「わしらヒターノは銀河とのつながりを失ってしまった。今は何もない時代だ」(ライナー掲載インタビュー/2001年7月収録)
 ヒターノとは、スペインに住むロマ(ジプシー)のことだ。日の出と共に起き、馬やロバとさすらい、焚き火を囲んで、星空のもと眠る。そんな伝統的な放浪生活は、遠い昔の話になりつつある。

 しかし、ホアキン・カルモナ"エル・カナステーロ"は、大型犬「エルマーノ(兄弟)」一匹を相棒に、ひと気の無い地域を選び、放浪しているという。現代最後のバガブンド(放浪者)なのだ。
 アルバムタイトル「セ・ブスカ」は「WANTED(指名手配)」の意味である。放浪生活ゆえ、電話も使わない彼の居場所を特定するのは、至難のワザ。その仲間内で流行った冗談が元だという。
「俺の人生は川と共にある。カマロンもすごくその生活を気に入り、仲良くなったわけさ」
 こう語るホアキンは、1936年、ラ・リネア(カディス県)に生まれた。7月に20周忌を迎える伝説の名歌手、カマロン・デ・ラ・イスラ(1950~1992)のカンテの作詞者として、業界では有名だ。
 1曲目は、そのカマロンへ捧げるタンゴから。その死から9年後(2001年)の作だが、盟友への色褪せぬ思いが伝わる。

 
 洞窟のヒターノ達は カマロンが唄うとき 
 鐘を打ち鳴らす 
 俺がカマロンを語っても 誰の迷惑にもなりゃしない 
 彼はカンテの謎を解く鍵だった 
 フラメンコの歴史と喜びを語ろう 
 それはカマロン・デ・ラ・イスラ 
 全時代で最高の存在 燃え盛る炎
 俺は喜びを生きる 
 カマロンは死んでいないからだ 
 その死がウソと知っているから
 天の計らいで 聖なる星となり
 空高くで生きている  
 神の御光のために 
 すべてが終わるそのときまで  (抄訳)

 曲調は意外にも、キーボードやコーラスが入り、フュージョン色が強い。「イカれたイカれたイカれちゃったよ~キミに♪」と唄う、素っ頓狂な調子のルンバの一方、おごそかに詩も朗誦し、ボレロ、ソレア、タラント、ファンダンゴ、ブレリア等の全10曲は、硬軟取り混ぜた、変幻自在の芸風を感じさせる。
 浅いようで深く、軽いようで重く、甘いようで苦い。風貌さながらの枯れた渋い声に、ヒターノの黒さがにじみ出る。こんなホアキン・カナステーロのカンテに合う酒は、果たして何か?
 熟慮の末、真っ黒に輝くスリランカビール「ライオン・スタウト」を口にする。チョコレートの強い香りが最初に鼻を衝くが、長く苦い余韻が素晴らしい。世界中のビターファンを虜にするゆえんだ。
 アルコール度数は8.8度と、普通のビールの1.5倍近い。が、滑らかな喉越しが、それと感じさせないのだ。
 イギリスの植民地時代の名残が、インド南に浮かぶ島スリランカで、これほどのスタウトを生んだ。インド北部を起源に持つスペインのヒターノのアルテ(芸)と、真逆の旅路を辿ったスタウトの邂逅。この奇跡の出会いをどうぞ一度、お試しあれ。

※一週間毎に更新します。次回は5月2日(水)の予定です。

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