<バイレ・ソロ部門総評>

菊地裕子
●今年のソロ部門は私には非常に面白かった。心を開放させてくれる踊り手が何人もいたからだ。どれだけ泣いたり笑ったり、リズムや展開に心を躍らせたりしたことか。今年は伴唱をスペイン人が務めるケースが非常に多かったが、エネルギー全開の彼らのカンテをしっかり受け止めて踊る人が少なくなかった。これは特筆に値する。日本のフラメンコ舞踊もここまで成長したかと感慨深い。また、極めてシンプルな振付で深いフラメンコを感じさせてくれた出場者が何人かいたことも非常に嬉しいことだった。この感覚なくしてどれほど難しい技を重ねたところで、感動には及ばない。ここがスタートだと私は思っている。たかがライターの分際で偉そうに書いているのも、この基盤が失われつつあったのを危惧してだけど、ここのところ、フラメンコの大事な部分をちゃんと理解して踊っている人が増えてきた気がして、無性に嬉しい。だったら、もう私が書かなくてもいいようなもんだが、年齢のせいか言い遺したいことがあれもこれも出てきて困るので、後悔しないで済むようにまたぞろくどくどと書いてしまった。きつい言い回しもあるかと思うけれど、あくまで舞台を観て感じた菊地の私見であり感想であり、えーと困った性格であって、誰かを攻撃したりする意図は毛頭ありません。私が言いたいのはただひとつ。フラメンコは本当にオレ!ってことです。

西脇美絵子
●バイレ・ソロ部門は例年レベルが高い。だが、今年はやや停滞気味だった気がする。ずば抜けた人というのがあまり見当たらなかった。下の方のレベルは維持されていたのでいつも以上に僅差のところに大勢がひしめきあっていたことになる。個人的には、絶対奨励賞!と思った人(◎スペシャル)が2人、奨励賞と思った人(◎)が1人、奨励賞のボーダー上にいる人(○)が14人 もう少しでボーダー上と感じた人(小○)が9人。ここまでで26人。因みに去年はこの枠に40人の人がいた。私の選考の物差しについて少し。「奨励賞のボーダー上」と「もう少しでボーダー上」を分けるのは、ほとんどの場合技術力、それもフラメンコ舞踊を踊るための身体の動かし方など基本的な技術力の差だ。「奨励賞のボーダー上」と「奨励賞」とをわけるのは、こちらを感動させてくれる、釘づけにしてくれる何かがあるかどうかだ。何かとは、表現力や説得力だったり、際立つ個性(自分のやりたいことが明確)だったり、圧倒的な技術力(音楽力も含む)などなど色々あるが、多くの場合はそれらが交差しあって強烈なインパクトとなる。今年全体を見ていて感じたのは、多くの出場者たちの砂上の楼閣的技術力の高さだった。皆上手いのだ。フラメンコ舞踊ならではのカッコイイ振りや所作を器用にこなす。身体も足もよく動く。だが、フラメンコを踊るための身体がしっかりできている人が極めて少ない。体幹をしっかり鍛えて周囲の空気を動かすことのできる人がほとんどいなかった。重く張りつめ、それでいてしなやかな美しいブラソで踊った人もほとんどいない。するとどうなるか? 難しい振りをツメツメに詰め込んで踊ることはできても、タメが効かない、胸に響くマルカヘがない。決めはかっこよくまとめても、途中がおざなりでごまかしが多い。歌ぶりを何コンパスか立ち姿のまま聞くという振付が今年は結構あったが、何もしないでいる少しの時間が空虚で持たない。どんなに気合が入っていても、フラメンコ舞踊としてきちんと押えるべきことが押えられていないと、それは説得力にも表現力にもならないのだということを肝に銘じてほしい。身体を大きく動かすから踊りにスケール感が出るのではない。フラメンコ舞踊は、自身の周囲の空気をどれだけ動かせるかが肝心なのだ。いうまでもなく、フラメンコ舞踊は単に美しさや超絶技巧を競うものではない。いや、美しさや技術を極めることだって大変なことなのに、その先にある確かな何かをつかみ取り体現しなければフラメンコの大きなうねりを生みだすことはできない。そう、フラメンコ舞踊は難しいのです。皆さんの多大な努力と情熱がいつの日か実を結ぶよう心から応援しています。前述の29人には各講評の最後に、◎スペシャル、◎、〇、小〇の印を付した。

