この秋、全国各地の映画館でフラメンコの風が吹いている。
大方のフラメンコ愛好家は、すでにご覧になったであろう、映画「ジプシーフラメンコ」。
東京の「ユーロスペース」での上映を皮切りに、全国20ヶ所あまりの映画館ですでに上映を終了しており、現在は仙台、横浜、佐賀で上映中、この後も来春まで各地で上映が予定されている。


gipcyflmwnco.jpgこの映画は、カルメン・アマジャ生誕100周年を記念して制作されたもので、ほとんど無名といってよいカタルーニャ出身のエヴァ・ヴィラ監督によるドキュメンタリー作品である。つまり、商業映画ではなく、極めて地味な作品。普通に考えるならば、日本で公開、配給されること自体が難しいと思われる映画なのである。
 
作品には、確かにフラメンコの真実が描かれているので、フラメンコファンにはストレートに伝わる秀作であるが、一般の人に強く訴えかけるような演出、説明的サービスは施されていない。
このような商業的には難しいと思われる映画がこれほど多くの映画館で上映されるに至ったのは、フラメンコ愛好家、ピカリンこと飯田光代さんの「この映画を広めたい」という」という情熱が実を結んだからだ。
作品を日本で配給したいと決意した飯田さんは、まず、自分のフラメンコの仲間たちを巻き込んで、この映画の魅力を広めていった。上映に先駆けて、そうしたフラメンコ関係者・ファンの「ジプシーフラメンコ」についての情報が、facebookやtwitterにあふれ、社会に向かって発信された。これが広く世の中への口コミの大元になったであろうことは間違いないだろう。試写会が行われ、フラメンコの本質をついたこの映画の素晴らしさを実感した観客(その多くがフラメン関係者・ファン)は、ますます自身が宣伝塔となってこの映画の魅力を広めていったのである。
この事自体、日本のフラメンンコにとっては特筆されるべきことなのだが、私がさらに驚いたのは、その後のこの映画を見た人達の熱い反響である。
実は、当サイトの母体であるアクースティカは、この映画の関連商品(カルメン・アマジャのCD&DVD)を、ほとんどの上映映画館内で販売している。CDやDVDといった商品が売れなくなったこのご時世にあって、その販売実績がどこもすこぶるよいのである。
公演・上演会場の売れ行きというのは、その作品に観客がどれだけ感動したかを示す指標であると言っても過言ではない。この映画の反響には私も強い関心を寄せていたので、各上映館の担当者に話を聞いたのだが、どこの館も「見に来るお客様は元々のフラメンコファンとそれ以外の一般の方々が半々くらい」、「通常以上の上映作品関連商品の売れゆき。お客様たちが感動して帰られるのが肌で伝わってきます」とのことだった。納品した商品が売れ切れると直接アクースティカに問い合わせてくる人たちもおり、そのほとんどは初めてつまりはフラメンコファン以外のお客様だった。
正確なデータがあるわけではないが、フラメンコに今まで関心のない人たちに、この作品を通してフラメンコが伝わっている、そう感じさせるいくつかの現象が起こっているのである。私はそのことをいつも願って。これまで多くの仕事をしてきたが、それを実感できる機会は極めて少ない。
フラメンコ映画といえば、ガデスの「カルメン」、「フラメンコ」などカルロス・サウラの作品がすぐに思い浮かぶ。サウラ監督は、スペインを代表する巨匠のひとりであり、フラメンコの魅力を様々な映像手法を駆使し、究極の映像美で映画化した監督。その作品はフラメンコファンを喜ばせただけでなく、広く一般の人々にフラメンコの魅力を伝えた。今、何らかの形でフラメンコに関わっている人の多くのフラメンコへの契機がサウラ作品だったという人が少なくない。かくいう私も最初にフラメンコに出会ったのは、サウラの「カルメン」だった。
 
そう、今までだってフラメンコの普及に果たしてきた映画の役割は大きい。しかし、サウラ作品と「ジプシーフラメンコ」とでは、さまざまな意味でその有り様は異なる。
多くの場合、一般の人たちに広がるフラメンコというのは、サウラ作品にかぎらず、普及のための創意工夫が作品的にも流通のシステム的にも加えられれたものがほとんどだ。エンターテイメント性など全く持たない、フラメンコの直球どまんなかのこのような作品が、一般の人々に届くケースは極めて少ないのだ。これは、様々な要因があったとはいえ、「映画」という媒体の力が大きく働いたのではないかと改めて思う。
今、フラメンコファンの人口は、一時期の盛り上がりから見ると、かなり冷え込んでいる。そうした状況の中で、「ジプシーフラメンコ」が果たした役割はとても大きい。もし、この作品が上映されず、DVDという形でしか見ることができなかったとしたら、決してこの様な反響を呼び起こすことはできなかっただろう。
「ジプシーフラメンコ」の上映はこれからも続く。
今このブログを読んでいる皆さん、皆さんのフラメンコへの、この映画への思いが形になって、世の中を動かし、フラメンコの風を吹かせています。
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