点に達したかと思われた。
ジワジワと会場を満たして行った熱が蒸気を噴き出すごとく
客席のそこここから感嘆のため息と嗚咽がもれた。
だが、ライブはここで終わらなかったのである。
瀧本は、続くブレリアで、風穴を開けると、
アレグリアスを一気に大きなうねりで歌いあげた。
そしてラストは、今度は間逆のべクトル、無伴奏のマラゲーニャで締めた。
大きな波にたたみこまれるように
観客は何度もカンテの渦に身を任せて酔いしれた。
揺るぎないフラメンコへの思い
尽きることのないカンテへの情熱が、瀧本さんの全身から溢れてやまない。
何十年と歌いこみ磨き上げてきた技に、
今日の新たな命が織り込まれる凄み。
なんということか。今年還暦を迎えるというこのカンタオールは、
今なお進化を続けいているのだ。
一方の手には「本物に近づきたい」という思いを青年のままの純情さで抱え、
もう一方には「俺の歌でぶちかましたるで!」という心意気を持ち続けて。
瀧本さんとの歳の差はおよそ30歳。
石井奏碧さんのギターは、この日も際立っていた。
カンテ伴奏というと、ともすると伴奏者の"優しさ"ばかりがめだったものになりがち。
もちろん、ギターがカンテに寄り添うことは大切なことなことなのだけれど、
カンテとギターのいい意味での緊張感というか、
挑み合う感じというのもこれまたライブならではの見どころ聴きどころ。
石井さんのギターには、それがあるのだ。
おっと、そう来るかぁ、あぁ、今度はそういくのね、
という驚きや発見がスリリングで楽しい。
大先輩瀧本さんの胸をドーンと借りて、一歩も引かない。
したたかなまでの表現力、インパクト!
時に若干やりすぎの感じ(音数が多いとかいうことじゃありません)がしなくもないのだが、
この際どさ、全身で挑んでいく感じ、私は好きだ。
いわんや、若者のこの気概を見過ごす瀧本さんではない。
石井さんの挑みは、瀧本さんのカンタオール魂をますます掻き立てたに違いない。
そうした二人の心意気が
みごとに結実した一夜だった。