8月24日(金)第1日

1.多田れい子(タラント)

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●最初から高い緊張感で非常に良い。舞台映えのする踊り。身体の中に充実があって引きつける。タンゴに入ってから少しバランスを崩したかに見えたが、持ち直した。しかし、それまでとの変化が少なく、やや平板な印象に終わったのが残念だった。毎年、期待しているひとり。次回はもっと構成にメリハリを![A'](菊地裕子)

●基本しっかりとできていて、動きも機敏でていねいに踊り込んでいた、だがそれが大きなうねりになっていかない。緊張のせいかやや力が入りすぎ、その分表現も単調になってしまった。踊り込むうちに緊張も解けて来たのだろう、後半いいノリが出ていた。(西脇美絵子)


2.山谷祐子(グアヒーラ)

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●身体はできているし、落ち着いて踊っているのはgood!けれども振付をなぞるようにきれいに踊るのみでは、楽しさが伝わらないうえに間延びして見える。形だけにこだわらず、ひとつの曲としてのダイナミズムを、呼吸するように表現してほしい。息を深くして、味わうようにマルカールして!(菊地)

●堅いつぼみの美しさ。丁寧に踊っているのが良い。だが、緩急のつけ方が弱い。また、身体によけいな力みがある分、動きが遅れる。後半に入ってから、表情も柔らかくなりグアヒーラらしいアイレが出てきて良くなった。(西脇)


3.津田可奈(ソレア)

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●キレが良く、リズム感もあり、見ていて小気味よい。若干、上半身に硬さがあるのが惜しいが、振付・構成に美意識を感じる。中盤で少し単調になったのは残念。スポーツのように踊らず、最後までニュアンスを大事に踊ることができたなら、大きく飛躍するはず。[A'(菊地)

●身体のひねりが効いていて決めのポーズが強く美しい。フラメンコ舞踊のニュアンスというか空気のつかみ方はかなりいいセンいっていると感じたが、全体にもう一息。まっすぐな気合が踊りに出ていて、気持ち良かった。○(西脇)


4.佐藤幸子(アレグリアス)

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●師匠のスタイルを踏襲しているが、ブラソが手先から動くのが気になる。リズムが遅れるので緊張感が保てず、全体に間延びして見える。真面目に一生懸命、やっているのはわかる。でも、どんな振付でどう踊るにしても、既存の振付から逸脱する自分を感じるところまでいかないと、見ている人の心は動きません。もっともっと追求あるのみ!(菊地)

●土の匂いのするフラメンコ。つかんだ空気の放り出し方がカッコイイ。聞かずとも師匠の顔が浮かぶ。どんなフラメンコに向かっているかが明確なのはよいと思うが、動きにリズムが感じられないので、ポーズが分断されてしまう。泥臭いフォルムにこだわりがあるのだと思うが、そこにポイントを置きすぎではないか。もっと音楽を感じて踊ってみよう。(西脇)


5.臼井由紀(カーニャ)

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●振付をそつなく踊っている印象。たとえば、群舞で「振付を間違えないことが最上」とでも言うような。ソロで踊ることの意味は何か考えたら、そのように体操競技的には踊らないと思うのだけど。振りを完璧に踊るよりも、いびつでも良いから、あなたの本音が見えたら、私はそのほうがなんぼか良いと思います。(菊地)

●バタ・デ・コーラに深紅のマントンで挑んだカーニャ。動きが大きくてフォルムも美しいのだが、もう一つ踊り込みが足りないのか、振りを追いかけている感じが否めない。バタ裁きはきれいなのだが、表現としては物足りない感が残る。一生懸命さに打たれたが、最後やや疲れたか。(西脇)


