お待たせしました。
フェスの最後を飾ったのは、日本初公演ロシオ・モリーナの「ダンサオ-ラ」。
小さな体からよどみなく打ち出される弾丸サパテアード、怒涛のコンパス。
よもやアンドロイドかマトリックスかってな感じで(誰かがどこかでそんな風に表現していた)、人間技とは思えない。
そう、異次元の超絶テクだ。


が、ロシオのすごさは、これで終わらない。
機械仕掛けのような身体の動きとは裏腹に、作品作りはいたく人間的というか、心のツボを押えているのだ。まるで人間の性を逆手に取ったにとったかのごとく、観客の心情的な起伏を捉えた効果的な(飽きさせない)演出がそここにしかけられている。そう、ひらたくいえばエンターテイメントなのだ。
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エンターテイメントとフラメンコは、多くの場合相性が悪い。フラメンコは作為的な仕掛け(演出)をどこか拒絶するようなところがあるのだ。通俗的な演出を施すと、それこそ安っぽい感じにになってしまう。
だが、ロシオがやると、なぜかそうはならない。
多分それは、フラメンコとエンターテイメントとを、あの人間離れした異次元の超絶テクがつないでいるからではないだろうか? 
エンターテイメントの通俗をロシオの神業が吹き飛ばしてしまうのだ。
フラメンコのファンの中には、ロシオのこのエンターテイメント性を嫌う人たちもきっと.いることと思う。だが、彼女の、ツボを押えた演出力は、それ以上にきっと、フラメンコのファン層を広げてくれるに違いない。
前日のイスラエルとは違った意味で、ロシオはフラメンコの新しい扉を開いた人であると思う。
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舞台の上でワインを飲んだり、そのワイングラスを床に置いて曲芸みたいなサパテアードをやってみせたり、最後にはそれを踏みつぶしして観客をギャフンといわせるなんていう演出は、一歩間違えればただの通俗。
だがロシオがやってみせたそれは、なんとも絶品なのであった。
写真 青柳裕久
■フラメンコ・フェスティバル3日目 10月14日(月)
会場 新宿文化センター
出演者
バイレ ロシオ・モリーナ
カンテ ホセ・アンヘル・カルモナ
ギター エドゥアルド・トラシエラ
パーカッション ホセ・マヌエル・ラモス
演目
1. VALS
2. CANTES DEL CAMPO
3. CANTIÑAS
4. RONDEÑA
5. ZAMBRAS
6. CONDE QUINO
7. SEGUIRIYA

3つの壁の乗り越え方

【フラメンコに行き詰まりを感じている方へ】

フラメンコ(カンテ/踊り/ギター/他)が難しい...
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