10 月11日、ベニート・ガルシアの公演「標」を見た。
日本の地に根をおろして20年あまり。
日本を活動の地に選ぶスペイン人は少なからずいるが、
ベニートのその取り組みには、他のスペイン人アルティスタとは一線を画すものがある。
日本への根のおろし方、教える人としてのプロフェッショナル度、スペイン人であることに胡坐をかかないその真摯な姿勢に、私は以前から心打たれいた。


shirube.jpgのサムネイル画像のサムネイル画像自身が踊り手として生きることよりも、プロフェッショナルなフラメンコ教師としての道を極めることを公言していたベニート。昨年インタビューした時も、数年に1度のペースで、後進の指導のために劇場公演を行っていきたいと、語っていた。
大劇場で踊っているベニートを見たのは、実に十年ぶりのことだった。
私の脳裏にあった踊り手ベニートは、
アイドル顔負けの可愛らしさで超絶を繰り広げるイケメン・バイラオール。
彼の背中には、フラメンコの天使の羽が生えていた。
久しぶりに再会した踊り手ベニート・ガルシアは、鮮烈だった。
その間のほとんどの時間を教師としての取り組みに費やしいた彼であるのに、
踊り手としての彼が見せる円熟の境地には、幾ばくの陰りもなかった。
彼の一挙手一投足は、彼が歩んできた時間の確かさを表していた。なんと雄弁な身体であることか。
どっぷりと日本の地に根を張りながら、日本にまみれていない旬なバイレ。
カンテやギターと一共に繰りだすそのコンパスの、何と新しくスペインなこと!
教師としての顔を前面に押し出しながら生きて来た彼の内側には、
まさしく踊り手としての命がめらめらと生き続けていたことを感じずにはいられなかった。
あぁ、この人は舞台に立つために生まれてきた人だ。私は彼が踊るフラメンコに釘づけになった。
この日の公演のタイトルは「標」。
「標(しるべ)」とは、印であり、証である。
その人がその人であるための、そのものがそのもであるための象徴である。
スペイン人でありながら、ましてやフラメンコ舞踊手でありながら、
スペインを離れ、異国でフラメンコに精進することになったべニートが、
自身の「標」を、
彼が彼であるための、フラメンコがフラメンコであるための、
印、証を求め続けたであろうことは、想像に難くない。
フラメンコを極めようとする身でありながら、
スペインを離れることは、
大事な何かを失うことになるのではないかと、真面目な彼は自問自答し続けたに違いない。
若くして日本で生きることを選び、
日本でフラメンコを広めていくことが使命と、
教師という役割を自身に課して邁進してきた彼の
その胸の奥にどれほど大きな怖れと不安、一抹のやりきれなさがあったのだろう?
そのことに思いが及んだ時、私は熱いものを押えることができなかった。
だって、目の前で踊る彼は、教師ではなく、まさしく踊り手そのものだったから。
もし彼が、スペインで踊り手としての道を歩み続けていだのなら、
どれだけの活躍をしただろう? そう思わずにはいられなかった。
ベニートがおそらく自身のうちに封じめてきた、踊り手としての志を
感じないわけにはいかなかった。
さて、彼の素晴らしさは、踊りだけではなかった。
構成台本、演出、振り付けはもちろん、照明や音作りに至るまで、
何と緻密に、作品が構築されていたことか。
前半の見せ場、歌とパルマのみで踊ったブレリアからアレグリアスへの流れは、
フラメンコの極めてシンプルでプーロな魅力を表現することに成功していたが、
その一方で、劇場公演ならではのあらゆる技法、要素を駆使して
完成度の高い作品に仕上げられていた。
この作品作りにおける高い精度は、そんじょそこらのスペイン人にはできないない(失礼!)技だ。
今回の公演には、彼が日本で歩んだ20年の「標」も刻まれていた。
彼に続く日本人バイラオーラとして、屋良有子、篠田三枝、里有美子が、出演
個性豊かにソロ&群舞を踊った。また、彼のもとで学ぶ舞踊団員も参加。ベニートの日本での活動の確かな実りを感じさせた。
公演のプログラムには、おそらく彼が書いたのであろう散文詩が記載されていた。
そこには、彼が過ごしてきた日本での長い時間の裏側で抱えた
不安と焦燥が、率直に綴られていた。
彼は告白する。
異国に生きる危うさと苦悩を。
そして、「かつての始まりに戻っていく」。
「人生の最初に戻ることが必要だったのだ」。
そして、散文詩の最後は、こう結ばれていた。
「やっとわかった、俺はコルドバの人間だと。
ある日私の身体はそこを離れたけれど、魂はそこを離れていない。
そのことがやっと理解できた」と。
ベニート・ガリシアの作品「標」に、
そして彼の生き方に、100万回のオレ!を......。

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