6.西岡愛(シギリージャ・イ・マルティネーテ)

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●最初の部分、もう少しパコ(エル・プラテアオ)のカンテを聴いていてほしかった。やや動き過ぎ。マルティネーテはスタミナ切れの印象。踊りたい気持ち、表現したい気持ちを抑えて、なお噴出してくる何かのほうにこそ、人はより感じるもの。ただ動かずにいるというのではなく、カンテを聴いてあなたの中に生まれてきた何かに従って踊ってほしい。(菊地)

●気合十分。フラメンコをどっしり踊っている。切れ味あり、タメも効いている。シギリージャの深い情感も醸し出されていて思わず見入ってしまった。もう少し身体のひねりがあると、もっとよくなる。昨年より格段にうまくなっています。もう一歩。来年に期待。○(西脇)


7.佐藤真知子(ティエント)

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何だ、この自然さは!奇をてらわないシンプルな振付を、気負いもなく、本当に呼吸するように踊った。劇的な展開はないが、ただもう心地よい。ギターやカンテに対する踊り手の感覚が見ている側と一致する、まさしくフラメンコの幸せな時間。日本人がここまで自然にフラメンコしていることにとても感動しました。オレ![A(菊地)

●まだ全体に荒削りで身体に癖が残っているのだが、生き生きと踊っていて好感度大。豪快な個性の片鱗が踊りのすき間から垣間見られて、踊りの実力以上に見ていて楽しかった。ムイ・フラメンコに化ける予感。基本をじっくり積み重ねてください。サパテアードの音のつぶれが気になりました。(西脇)


12
.中村葵(アレグリアス)

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●溌剌として健康的な美しさ。身体の使い方がきれいなのは、バレエをやっていたのかな。舞踊的には美しいけど、感情が溜めもなく表に全部出てしまう感じで、フラメンコとしては何も印象に残らない。フラメンコは身体を動かして踊るものと思わず、空気を動かし、感情を伝えるもの、へそで踊るものだと思ってほしい。(菊地)

●登場した途端、一気に舞台が華やいだ。仮にフラメンコを踊っていなくても舞台に立つべき華、資質を持っている人と見受けた。力みすぎずしなやかに身体を使っていて動きもも美しい。だが、緩急がほしい。ひねりや重さも足りない。綺麗なフォルムを打ち破るくらいの内側からのパワー、勢いを感じたい。舞踊センスは十分。フラメンコとじっくり向き合ってください。小○(西脇)



13
.末松三和(シギリージャ)

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●ひしひしと実力を感じる踊り。抑えが利いていて内実を感じる。作り物的な嘘がない。これはとても良い。しかし振りの見せ場がわかりにくく、全体に地味な印象になったのはもったいなかった。その振付・構成は、あなたの中で本当に必然性がありますか?必然性を感じるほどに消化できていますか?踊り手としてのレベルは高い。表現のクオリティをもっと追求して![A(菊地)

●振りの一つ一つ、テクニックの一つ一つの完成度が高い。力みすぎずに力の抜き方を知っている。それゆえの重さ、説得力あるシギリージャ。抑制の効いた身体からあふれる硬質なアイレ。こうした個々の実力を大きなうねりへと集約させること、課題はそこにあると思う。非常に技術力はあるのだが、やや小さくまとまった感があり残念だった。○(西脇)


14
.青木千鶴子(ティエント)

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●身体の使い方が未熟なため、振付だけが浮いて見える。踊る楽しさを感じ、リズムが身体から湧き出てくるように、もっと体幹をしっかり鍛えて太い軸を自身に持つこと。動きもリズムも感情も、すべては肚から発していないと、説得力は出てこない。逆にこれがちゃんとできていれば、マルカールだけで人に心が伝わります。本当です。(菊地)

●リズムによく乗っていて、ティエントのノリは出せているのだが、動きの一つ一つが甘い、荒い。フラメンコ舞踊の小技はできているので決まって見える瞬間もあるが、もう一度基本に立ち返って、丁寧にフラメンコ舞踊と向き合ってほしい。長いブラソが生かされていないのも気になった。(西脇)


15
.椎名利恵(ソレア)

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●曲の捉え方は間違っていないし、アイレはある。けれども、移動する際の重心の移し方にちょっと雑なところが。そこをもう少し厳密にやらないと、全体にメリハリが弱くなり、中途半端な印象になる。股関節を柔らかく使って、重さを感じて。動きをもっと突き詰めれば、あなた独自の個性が深まると思います。(菊地)

●切れ味あり、メリハリあり、重さもあるソレア。詰め込み過ぎない振付をゆったりと踊った。なのにやや力み過ぎて軸がぶれるときがあるが気ななる。他の技術はかなりのレベルなのに残念。内から溢れでる情感、エネルギーを感じたい。○(西脇)

 

16.工藤栄(アレグリアス)

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●可愛らしい。未熟な点はあるが、とても素直に踊っていて、何というか「けなげ」な感じ。若い日本女性がこういう感じでアレグリアスを踊るのは悪くない。気持ちよく見た。ただ、なぜアレグリアスを自分はこのように踊るのかという説得力に欠けるため、さらっとした印象で終わってしまう。動きの必然性を自分の中に探すことは、難しいけど大事なことだと思います。(菊地)

●楽しいアレグリアス。技術はそれなりに出来ているのだが、あっさり踊りすぎて味わいが出てこない。もっと思いを内側にためてパワーに変換してほしい。軸の硬さも気になった。踊り込んでいくうちに緊張がとけたのだろう、後半良くなった。(西脇)


17
.浜井麻衣子(アレグリアス)

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●ひと通り踊れるのはわかるが、動きにペソがなく、マルカールがしっかりしていないため、たとえば唄振りの時など、ただ何となく踊っているように見えてしまう。自発的に踊るところでも振りがつるつると流れるようで、フラメンコ的な感興を呼ばない。「身体を動かす」のではなく「へそから動く」「身体で刻む」と思ってください。あと、赤い衣装に青の髪飾りとイヤリングは目立ちすぎて気になった。(菊地)

●力みすぎずにしなやかに動いている。だが、もっとメリハリ、緩急がほしい。フラメンンコ舞踊独特の動き方をしっかり身につけよう。ブレリアに入ってから生き生きとした表情になり、アレグリアスらしいグラシアが感じられた。(西脇)

 
18
.森山みえ(ソレア)

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●衣装が非常に似合っていて舞台映えした。これは大舞台で大事なことと思う。振付も構成も、大きな舞台を意識したものだと思うが、気をつけないと、大きな振りは目を引くために身体の粗が目立ってしまう。大きなもの、高いものを目指す心意気は買う。実現のためには表現の基盤である身体を今の倍以上鍛えて、揺るぎのない盤石なものにするべし!(菊地)

●大人っぽい雰囲気の人なのに、踊りが子供っぽい。膝がうまくつかえていないからではないか。こう踊りたいというイメージは持っている人だと思う。それは素晴らしいことだが、身体がついていけない。基礎をもっと身につけてほしい。(西脇)


19
.正木舞(アレグリアス)

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●最初、ちょっとワタワタしたけれども、一生懸命に踊っている様子は好感が持てた。ただ、アレグリアスは陽気に踊るものというワンパターンはどうかな。楽しいリズムに心が沸き立って、色々遊んでいるうちに笑みがこぼれるというのならわかるけれど。リズムの面白さはアレグリアスの根幹。そこをもっと追求して!(菊地)

●まだ振りを追いかけているという段階。身体はよく動いているし、形はそれなりに綺麗にまとまっているのだが、それだけでは何も届いてこない。歌をもっと聞いて、バックの音を感じてほしい。複雑な動きをこなそうとするのではなく、動きのひとう一つをを大切にしてください。後半、ノリが出てきて良かったです。(西脇)

 

アクースティカ倶楽部

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